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いきなり素っ裸の見知らぬ異性に抱きつかれたら きゃぁぁぁぁ! が普通だだけれど、抱きついてきたのがよく知ってる女の子でアルコールぷんぷんだったら ハイハイよしよしベッドはあっち。
相手が男性でもそれが夫で酔っ払って帰って来たなんて時の対応は同じだと思う。
その相手が泣き上戸かなんかでめんどくさそ~なら入って来たドアをふさいで自分の安眠を守ってもいいと思う。
私の場合、相手が婚約者でほんとは同性のお姫様だったんだけど同じ対応でいいよね。
でもまさか王女様がオッパイ取っていたりほんとにヒゲまで生やしてるなんてびくりして思わず念入りに確認しちゃったけれど。
兎に角 話はお酒が抜けてから。
疲れてるんです、説明とか言い訳とかあるでしょうけどとっても眠いんです。
オヤスミナサイ。
……で爆睡した。
朝起きたらよだれとか涙とかの跡で顔とか枕とかがひどいことになってたけど。
100%の自信をもってカナリーに襲い掛かったトビーは自分が封殺された瞬間こそ何が起こったのか記憶が跳んでしまったがそれ以外は動けないながらもあたりの様子をうかがうことだけは十分できていた。
助けを呼ぶことくらいはできたがおとなしくしていた。
自分を封じた何者かがまだいるかもしれないからだ。
つまり侯爵につまみ出されるまでずっと見ていた。
カナリーの着替えとかもだけど。
状況がかなり危険な状態にあるのにトビーは動くことができない。
つまみ出されてそのまま放置されたからだ。
侯爵本人は落ち着いて冷静になったつもりのようだが明らかにおかしい。
トビーを放り出したまま考え込んでしまったからだ。
侯爵も魔人落ちしそうなくらい不安定だがカナリーの感情こそいつ臨界に達してもおかしくない。
トビーはそう判断した。
だから少しでも動くことができるようになってすぐ影の仲間に警報を発した。
状況は圧縮されて全員に伝達、すぐに侯爵に関しては治療することが決定される。
レイア姫ならば爆発する危険が少なくなるためだ。
カナリーに対しては打つ手なし、それが結論だったが治療を終えたカーンが独断で動いた。
カーンが与えられていた任務は”カナリーの心が闇に囚われないように幸福な状態に保つこと”。
カーンは軍規違反で処刑されることも覚悟で部外者のカナリーに真実を打ち明けることにした。
結果として口下手なカーンによる一般常識のないカナリーへの説明は明後日のほうへ向かって爆発した。
あ~よく寝た、とベッドからはい出した私は手早く身なりを整えたら朝食に……そして隣のラピス様を誘おうとして昨夜の出来後尾を思い出し、気まずくなって悩む。
ドアがノックされたのはそんな時だった。
てっきり彼が来たのだと無警戒にドアを開けると鬼のような形相をした兵士さんが立っていた。
「失礼します」
ドアを後ろ手に閉めたカーンは真っ赤になる。
入った場所にベッドが、いきなり寝室だったから。
ついでにカナリーはまだ起き抜けで眼鏡を掛けていない。
つまり真正面から素顔を見ている。
「あ、あの」
考えてきたセリフがぶっ飛ぶ。
「どちら様でしょう」
言われて思い出しさらに焦る。
カナリーとは一度王宮で会っただけ。
「ラピス様直属の部下でカーン・ウー、カナリー様の護衛を命じられております」
とっさにカナリーに警戒されないように真実をあたりさわりのない表現で言えたのは立派。
「はい、ご苦労様です。でもラピス様は近衛兵に指揮権はお持ちでないはずですが」
疑われて真正面から見つめられたカーンは思わず真実を言ってしまう。
「我々は 『影』 と呼ばれる組織に属しておりまして斎王様筆頭に王国を影から守護する任についております。
そうに違いないと思い込んでいたカナリーは目に力を込めてはいとうなずく。
もちろんチャンチャカチャッチャ チャチャ~ンとスパイのテーマがバックで流れ出す。
まず釈明せねばならないのは昨夜の襲撃の件。
退けた誰かはカナリーに報告しているはずだから。
自動発動のトラップみたいなものだったんだけどカーンにはわからない。
「昨日の襲撃で「ラピス様はいまどちらに⁉」」
襲撃を受けたのはラピスのほうだと思って最後まで聞かずに叫んだ。
「治療の後でお休みされておりますが「そう、よかった」」
あれを治療としていて良かったなどという余裕はカーンにない。
だからとてもまずいことを言ってしまったとあせる必要はないのだが、ラピスや組織について立て続けに浴びせられた質問に全部答えてしまった。
自分達が肉体関係にあり、もともとは武闘会でカーンが優勝したら一緒になろうと約束していたことまで。
私は必死にカーンさんから聞いたことを頭でまとめた。
・本物のラピス様は死んだ。
・レイア姫はラピス様の身代わりを務めたがその時に掛けた催眠術が解けない。
・レイア姫とカーンさんは恋人同士。
ついでに。
・ラピス様が裸で駆け込んできたのは酒に酔ったためではなくお風呂上りに襲撃を受けてそのまま私の安否を確かめようとしただけだったこと。
カーンさんは最後の件について一生懸命説明しようとしてくれたけど、一番大切なのは3番目だよね。
なんとかしなくっちゃ。
私は埋葬もされていないと聞くラピス様のために喪服に着替えてっと。
廊下に出て背中に汗が。
出て来たドアを開けると部屋の隅っこに後ろを向いたまま固まっているカーンさん。
何も見てなかったですわね。
「急ぎます。カーン様」
やってしもた~。




