27
もう決して聞くことはないとあきらめていたカナリーの声に、俺は夢中でかかっていたカギをぶち壊し、扉を開け放った。
「カナリー!」
目を丸くしてポカンと口を半開きにしているカナリーに駆け寄り頭を抱きよせる。
時間が止まってしまった。
……。
……。
イテッ
俺の意識を現実に戻したのはカナリーが引っ張ったひげの痛み。
愕然とする俺を置いてカナリーの手は俺の胸に。
なぞっているのは本物のラピスが手を抜いて消さなかった縫い目のように残った傷跡。
そしてカナリーが見詰めているのはもっと下。
いまさらながらだが俺は服を着ていない。
いろいろやばいものを全部見られた。
「あ、あの……」
カナリーが小さくつぶやく。
続きを聞くのが怖い。
「お酒はほどほどにしてください」
言い切ったカナリーは俺の肩をつかんで後ろを向かせそのまま部屋から押し出される。
ばたんと勢いよく扉が閉められガタゴトと向こうで何か音がする。
開かない。
向こう側を何かで塞がれたようだ。
「カナリー!」
「まず酔いをお覚まし下さい」
「カナリー!」
何度カナリーを呼んでも返事がない。
どうしよう。
どうしようって……。
……。
時間が無駄に流れる。
まず優先すべきは国を守ること。
俺はすべきことを思い出した。
俺は心を肉体から分離させて扉とカナリーが作ったバリケードをすり抜けた。
それにしてもなぜカナリーが俺の部屋の使用人室なんかにいるんだ。
俺はカナリーを隣の部屋にしろて命じておいたはずだが。
まあ今回は隣の部屋ではないので警備の魔法障壁を破らずに済むのが助かる。
簡素で実用的ではあるが決して粗末には見えない部屋。
さすがに最高級の従者のための部屋ではあるがそれでも公爵令嬢が押し込められて許されるものではない。
カナリーはもうベッドにもぐりこんで眠っていた。
涙でぐしゃぐしゃになった寝顔。
どうしてやることもできない。
この状態で死なせてやることもできない……そう続く思考の流れに俺は身震いする。
俺も泣きたい。
意識を切り替えて部屋を調べる。
部屋にはまず魔道具の反応がひとつ。
カナリーがいつもかけている眼鏡か。
霊力と魔力を放出させるための仕掛けが付いている今は作動していない。。
これ停止したので、カナリーが死んだと勘違いしてしまったのだな。
入り口側の床には影が一つ。
やはりトビーは倒されていた。
生きてはいるらしいが反応がない。
そして予想されるのは敵の存在。
戦いの痕跡、敵の痕跡が共に無い。
トビーを倒すことは俺にもできるが、すぐ外にいた俺に悟らせず戦いの跡も残さないのは不可能だ。
恐るべしはハンゾーなのか。
俺はトビーをつまみあげ部屋に戻った。
その時鏡に映った霊力で作った姿が黒いぼろ布をつまんだひげ面の絶壁女なのが笑えてしまってなさけない。
部屋に戻るとそのひげ女が凍り付いたように突っ立っている。
こんなものをカナリーに見られてしまったのか。
俺は自分の体に戻り部屋の結界を解いて影の部下を呼び出しトビーを押し付ける。
もちろん衣服は整えてからだ。
今夜は眠れそうにない。
体でも鍛えるとするか。
「侯爵様、至急とのメッセージが届きました」
ひと汗かいていると外から一声あってメッセージポストに手紙が入った。
こんな夜更けに誰だろう。
国王陛下、か。




