41
武術の試合はひいきを応援するのも楽しいが、どちらが勝つかをあらゆるデータを集めて予想するのもまた楽しい。
王宮に努める役人などという人種はそもそもデータを集め状況を分析し判断するのが仕事のうち。
下から登りあがった者ともなれば根っからデータ分析が大好きで、公に許可された賭博ともなれば特に力が入る。
彼らは賭け札の通らしく第1試合を見て第2試合から買うのである。
今話題に上がるのはカナリーの試合。
「主席殿今の試合、剣を抜くまでもなく一瞬で終わりましたぞ。これはもしかすると次の試合のグリズリーにも勝てるかと思いますがいかがですか」
同じく予想に情熱をかける部下からそう言われて考え込む。
この世界で血狂いグリズリーの名を知らぬ者はいない。
北の最果ての蛮族で今はノワールの貴族になっているグリズリー。
無口不愛想何を考えているのかわからない、いつ怒りだすのかもわからない恐怖をまき散らすもの。
怒りが彼の力の源。
血を流すほどに、怒り狂うほどに力 技 速さともに人を離れて無敵になる。
だからその力を出す前に倒せる可能性を秘めた戦士の登場はグリズリーの勝率を下げ2番人気の彼を切り捨てることにした。
2番人気が付くと予想されるのは、物騒な血狂いと言われる彼が子供の守護者として意外と女性に人気があるのだ。
最も印象的にこの国に伝わる話は孤児院を魔獣の大発生から守りぬいた逸話。
身近にいれば非常に気を使う厄介者だが遠くの国にいて日頃付き合わないのならば毛色の変わったスーパーヒーローである。
ちょっと暴れて誰かにけがをさせたとか砦をぶっ壊したとかは民間には伝わってこないのだ。
各国の情報に表裏を含めて触れることができる主席は本命対抗の組み合わせを外して結論を出した。
「決めた! これしかない!! コーラル、ブラックウイット!!!」
悩んだ末に買ったのは優勝に不動のコーラル将軍、それから準優勝に大穴。
グリズリーの抑え役と使節団員が漏らしていたブラックウイット男爵に決める。
本命から大穴に流した賭け札はかなり配当が見込めるだろう。
唯一気がかりなのはこれからグリズリーを退けるであろうと予想される謎の人物。
映し出される映像は他の会場と異なり二人だけ。
一人はおとぎ話から出てきた戦士、一人は野獣。
これはどう見ても野獣がやっつけられるパターンじゃないかと理由にならない安心感が主席を包み試合が始まる。
一瞬の出来事で何が起きたのかは事務一筋の主席にはわからなかったが解説してくれる者が隣にいた。
「とびかかってきたところを剣を握ったままのこぶしで殴り倒したのか。ただもんじゃないな」
あれが見えたらあんたもただもんじゃないと言おうとしてやめた。
彼の指が賭け札を千切っていたから。
ついでに自分が部下に信用されていないのが分かった。
部下も同じことをしていたから。
もちろん主席が今日の昼食を犠牲にして買い求めた賭け札は無事。
そして違う場所。
「強い人ってまたあの人だったよぅ。切らなくっちゃって思ってたけどつい手が出ちゃったです。ごめんなさ~い」
「明日の相手はちゃんと剣が使えるはずだから」
そんな会話を聞きながら男はギリギリっと歯ぎしりをする。
この俺がちゃんと剣が使える≪はず≫だと!
良かろう、そこまで言うなら魔法を使わず剣だけで勝負してやる。




