11.星の夜明け
深夜。
少年は一人で世界の外に立っていた。
こそりと抜け出した一晩限りの家宿は、ここから離れた場所で暗がりのままそこにある。
人の動く気配はまったく感じない。
それは静かな夜だった。
夜更けの風は今でも心地よく吹いている。
目の前に広がる丘陵からの穀倉地帯では、ススキ穂に似た穀物が黄金色になびいていた。
瞬く星の光で、辛うじて観て取れる景色は風の夜。
それを前にして、
見上げていたのは夜空だった。
地球と何も変わらない星の夜空。
星座も、
星の光度も、
何もかもが地球で見えたものと何も変わっていない。
ただ一つ違っていたのは自分の立つ、この場所だった。
ここは地球ではない。
地球ではない隣の惑星だ。
この惑星は巨大だ。
何処にどんな大陸や海があるかもまだ分からない惑星。
その惑星の夜に今は自分一人だけが立っている。
そしてつい先ほどより、この未知の地上から目で捉えていたのは、自分の昨日まで住んでいた青い地球だった。
この穀倉地帯の丘陵の地からも、自分の故郷星を目にすることができる。
なだらかな稜線が波立って続く丘陵の地平線の遙か彼方の先、
その先から天へ登り、中程もない位置で青く輝いているのが、それだった。
それの傍では、一回り小さい伴衛星も白く輝いているのもわかる。
青い地球と白い月。
他の惑星から観ると、地球と月はああいう様に見えるのかと思うと、酷く感激している自分に気付く。
ここは自分の住んでいた惑星ではない。
ここでは自分を見知っている人間さえ、誰一人としていはしない。
少年にとって、それが幸か不幸なのかはもはや既に決まりきっている。
あとはこの惑星で自分が何をするのかという事だけが少年に残された問題だった。
「どうしよっかな……」
適当に呟いた声が風に消える。
そんな事は分かりきっていた。
だからただ呟いただけで、それ以上、言葉が続くことはなく消えていく。
風はまだそよぐ。
風は少年の心を知っているから。
だからどこまでも懐くように少年傍から離れることはない。
じゃれて気を惹こうとする無邪気な風は孤独に映る。
その風を受けて、
それでも、まだ、
少年はただ夜空を見上げていた。
だが、そんな少年の最も好む心の中の黄昏時もそれほど長くは続かなかった。
「眠れないんですか?」
少女の声が聞こえた。
声はもちろん、一本だけ聳える樹の下にいた少年に向けられている。
かけられた少年は、戸口にいる自宅の木戸を閉めた少女に振り向いた。
「……あ、
すみません。
こんな夜中に勝手に外に出ちゃって……」
少年は、少女が自分と同じ麻色の寝間着の格好のまま、風にそよぐ黒髪を手で抑えながら近づいてくることに怯みを感じずにはいられない。
しかし少女はそんな事を少しも気に留めていない素振りで、少年のすぐ傍らに寄り立つ。
その距離は少年に取り、近くて苦手な間合いから涼しい夜風に乗り、ほんの少しだけ、避けたくなる異性の温度を感じさせた。
「確かに、夜分に勝手に出歩かれるのは此方としても困りますね……」
「そうですよね。
ごめんなさい。
すぐ戻りますから」
慌てて踵を返そうとする少年、半野木昇を見て、
この仮宿となっている家の住人、オワシマス・オリルはくすくすと笑う。
「な、何ですか?」
「いえ、
別に大丈夫ですよ。
夜分の行動は控えて頂ければありがたいというのは本当ですけど。
お散歩まで制限するつもりはありません。
だから、そんな直ぐに戻らなくてもまだ大丈夫です」
怪訝な顔をする昇を見て、まだ少女はくすくすと唇をくすぐっている。
「じゃあ、なら……。
もう少しだけ……」
昇は戻ろうとする足を止めてまだ闇の深い周囲を伺う。
「……ところで、
気になったんですけど、
ここの夜の治安って、危なくないんですか?」
「治安……?」
「犯罪とかのことです……。
無いんですか?」
「ああ、
そういうのを気にしてるんですね。
今日はまだ平気です。
教諭方もまだ泊まってくれてますし、
……それにここでは人よりも獣の方が怖いですから……」
「獣?」
「はい。
カウセルが出るんです。
特にこういう月が沈みきった晩は」
そう言った少女は表情に似合わず遠く丘陵の彼方を睨む。
「カウセル……?」
おそらく動物の名前だろう、
響きからして肉食性を思わせる名称は、
しかし、その動物を一度も目にしたことのない昇でも、瞬く間に直感的に理解させられてしまう。
その単語を耳にして直ぐ、頭の中にその動物の形らしき輪郭が思い浮かんだからだ。
「ひょっとして、……狼のこと……?」
疑問から閃いた昇が呟くと、少女も小首をかしげながら笑った。
「おおかみって言うんですね。
半野木さんのところでは……」
「やっぱり、
君たちの言葉って……」
違う言葉同士で意味が通じ合っている。
この少女が話している言葉が分かる。
だがそれは決して日本語ではない。
それは最初、章子に付き従う真理の所為かとも思っていたが、それがここに来て確信に変わる。
違う。
これは真理の所為によるものではない。
昇が唖然となって見ると、その少女オリルも頷く。
「そうなんです。
普通は通じないものらしいんですね。
私たちも初めて知りました。
この新しい惑星になってからやっと……」
「知らなかったんですか?」
「知りませんでしたよ。
今までは通じていましたから
第一、私たちの世界では「世界」と「国」とを別々の単位として捉えるという考え方自体が無かったものですから」
「え?」
「自国と他国という区切りを私たちは、他の世界との接触で初めて知りました。
『文化』というものなんですね。
どこの世界でもこの違和感を表現する単語はこの言葉一つで意味として通じ合うんです。
文化……。
不思議な言葉です。
通じない言葉と通じない文字で、互いが互いと全く違う習慣をやり取りしているなんて……。
それが新鮮な驚きだったんですよ。
私たちは」
「それは……」
なんと言ってしまえばいいのだろう。
これはもはや驚くという範疇ではない
「それでオワシマスさんたちの言葉はこうやって通じるんですか?
言葉が違うという、そんな違和感までも含めて」
オリルは頷いた。
その事実がどこか照れくさいように肩と首を竦めさせて、うなじを隠している。
それを見て昇は思った。
文化と文明の違いがここまで出てくるのかと。
おそらく、
この目の前の少女が暮らしている世界には「文化」が無い。
いや、より正確にいうなら。
この文明技術そのものがこの最初の世界の文化であり伝統なのだ。
異言語同士なのに意味を強制的に通じさせてしまう唯一つの言葉。
しかも、そこで生じるはずだろう誤解や差異なども含めて。
それらを、ただの一つの話し言葉によるだけで全てを意思疎通させてしまう彼女たちの文明力。
その文明力がすでに文化だったのだ。
文明が文化の段階のままでここまで高度に発達出来ることは極めて稀有な事と云っていいだろう。
昇の現代世界でさえ文明の中に文化の入り込む余地はない。
昇の世界でさえ文化は常に文明により淘汰されていく側なのだからだ。
だからわざわざ遺すという手段に打って出ているのだ。
遺さなければ消えてしまう。
普通ならそれが健全な文明と文化の有り方だと云えるだろう。
文化と文明は両立できない。
中学生の昇は、今までの義務教育課程で学んできた七番目の人類によって繰り広げられた歴史からそれを教訓としている。
(なのに、この文明はそれを否定してる……)
七番目の人類の愚かな歴史を、この最初の人類の世界は繰り返していない。
そもそもそんな愚行からして行われることがない。
文明というものが、それよりも遥かにスケールが小さい筈の文化という様式として成り立つこの古代世界では。
そんなことで、昇たちの世界の様な蛮勇枚挙が起こるようなことは一切ないのだ。
なぜなら、彼らの話す言葉は、全ての言語を疎通させるから。
……、
……いや、そうではない。
これはきっと言葉が通じているのではない。
意味が通じているのだと思う。
だから言葉の食い違いもまるごと、それを意味としてハッキリと疎通させている。
言葉が通じなくて阻害感を感じるのならまだわかる。
だが、言葉が通じているのにその言語の有り様の違いまで理解できるなどという事が果たして起こりうるのだろうか。
そこまで考えてしまって少年は気付く。
一進法で訳されている……。
昇は直ぐにそう思った。
オリルたち、
最初の人類文明が使う言葉は全ての言葉を一進法に訳してしまうのだ。
だから通じる。
だから魔法などというものも発動できる。
オリルたちの使うその言葉は、
この世界で万物にまで作用対象してしまう一進法の言葉だから……。
「オワシマスさんたちの言葉はひょっとして……」
「そんな他人行儀に話さなくてもいいですよ」
「え?」
その最初の人類世界が持つ力を、昇が指摘しようとした時。
最初の少女は、目の前の少年の思惑とは正反対にクスリと笑って面と向かった。
「そんな他人みたいに距離のある話し方をしなくてもいいですよ、と言ったんです。
これから私たちは同じ世界の住人になるんですから」
少女はそう言って笑みを含みながら思わせぶりな視線を昇に投げかけていた。
「そうは言っても、まだ出会って一日も経ってないですし……」
「章子さんとは最初から知り合いだったんですか?
普通にお友達として話されてますけど?」
「いや、今日……。違った、もう日付が変わったんだった。
昨日、会ったばかりです……」
「でしょうっ?
それなのに同じ日に出逢った、あたしとはそんな距離を作るんですか?
あたしだって同じ歳なのに?
それって差別じゃないんですか?」
「いや、だって、それは……」
「言い訳なんて聞きたくありませんね」
ツンと鼻で撥ねてそっぽを向く素振りをする。
それがこの少女特有の可愛らしさと相まって、昇を困憊させるに伴う。
「……ダメだ。
どう考えてもこのままで話させてください。
同じ世界ならまだしも、違う世界だった人といきなり距離感のない会話だなんて……」
とてもではないが今の昇には出来ない。
昇にそこまでの甲斐性はない。
しかし、それを訴えても目の前の少女は跳ねのけた。
「でも、あたしはあなたの事をこれからは呼び捨てで呼びますよ。
もちろん敬語も無しです。
昇」
「……どうぞ……ご自由に……」
唐突に泣きたくなった目尻を懸命に堪えて、
昨日の朝までいた母星に無性に帰りたくなった衝動にひたすらに駆られる。
だが、
それでもまだ昇は陥落しなかった。
「でも、ぼくの方はまだオワシマスさんって呼ばせてもらいますから……」
「それはイヤ」
「んなぁっ?」
顔に似合わず、なんという我が儘な娘なのだろう。
他人の事を自分の性分で呼び捨てにすると宣言しておきながら、
その人の性分まで完全に否定してくれるこの理不尽さは、さすがに目に余る。
こういう女子は昇の学校にもいた。
しかもこの目の前の少女は、その母校にいたどの女子たちよりも数段に上手だ。
ギリギリ自分の意見を押し通せるラインを見極めて発言しているのが今の昇にも良く分かる。
そこには計算高い直感的発言力が働いているのが明瞭だった。
「例え嫌でも、ぼくからはそう呼ばせてもらいます……っ」
「そう、
ならお好きに……」
今度は逆に無慈悲でそっけない返答が返ってきた。
梯子を外された昇は既に泣きっ面に蜂である。
しかも刺してきたのがこんな傲慢知己の女王蜂なら、もはやされるがままになるより他にないのが男子の立場だ。
おそらく追い払ったら追い払った分だけ、今か後かで、倍返しにされるのがオチなのだろうから。
そんな事を考えて居たら最後の最後で、負け惜しみだけが口を吐いて出た。
「最初は違うかなって思ってたけど、
やっぱりオワシマスさんって、ゴウベンの昔の頃の人なのかもしれない」
その一言で、満面の笑みを浮かべていた少女の顔色は急変した。
まるでこの世界の終わりを表現する悲壮な顔だ。
「やっぱり……そう思う?」
さきほどまで、どこまでも聡明で奔放だった少女にそんな顔をさせてしまった自分の軽はずみな発言を悔やむ。
「そう思われたくなかったら、
人が嫌がることは止めてください」
「厭だったの?」
「嫌です」
「……でもやめないっ!」
やめないのか……。
少しは期待していた昇はがっくりと肩を落とした。
「そこらへんはゴウベンとは違うのかな……」
過去の会話の記憶から、あの人物がこんな極端な開き直り方をしたのは覚えがない。
あの人は引いては押して、押しては引く方の人間だろう。
昇の前に現われた時や消える時は常にそうだった。
それに引き換えこの少女は常に押せ押せの感が非常に強いようにも思われる。
改めて考えてみると、この少女と、昇にあの招待券を渡したゴウベンは、どこか似ているようで、どことも似つかないようにも感じさせた。
「あの人は、かなり皮肉屋なところがあったからなあ。
オワシマスさんとは違って、ここまで直球なことはしないような気がする」
少なくとも、会って一日も経たずに、他人の名前を呼び捨てにするような神ではなかった。
「じゃあ、今の可能性としては五分五分?」
「うーん、三分の一ぐらいだと思うけど」
「三分の一って、どっちの可能性が高いの?」
「オワシマスさんとゴウベンとは違うっていう可能性が今の所は高いと思う」
「そ、そう。
なら、よかった」
ひとまず胸を撫で下ろすオリルは、何を思ったのか、
深く息を吐いて一言を呟く。
「……あたしはとても軽い過去から来たのね……」
「……そして、
今もこの世界は光速を超えて冷えて重くなっていっている」
「そんなこと信じられる?」
オリルの問いに、しばらく間を空けて昇は頷く。
「辻褄は合ってますよね。
そう考えると確かにパズルのピースは殆どが埋まる。
ぼくは真理さんの言った説が、今し方は有力だと思う」
「あたしは今も信じられない」
それは当然の事と云えた。
誰だって、この現在と過去と未来とが単なる熱力学の軽さと重さの作用によって区分されているなんて言われて信じられるわけがない。
おかげで今の昇でさえ、この夜空の先が0に見える。
そして隣に立つオリルが1という単位に見えて自分という体が1と0とを行ったり来たりする。
まさに真理が預言した通りになっていた。
「この新惑星がこの宙域に現われた時のことは覚えてる?」
「うん、少しだけ」
オリルに云われて、昇は改めて当時の事を思い出す。
弁当の食べ終わった昼休みの中程、
見知ったクラスメートと運動場に出ていた昇はそこから、その何も無かった空に、突然、惑星が出現した瞬間を目のあたりにしていた。
まるで書道の毛筆のように、青い空の上に点を打って止めた筆を跳ねさせた動きにとてもよく似た現われ方だった。
「あたしたちは最初、気づかなかった」
オリルの独白に昇もただ黙って頷く。
「ただ、段々と違和感が出てきて、それで……」
オリルは誰に対してでも無く、目を背けた。
自然と視線が垂れ下がった。
「その時にはもう、私たちはここに来ていた……」
「……ゴウベンだね」
昇の言葉にオリルも頷き。
「あたしたちの時代には本当は何も無かったのね……」
「オワシマスさんたちの時代に何も無かったら、
ぼくたち現代人がいるこの時代になんて、それこそ何も無いよ」
「そんなことない」
「そう?」
「そうよ。
だって、あなたがいるもの」
おっとぉ?と。
少しだけ昇の訝しむ、雲行きが怪しくなってきた発言が飛び出す。
「あなたのあの発言を聞いた時にあたしはそう思った。
この世界には鶏と卵のどちらが最初にあったのかという、あの神の娘の問いに対してのあなたの答え」
そう言ってオリルは昇を見る。
そんな大したことは言ったつもりはないのに、
オリルは昇に自分には持ってない物を見出しているようだった。
「そんな大袈裟なことを言ったつもりはないんだけど……」
「あなたにとっては大袈裟じゃなくても、
他のみんなにとっては目から鱗以上の発言だった。
誰だってこの世界の最初にあったかもしれないものを、そんな風に考えたことなんて一度だってない」
「……目から鱗なんて言葉がそっちにもあるんだ」
「そう聞こえた?
だったらそういう意味でも間違ってない」
「そ、そう」
昇の生返事にオリルはため息を吐いた。
こんな少年が本当にこの世界をそんな風に捉えていることが信じられない。
だが、この少年の発言のおかげで、自分もこのリ・クァミスに住む全ての人たちも救われたことは確かだ。
それが本当に事実なのか、誤認なのかは、今は重要ではない。
ただその世界の捉え方が、この最初の文明には霹靂だった。
「まったく、この世界の最初にあったものが卵でも鶏でも無く、雛だなんて……」
「……そんなに変な答えかな……」
昇はまだ自分の言った言葉の重要性が理解できていないらしい。
だからそれが異常だという認識が無い。
「普通、この世界の最初にあったものが、0でも1でもなくヒヨコだったなんて誰も考え付かないわよ」
「おかしいよね。
みんなそう言うんだもん」
昇のこの不可思議な発言にオリルも心底呆れてしまった。
昇があの時に、この世界に最初にあるものはヒヨコだと、初めて言った時もそうだった。
その素っ頓狂な答えを聞いて、オリルも章子も真理も、それを盗み聞きしていたリ・クァミスの大人たちでさえも目を丸くして固まってしまっていた。
「じゃあなんで、この世界の最初にあったのが卵や鶏じゃなくてヒヨコだなんて思ったの?」
「それがこの世界で一番少ない生き物の状態の数だからだよ。
この世界で生きる生き物は全て、一生の内で一番短いのが子供でいられる時期だったから、そう思ったんだ」
「ヒヨコの状態がこの世界では一番少ない?」
「そうだよ。
卵はすでに鶏の形も持ってる。それを生んだ親鶏としてね。
そして鶏もまた、その体の中に卵をもってる。だから成獣なんだから。
でもヒヨコは違う。
そこには鶏も卵もまだ何も無い。
だから動物の売買……あ、
ぼくの世界には、食べる以外にいろんな目的での動物の売買があるんだけど、
その中で一番高値なのが子供の時なんだよ。
この世界では生物が子供でいられる時間が一番短く少ないから」
だからそれが、この世界の一番最初にはあったのだと昇は思う。
生物の一番可愛らしい時が、その一生の中で一番少ないというのなら、
きっとそれが、一番最初のこの世界の始まりの時の姿でもあったのだと確信をもって信じられるのだった。
「だから、この宇宙の最初にあったのは……ヒヨコ……」
ピヨピヨと鳴く可愛らしいヒヨコの形がこの世界の最初にまずはあった。
その少年の命を見つめる直感的な眼差しという感性が、周りにいた少女三人にどれだけの安らぎに似た感情を与えたのかは計り知れない。
「鶏でも卵でも無く、
ひよこ……か……」
それがこの世界の最初にはあった。
2.97と3.14の狭間にある数値。
そこから世界という宇宙は始まった。
そんな可愛らしいヒヨコから全てが始まると考えることができる感性と想像力が、自分たちリ・クァミスの人間に果たしてあるのだろうか。
そう考えてオリルは首を振った。
あるわけがない。
そんな事は決してなかったから、
自分たちはこれからギガリスとして滅んでいったのだと確実に悟る。
だからそれを認めたく無くて、
少年の興味を自分に惹きつけたくなった。
「あたしに会いに来たんでしょ?」
「え?」
「ここに来たのは、誰かに会う為なんでしょ?
だったらそれはきっとあたしのことよ。
そうでしょ?」
少女は夜の夜中に懸命に隣に立つ少年に詰め寄った。
「あたしに逢うためにここまで来てくれたんでしょ?」
その発言を聞いて、
昇はうわあと開いた口が塞がらなかった。
ここまで自意識過剰になれるようになるにはどうすればいいのだろう。
「残念だけど……、
きみじゃないよ……」
頼られている。
昇は即座にそう思った。
それならば、ここで半野木昇が言える言葉はこれだけだった。
これから先、自分という半野木昇の存在を当てにされていては困るのだ。
そう覚悟を決めると、
ふと遠くから動物の鳴き声が響いてきた。
それは犬の吠える声に聞こえる。
遠吠えだ。
オオカミの遠吠えが聴こえる。
それはこの世界では夜明けが近いことを意味している。
「ひょっとして、
これがオオカミの遠吠えかぁ……」
「どうしたの?」
オリルの問いかけに、
狼の遠吠えというものを初めて耳にした昇は首を軽く振る。
「絶滅したんだ……。
ぼくたちの国では……」
それは何もオオカミだけではない。
トキやカワウソ。
他にもいろいろなものが、昇たち人間の手に寄って抹消されたり、抹消されつつある。
しかもそれは、昇の国だけのことではない。
他にもいろいろな型や物が、人間だけの幸福の為だけに地球上から0に還っていっている。
そしてきっと、自分もその道を辿るのだろう。
この新天地の新たな惑星の上で。
「……オワシマスさんたちには今の内に先に言っておこうかな」
その唐突に呟いた昇の言葉の先に続く内容を、昇にこれからを期待するオリルには想像することが出来なかった。
「ぼくはここに……、
死にに来たんだ……」
「え?」
その突然の昇自身の死の予告。
それはオリルの期待をも無情に裏切る。
「ぼくはね。
この惑星に死なされに来たんだよ。
ゴウベンに言われてるんだ。
ぼくはここからそう遠くない先で、
神の仕掛けた何かによって居なくなる宣告を受けて、
それでもまだどうしても、
ぼくをここに喚んだ誰かに会いたいために、
転星にやって来たんだ」
それはまだ、共に転星に来た咲川章子ですら知らない、暗黙の事実だった。




