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 目の前の扉を開けようとして伸ばした手は俺の意思に逆らって落ちた。

大切な客を迎える迎賓館のドアは鍵を掛ければほぼすべての魔法を遮断すが今はそんなに厚くもない一枚の板。

その向こうでカナリーの魔力と霊力が消えた。

本物のラピスの時と同じく、もう痕跡一つ残っていないことだろう。

死ぬときは俺も一緒に……カナリーの魂が消えるときは俺も一緒に……なぜ一緒にこの扉を俺はくぐらなかったんだ。

なぜ? なぜ? なぜ?

そんな俺を現実逃避していると分析しながら冷静に見つめる俺がいる。

それをまた冷たいやつだとあざ笑う俺もいる。

そしてそれを……。

悲しいはずなのに涙が出ない。

なぜ何だろう。

大好きだった彼女が死んでなぜ泣けないんだ?

いや、そもそもなぜ俺はカナリーが好きになったんだ?

男が女を愛するのは本能って奴だろう、理屈なんて必要なのか?

ちょっとまて俺は生まれた時から、いや生まれた時は……。

俺の中で記憶と人格が怒鳴り合う。

そして気づく。

押し付けられた他人の記憶、それが俺自身の物としてなじみつつある。

幼い日、監獄に押し込められていたあの日々、最も幸せだったのはカナリーと踊ったひと時。

俺はそれが他人の物だと明確に認識しているし、本物の記憶が消去されて無いことも理解している。

だからそんな偽物が本物の愛情になることなどありえない。

むしろそれは憎むべきものだ。

だったらなぜカナリーの死でこんなに胸が騒ぐ。

さっきの北国の蛮族たちの出会い、その前の舞踏会でのダンス、その前の……。


 俺はよろめくように自分にあてがわれた部屋に入る。

入るとすぐに大きな鏡。

この部屋は重要な行事の控室として使われる。

だからここを出る前に身だしなみの最終チェックをするためにこの大きな鏡が有る。

当たり前のことだが鏡は霊力を反射して顔を映さない。

映さない。

そうか、それで理解した。

俺の記憶に唯一ある顔はカナリーの物。

霊力も魔力も無いカナリーの顔を見てしまった俺はあの時カナリーを恋した人の顔として心に刷り込んでしまっただけなのだ。

何だそんなつまらぬことだったのか。

そう結論付けた。

そうただの錯誤だ。

だから何も気にすることは無い。

人に害する魔人をなりかけで処分できた。

この混乱は魔人が俺に掛けた錯乱の呪いでしかない。

それをきちんと認識できたからにはまた明日からこの国を陰から支える日々が続くだけ。


ふっー。


疲れた。


 この部屋は上級貴族が使うもの。

スウィートの主寝室以外に寝室が二つ。

会議にでも使えそうな居間には執務に仕えそうな機能的な小部屋はもちろん図書室、遊戯室。

こんなものまであるのかという鏡を張ったダンスの練習室に続くドアまである。

召使の小部屋のドアもここにはあるがクリムゾン家に家令や侍女などいないので今は封じられている。

ちょっとした屋敷に俺は一人だけ。

王宮にある王女の部屋もここより質素だがそれは対外的に張る見栄ってやつだ。


 小さな図書室には暇つぶしの軽い本や実用書が多く俺はちょっと気になって剣の指南書を抜き出し居間のサイドテーブルに置く。

もう少し鍛えねばならない。

そのための部屋もあるが今日は疲れた。


 上着をソファーに投げ捨て飾り紐やシャツもその辺に脱ぎ散らかす。

誰かが片づけるだろう。

壁のホームバーからボトルを取り出し、おやビリジアンか、かなり奮発したもんだ。

栓を指で弾き飛ばしそのままボトルに口をつける。

ふん、こんなものか。


 ふと思いついて浴室へ、今日はかなり汗をかいた。

浴室はかなり広い。

王女様がパーティーに出る前など侍女たちが寄ってたかって磨き上げれるようにだ。

たった一人で入っても簡単な操作で湯は出るしなんの困ることは無いが湯上りにバスローブを持って待ってくれている侍女はいるはずもない。

あれは向こうのクローゼットだったか。

水気は魔法ですぐに乾かしたが人間とは裸のままでずっといられる生き物でもない。


 また酒が目に入るがそれを手に取る気にはならない。

俺はどうやら酔うことができないらしい。

ん?

なぜ俺は酔おうとしてるんだ?

バカバカしい。


 酔ってもいないのにふっと頭が空っぽになる。

そういえば胸も空っぽな気がする。

何が無いってそりゃ……。

うぅ。

やっぱりおれには無理だ。


 だから大声で叫んだ。


「カナリーっ!!!」

「なに?」 





 











次回 おおぼけ

いろりろすみませんです。

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