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 この世界の住人、王太子殿下はもちろん女好きのスパイ映画なんて見たことがない。

殿下はこの国の軍を実質的に率いる現役バリバリの大将軍。

筋肉隆々たる偉丈夫。

だからきっとあれと勘違いしてるはず。

それはそれで面白いかも。

やってやるぜい。

私ってこれでも行儀作法の最高権威者。

これまで使ったことがなかったけれどかなりの特権がある。

そう、私がすることなら作法として正しい絶対者。

本来休憩を表すスローバラードで踊るなんて王族であっても許されることではない。

それをすべてわかっていて誘ってくれましたよこの皇太子殿下。

しかも今私は男装中。

むふっ、やってやるぜい。

真ん中に躍り出た私は曲を乱さずに器用に唖然としている楽団員の一人を指さした。

そう、ほとんど出番のない重低音のドラム。

彼はファイナルに何発かを叩くためだけにここに座っている。

私の指が小さく宙にリズムを刻む。

一瞬呆けたドラマーがばちを構える、伝わったみたい。

そしてバラードに小さくドラムが重なっていく。

さすが殿下、にっこり笑って私の前で腰を少し落として膝に手を置き中腰で構え私もそれに倣う。

離れたところから見つめる貴族のお嬢様型には全く縁がないであろう戦士たちのリズム。

戦場で戦意向上のために打ち鳴らされる大太鼓。

生き残った戦士たちが踊るため、これにも振り付けがあるのだ。

最初静かに始まった二人の舞は大きくなるドラムの音とともに激しくなり、唖然としていた男性が一人二人と踊りに加わる。

まだ続いているバラードが妙にこのリズムと共鳴して何とも言えない荘厳さで会場を包む。

踊ろう、すべてを忘れて。



 カナリーが王太子殿下と踊り始めるのを俺は会場の隅、柱にもたれて眺めるしかなかった。

二人の踊りに男たちがどんどん加わっていくが俺はそこに入れてもらえない。

はじき出されるのだ。

一見各自がバラバラに踊っているだけに見える。

カナリーが踊る振り付けは歌劇の中で病の兄の代わりに男装して兵役に赴く娘が踊るものだし、王太子殿下が踊るのは別の歌劇で将軍役が踊るもので、他の男たちもほぼ別の振り付けで踊っている。

だが、わからん。

ある一点で全員が同じポーズで一瞬静止するのだ。

そのタイミングがわからん。

どんなポーズをとればいいのかが、わからん。

前のテーブルに座っている老紳士は体を揺らしているだけ。

それでもみなと同じタイミングで手を上げ横に伸ばす。

ますます熱を帯びる踊りと別に疎外感が深くなっていく。

……。


「あれはな、兵士たちがするただの遊びなんだ。真ん中の二人が身振りでじゃんけんして3回負けると交代。後の連中は挑戦者が勝った負けたでポーズを決めているだけさ。」

「殿下っ」

「はっはっは、見事に仲間外れだな。あれはもともと戦の最中に紛れ込む間者をあぶりだすためにチョコットの3代目が考えたもので、初見で中に入られたらたまらんよ」


いつの間にか隣にいた王太子殿下がくっくっくと笑いがら俺を見ていた。


「決して仲間はずれにしたんじゃないぞ、『魔王』の踊り手が『仲間』じゃまずいからな」


 そういう理屈か。

確かに『魔王』は敵だし『名もなき戦士』は仲間でないと困る。

しかしなんだって皇太子殿下がわざわざそんなことを俺に伝えに来たんだ?

……。

忘れてた。

俺たち仲の良い兄妹だったんだ。

改めて自分の心の変質を認識させられて俺の奥で私が凍える。


「壁際で彫像になっている警備の近衛兵もたぶん目玉だけで踊ってるはずだぞ」


上機嫌の殿下はなおも笑いながら続ける。


「次に『黒壁』……いくぞ」






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