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魔法の使えない人々が住む世界だってしいたげられた人の怨霊って怖いのです。

それが意思を現実化させる魔法が使える人たちだったら……。

こわいですね~。

 ルージュ王国の王都から馬で西へ半日、竜骨山脈のふもとにヴァイスティーユ監獄がある。

身分の高い重犯罪者が収監されているそこは監視のための兵士の姿ばかりが目立つ牢獄だった。

めったに訪れるものがなく、厳重な警戒を布いていても可笑しく無い場所、そこを王国を守る影たちは本拠にしている。

トビーもまだまともな肉体が有ったころ、彼の公式な身分は監獄に勤務する獄卒の一人だった。


 薄汚れておどろおどろしい監獄の外見とは異なる一室、チョコット家の調査からもどっだばかりのトビーが招集された広間には影の即応部隊である黒い牙からカーン・ウー、そして情報分析や技術開発もする頭脳集団である黒い霧からアルベルト・ワンストーンの姿もあった。


 トビー達より一段高い半円形に並んだ椅子には幹部達が座る。

真ん中の席は王族のうち先祖の魂を祀る斎王が座るがここしばらくは病のため空席だった。

斎王は公式には竜骨山にある社に閉じこもって祈り続けるとされているが世間一般では魂鎮めの人柱にされていると信じている者が多い。

実際にはここで妖魔となった荒ぶる魂を鎮める任についているのだが。


 その向かって右、第2席はめったに使用されることがないが今日は珍しく人が座っている。

彼がこの国の宗教界トップのモス教皇。

普段はいかにも優しそうな白いおひげのお爺さんなのだが、今日はどんな子供でも泣きそうな眉間にしわを寄せ目を吊り上げた恐ろしい顔を見せている。


 そしていつものように真ん中左に座るのが影の第3席、トビーの直接の上司である王弟の嫡子クリムゾン侯爵。

彼が影たちの実質的な指揮官として日夜王国を守るために身を粉にして働いているのだが、公には反逆を企てた彼の父に連座してここに押し込められた囚人である。

この国には珍しい優男でヒゲが無いのは刑罰としてそのように魔法で処置されたためで、このような囚人に対する処置は脱走しても顔を見れば一目で囚人だと判別できるようにと説明されている。

穏やかな笑みを浮かべているがそれがろくでもない事をたくらんでいる時の顔だというのはトビーが身をもって思い知らされている。

トビーがこんな体にされた時もこの上司はこんな顔をしていた。


 第4席としてモス教皇の隣は王国軍副司令官のコ-ラル将軍がどっしりと目を閉じてすわり、その反対側の端にある第5席には宰相を支える事務官のトップであるチャコール子爵がいつものように真面目そうな顔ではなくすべてがつまらなそうな顔で座っていた。


 トビーはなくなったはずの汗腺から汗が滴るような幻覚を覚える。

さらには熱そのものを感じなくなった体に寒気が走った。

何か非常に危ないことが起こりそう、じゃなくて起こるのが確定したトビーはやっと開き直ってあたりの気配を探る余裕ができた。

ほぅ、あのカーンが震えてるじゃないか、そりゃぁ怖いだろう。

この幹部たちがこのような表情をしているときは間違いなく非人間的な非情の命令が出されるとき。

影の即応部隊でトップだと聞いていたが所詮こんなもんか……。

自分より怯えているカーンを見て少し余裕を取り戻したトービーの感覚が、音が耳に到達する前に鈴の音が発生したことを感じた。

そして音が聞こえる。


 ちり~ん、ちり~ん、ちりちりちり~ん


 これは特別高貴な者が入場する合図。

そう、一番多く人々が聞く機会は夜会などで国王が会場に入ってくるときに鳴らされるが、ここでは第一席に座る斎王の入場を伝える。

もう一度鈴が鳴らされるまで全員頭を下げてその高貴な者を見てはならない。

影しかないトビーも全方向に向けていた視界を閉ざす。


 ちり~ん


 人の気配が真ん中の席に着くとまた鈴が鳴った。

視界を復活させて見上げると、真ん中の席は闇に塗り固められて中を窺い知ることはできない。


『始めよ』


 久しぶりに聞く斎王の雄々しい念話が開催を促し、クリムゾン侯爵が司会してアルベルトが報告する形で会議は進んでいく。

最初は説明されずともわかりきっているテーマから話は進んでいくが、もちろんトビーは一言も逃さず理解し記憶する。


「先日発生した夜魔ですが、東南部地震の避難民達三千人の負の想念が実体化したものでした。いきなりAクラス下位にまで成長したのは担当官僚が支援物資を横領したためと判明、速やかに処置がなされました」


 思念を現実化して奇跡を起こすのが魔法である。

ほぼすべての人間がなにがしかの霊力や魔力を持つこの世界では恐怖や不満など負の感情が無意識に魔法を使って悪意あるものが実体化してしまうことがある。

それらの総称が妖魔、なかでも悪夢が実体化してしまったのが夜魔。

それらに対抗する組織が影である。


 三千人分の悪夢か、それなら黒い牙のメンバーだけで抑えきれるわけがない。

重大事件だがトビーの中ではすんでしまったことと処理される。

速やかに処置されたということは、横領に加わった官僚を処刑されて新たに支援が行われたのだろう。

しかしあれだけ大きい夜魔が……。


「昨今の不作のため支援物資が集まらなかったため、不満を小さく爆発させて逸らせる一芝居でしたが難民たちが単一部族だったために力が一体の夜魔に集中して危うく王都に危険が及ぶところでした。担当した本件の計画立案者は横領官僚として精神操作の上投獄済みです」


 相変わらずやることが汚ねぇな、とも思うが仕方がない。

この世は天国ではない、だから正義の味方のはずの彼らが影とよばれるのだ。

地震が起きたからと言ってすぐに援助物資が揃えられるわけがない。

小さな夜魔どもに汚染官僚を襲わせて魔力も霊力も使い果たさせようとして失敗したというだけのことだった。

黒い牙以外の実働部隊はそちらで待機していたのだろう。

世間一般では重大事件だがここではよくあることだ。

アルベルトの報告は続く。


「横入して夜魔を倒した思念の斬撃を放った者についてでございますが、黒い牙の報告及び目の観測結果からチョコット城から放たれたものと確定いたしました。当時城に有ったのは五名、トーシュ・チョコット公爵、その姉カナリー嬢、家臣のベン・ケイ、ハンゾー・テイラー、ロウ・サンジンでございます」


 アルベルトが軽く指を振ると5人の立体映像が浮かび上がり、それぞれの霊力、魔力、知力、体力などが数値化されて添えられる。

そして一人がクローズアップされた。


「これらはトビーが調査した最新の実測値でございます。まずはチョコット公爵、能力の全てにおいて60代と平均をかなり上回りますが上級貴族においてはある意味平凡でございます。事件当時慣れぬ飲酒のため寝込んでいたことが確認されております」


 次に女性の像が大きくなる。


「続いてカナリー嬢です。公爵と同じく飲酒の上自室に一人でいたことが確認されております。知力87、体力68とかなり優秀ですがそれ以外は50台と平凡。ただし霊力魔力ともに測定値は0でした。彼女に関しては後程あらためて考察したいと存じます」


 続いて真っ白なひげの大柄な人物像が大きくされる。


「続いてベン・ケイ。ご覧のとおり筋力の値のみが96とすぐれておりますがそれ以外は30代と低くあの夜魔を二分するほどの念を放てるとは思えません。体力が32と低く攻撃力に体がついていかず、あれほどの斬撃を放てば肉体が壊れるのです」


 次は小太りで小柄な老人とそろそろ呼ばれることが多くなってきた男。


「ロウ・サンジンでございます。彼は数年前まで宮中で料理人として仕えておりましたが上司と折り合わずチョコット城に配属されることになりました。基本的に料理しかできない男でございます」


 最後に中肉中背、これと言って特徴のない中年男。


「一見冴えない中年男ではございますが、彼が前王朝で影の役割を果たしたお庭番として裏の世界で有名なハンゾー・テイラーの名を継ぐものでございます。能力値は全て平均値である50ちょうどと、いかにも偽装していますとばかりのわざとらしい値をしめしております。初代のハンゾーも普段の能力値は全て50だったと謳わっておりますが、それでも隣国を滅ぼした妖魔を一人で退けたと伝わっております。彼に先祖と同じ力があるのならば、あれくらいの斬撃は容易く放てるはずでございます」


 続いて空中に一連の数値が並ぶ。


「これが観測された斬撃をある程度の推量は含まれますが数値化した物でございます。これはこれで実に恐るべきものでございますが、数字に表れない事柄にさらに深い意味が持たされているのではないかと現地にいた者たちは感じたと申します。カーン、トビー、夜魔を滅ぼした斬撃について思うところを述べよ」


「あれは我らに対する警告であると感じました。あの時、我らは夜魔が王宮へ向かわないように意識的に攻撃の密度を片寄らせ進路をずらしていたのでございます。夜魔に斬撃が放たれたのはその進路がチョコット城を向いた時でした。一般的に遠距離であのような攻撃魔法を放ったとき、力を籠めすぎれば攻撃対象を切断したのち、減衰して消えるまで直線的に飛ぶのですがあれは目的を果たすとすぐに爆発的に拡散して囲んでいたわれらを肉体的には傷つけずに、あえて精神的にのみ威圧を与えたのでございます」

「一夜あけてのハンゾーでございますが、影より殺気を放っても泰然としておりました。明らかに我らに対して別意は無いとの意思表示だと思われます。あれはあくまでもチョコット家を危険にさらすなとだけ警告を発しただけのことでしょう。チョコットから王位が譲られて以来の盟約は守られていますのであの件につきましてはこのまま放置して問題ないと存じます」


 トビーは何の問題もないと報告しながら必死にこの件について検証しなおしていた。

これだけのことなら報告書を見たクリムゾン侯爵が解決済みと決済して終わる事柄なのだ。

自分は何を見落としたのだろうか……。

……カナリー嬢については後で考察?

!そうかっ!!


 間を開けずに、幹部の末席に座るチャコール子爵が語りだした。

彼はこの場にいる他のメンバーとは違い超常現象的な特別な力は持たないが確実で優秀な事務能力を持っている。


「斬撃につきましてはそういうことといたしまして、問題はカナリー嬢です。チョコット家という血筋に生まれながら霊力魔力共に0との有り得ない数字、これが一般市民でしたらもともと無かったのであろうというだけの事柄にすぎませんが前王家直系の血筋ともなればそうも言っていられないのです。取り急ぎではありますが調査したところ、カナリー嬢は一度も魔法について学んだことがなく、さらに驚くべきことには教会に足を運んで洗礼を受け、霊力の制御をしてもらったこともないのです」


 その場にはその意味が分からない者はいなかった。

カナリー嬢が置かれているのはこの国の親たちが聞き分けのない幼い子供に語るあの恐ろしいお話の主人公と同じ状況。

重苦しい沈黙が続くが、クリムゾン侯爵が口に出して結論付けた。


「人は生きるほどに魔力と霊力を魂より生み出します。それは魔法として使わずとも自然と漏れ出て魂の器の大きさ以上には溜まらないものです。全く外部からふたつの力を測らせないカナリー嬢は霊力も魔力も今まで一度たりと外へ出すことなく心に障壁を作って深く溜めこんでいると推定されます。もしもその溜め込まれたものが悪意や恐怖などの感情によって実体化してしまったのなら……」


 モス教皇が後を続ける。


「これははるか昔に現実に起こった悪夢つまり魔王の出現時と同じ。カナリー嬢は魔王の卵を宿しているのだ」



カナリーちゃん、特別危険物指定されちゃいました。

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