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この世界にも童話はたくさんあるけれど、圧倒的に魔王が出てくる物が多い。
現実問題として、何度も魔王の襲来を受けているのだ。
一番近いもので約100年前、これが魔王が率いる妖魔の軍勢と人間が真正面からぶち当たった『黒壁の戦い』だ。
これはルージュの王子が神が遣わした女戦士の助けを借りて勝利したと伝わっている。
それよりさかのぼること100年、その時の話は『魔王の卵』として童話になっている。
『魔王の卵』要約
昔、ある海辺の村に美しい女がいた。
ある嵐の日その村に剣の修行のため旅をしていたという若者が流れ着いた。
怪我をした若者と看病した女はすぐに恋におちた。
しか若者は怪我が治リラ威力が付くと世界で一番強くなるとまた修行の旅に出た。
女は男の無事を祈り、神に対して男の無事以外の願いはしないと願を立てた。
一人になった女に村の男が言い寄ったが相手にされなかった。
腹を立てた男は村の祭りで神に豊作の祈りをしなかった女を神に反逆するものと決めつけ迫害した。
そしてその年はたまたま天候が悪く飢饉が起きた。
男は旅の若者の子を宿しておなかが大きくなった女を『魔と交わり魔王の卵を宿した』と告発する。
村人の多くは気立てのよい女を弁護しようとしたが、女自身が神に対して身の潔白を証明しようとしなかった。
女はそれも神に自分の無事を願う行為だと思ったためだ。
そして処刑が行われる。
はりつけにされた女が”村人に対して おなかの子供だけは助けて と懇願する中、その腹に槍が突き立てられる。
黒雲が太陽を隠し雷鳴が轟く中、魔王は生まれた。
魔王はその村だけを滅ぼし、勇者となって帰ってきた若者に倒される。
これは童話でではあるが、ある廃墟となった村に、女を必死に弁護しようとして取り調べた神父の記録が残っており、調査に訪れた騎士団の手によってひそかに当時の王家にわたっていたのだった。
それには女は”霊力も魔力も全くないただの人間であり妖魔ではない”と記されている。
それから時代は下り、妖魔に関する研究は公にはならないが飛躍的に進んでいた。
人は感情の動きによって常に霊力と魔力をつくり、それらは常に体外に漏れ出している。
魔法はこの漏れを一時的に堰き止め、一気に放出することによって発動する。
これが負の感情によって無意識に行われた時、妖魔が実体化することがある。
これらの研究からカナリーは外部に対して魔力も霊力も全く漏らしておらず恐るべき量が堰き止められて溜まっていると影の幹部たちは推定した。
余りにも溜まりすぎているために殺すと魔王が生まれる危険性が高い。
そこで魔王が生まれないようにするためには、カナリーの一生が平穏で幸せであればよい。
影の幹部たちはすべてこの世界の男であり、彼らが自分の主観で選んだ現実的な方法が、一つの案として討議される。
「なんとカナリー嬢は婚約者がいないどころか社交界デビューもまだなのか。それではいつ魔王が孵化してもおかしくないではないか」
この世界の常識での貴族の女性の幸せとは一に幸せな結婚をすること。
これが揺るがない。
そして普段の楽しみはパーティーでおしゃべりしたり……。
ルビー王国の戸籍と言える人別帳と貴族家系図や応急での催し物の招待者名簿、その他カナリーに関するあらゆる資料がすぐに集められてあまりの悲惨さ、平成的には残念さ? に皆唖然とする。
「両親のチョコット公爵夫妻が事故でお亡くなりになったのがそもそもの始まりなのだ。トーシュ様が生まれたばかりで、カナリー嬢の公式披露直前だったのが不幸なことだ」
格式やなんやかんやとにかく面倒な貴族たちの仲間に入るには、一族の主である男性、たいてい父親が10才の誕生日に披露宴を開いて他の貴族に紹介しなければならない。女の子の場合、家同士のあれやこれやですぐにお見合い合戦が始まり12才にはもう婚約者が決まっているのが当たり前。
平成人のカナリーとしては18才の今、恋人一人いないのは残念なことでしかなかったけれど、影のお偉いさん達視点ではかなりかわいそうな女の子だった。
そしてかわいそうな女の子には手を差し伸べるべきというのが貴族の男たる者の務め、この場合魔王の卵の存在は邪魔にはならなかった。
カナリーが幸せを謳歌すれば魔王は孵らないのだ。
「父親がいなければ代わりに一族の男が何とかしなければならないのだが……」
何かを言いかけたチャコール子爵が黙り込む。
チョコット公爵家はある意味隔離されていて、親族はと言えるのは今はルージュ王家しかない。
「これは私が何とかしないといけないことなのだな」
そう、王家から出たクリムゾン侯爵がカナリーの後見を務めるべき唯一の成人男性なのだ。
侯爵がこんなところに入っていなければカナリーは普通の生活がおくれたはずなのだ。
そのクリムゾン侯爵は楽しそうに結論を出した。
もっとも見栄えがよく、優秀で、誠実な男をカナリーの婿にしてやればよい。
クリムゾン侯爵は親族としてそれをする義務があるし、ちょうどその大役にふさわしい男が目の前にいた。
「カーン、お前がカナリー・チョコットを娶れ。それですべて解決する」
「侯爵様、カーンは一介の近衛兵にすぎません。公爵家の令嬢を娶るには身分が違いすぎます」
チャコール子爵が即座に反対したがクリムゾン侯爵が畳みかけた。
「カーンは来るべき祝祭の一環として行われる武術大会で優勝してレイア王女を貰い受けるつもりだったはず。王女がよくて公爵令嬢がだめなわけがない」
「真かっ!それはっ‼ 」
平民の分際で皇女に懸想した不埒ものと、沈黙していたコーラル将軍が血相を変えてカーンをにらみつけるが、これもクリムゾン侯爵がとりなす。
「レイア王女が一方的に近衛として警護していたカーンにそうせよと命じただけのことですよ。カーンに罪はありません」
チャコール子爵も賛同に回る。
「不安定な立場にあるカナリ-嬢に婿取りさせるにはそれが最も良い方法かもしれませんな。法的にも何ら問題はありませんな。陛下もそのような大胆さはお好みですから、多分ふたりの婚姻をお許しになるでしょう。レイア様であったならばあるいはということもありましょうが、どうせチョコット家の令嬢ですし」
モス教皇もそれを解決策と認めて祝福した。
「それが良い。二人の行く末に幸多かれ」
平成人は思う、カナリーとカーンの意思はどうでもいいのか?
ルージュの民は常識だと言う、貴族の婚姻は親か親権者が決めるもの。
会議はそれで終わり、第1席を包んでいた闇が晴れて空席になると幹部たちも退出していった。
そして去り際にクリムゾン侯爵がカーンに命じる。
「レイア様のことはお前が何とかせよ」
どちらの世界もこういった厄介ごとは逆らえない部下に押し付けられるのは同じだった。
カーンから見てレイア王女は……。
脂汗を流し始めたカーンを置いてトビーはレイア王女のいる王宮に向かった。
別に修羅場が覗きたいわけでもなく、臨時にチョコット城に派遣されたが、本来与えられているトビーの任務はレイア王女の護衛なのだ。
王女が護衛の近衛兵士と何をしようがトビーに干渉するつもりはない。
今までと同じくただ姫を警護し、見たままをクリムゾン侯爵に報告するだけ。
次回から本編、修羅場 かも。