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ダンスは中休みとなって楽師たちが奏でるスローな4拍子のバラードが流れているけど、私の頭の中ではリズムを半分に刻んで軽快なシンフォニーが流れている。
曲は殺人許可書を持った女王陛下のスパイとか不可能な作戦に従事する工作員のテーマ。
まったく別の曲が不思議とよく混ざり合う。
壁にもたれてカクテルグラスをあおるラピス様の耳に私がつけた口紅の赤。
ラピス様とレイア様はやはり同一人物。
いとこ同士にしてもそっくりすぎるし、むしろ誰もが別人扱いしているのが不思議なぐらい。
この分からないことだらけのへんてこりんな状況を私なりに考えてみて出てきた答えがスパイのテーマ。
きっとラピス様は国王陛下からの秘密任務で活動している人に違いない。
頭の中でありふれた一つのストーリーが浮かぶ。
ラピス様はこの国で王家を憎む最も高い身分の人。
反逆罪で処刑された王弟の子。
ちょっと調べてみたけどこの反逆罪って冤罪っぽいのよね。
反旗を上げて王座を狙うほどの人物がこの国に居るならばお飾りの新王として担ぎ出すのにちょうどいい。
そして私の存在。
当然王となったラピス様の妻である私が産んだ子が次の王。
そうラピス様以外の誰かの子。
ラピス様は絶対に不可能だから代わりに王子の父になるのは反逆者自身でもいいしその息子でもいい。
そうすれば王家の血統を合法的に奪える。
王と血は繋がっていないけど私が前王朝の直系というある意味現王家以上の血筋であるため血筋で文句がつけにくい。
今日の舞踏会は私たちをエサとして社交界という海へ釣り針を垂らした第一投ってことなんでしょうね。
私が踊って注目を集め、つぎに目立たないところにいるラピス様に思考を誘導する。
もしかして今ラピス様に近づいたあの男……。
「カナリー嬢、そのように速いビートでこの曲を刻むとはまだ踊り足りないのかな? よければそのリズムで一曲お相手……」
「クリムゾン侯爵様……」
一応俺にも身分に比べ小さいながらも領地がある。
そこに隣接する領地もいくつかあるわけで当然ながらそれぞれ領主がいて治めている。
俺としてはカナリーをずっと眺めていたいのだが彼らが挨拶に来てウザったい。
しかしカナリーは何を考えているんだ。
曲調が変わってみんな一休みしているのに王太子殿下にリードされて真ん中に進み出た。
……。
!
なんなんだよ、あの情熱的な振り付けは!
『クリムゾン侯爵様……』
激しく踊る二人に嫉妬の炎を燃え上がらせていた俺に冷たい念話が届く。
『トビーどうした?』
『カナリー様の感情が読めないので殺すタイミングが取れません。ですので控室に戻られておひとりになったときに実行します』
『それで良い』
ふーっ。
俺としたことが我を忘れて嫉妬に狂うなどと情けない。
落ち着いたつもりで自分が何者かを完全に見失っているレイア。
男に変装した王女と偽装結婚させられるなんて、と最低に沈み込む心を無理やり激しい踊りでごまかすカナリー、偽る二人にラストダンスの刻は迫る。




