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貴族年鑑という貴族の名簿があって今ある貴族の系図がすべて載っている。
婚姻関係はもちろん今現在の正式な婚約関係も重要なものだから載っている。
最近載せられたばかりの私の名前、そして婚約者。
この分厚い豪華な名簿には記載ミスなどめったにない。
その最新版に私の名前が載っていて、記載漏れのため追記の文字。
ほとんどの貴族は事情を知ってるんだけど、こんなはいりょってうれしいよね。
そんなことより重大なのはラピス様の欄。
受けた刑罰の種類と、名誉回復の内容。
さっきのデートの後、自分は抱きしめる以上のことはできないと告白された。
クリムゾンの名前を残すために別の誰かに抱かれることになるだろうって。
私は知ってたしそれでもかまわない、と微笑むしかなかった。
やめ~っ!
後のことは後で考えよう。
なんとかなるよね、うん。
私は気合を入れなおしてミイシア様の控室の戸を叩いた。
会場につながる回廊、私とミイシア様は、同じように白いリボンを付けた少年少女たちが並ぶ列の最後尾に立つ。
会場には身分の低いものから入るのだ。
壁に掛けてある大きな鏡で最終チェック、ミイシア様はピンクのドレスがとってもキュート。
私は引き立て役だから濃いグレーの男装ぽい礼装、しかしあえて胸は詰め物で膨らませてある。
私の白リボンの横には最高師範を示す徽章がでやっとばかりに輝いているのだ。
デビューですが師範です。
貴族って見栄を張る生き物ですから。
白リボンの男の子たちは少し年上の女の子と手をつないで、女の子は兄か父親だろう人と。
生粋の白リボン同士のペアはない、これも例外が私達なんだけど。
ほとんどの貴族はこのデビューから結婚相手を探すので、身内以外のデビューペアはないのだ。
私みたいに先に婚約するのはイレギュラー。
まあ私は偶然の積み重ねでこうなってしまっただけだけど。
ところで私の前のペアがラズベリー侯爵兄妹ペア、そのひとつ前がチェリー侯爵兄妹ペア。
どちらも兄のほうがミイシア姫を狙ってるの。
なぜ社交界から取り残された私がそんなことを知ってるのかと言うとラズベリー侯爵から豪華な贈り物と長い手紙が届けられたから。
ラズベリー様、目の付け所がよろしい。
私は本当に凶悪なものが足元に潜んでいるのを全く知らず、せこい悪だくみをしていた。
音楽が流れ、前方の扉が開き、一組ずつ紹介の声が終わると順に会場に入っていく。
今は舞踏会の中休み的な時間。
一番身分の高い国王が登場して一曲おどったあと、子爵以下の者たちは逆に帰り始める。
もっとも、今回はミイシア様が出るのでみんな残っているが。
私たちが入ると戸は閉まりゆったりとしたワルツが流れ出す。
初心者用の曲だけどそれを優美に踊るのが難しい。
もっともあまりにも視線を独り占めにするとほかの子たちに悪いからまだ本気は出さないけど。
曲が1楽章終わると、私たちは偶然ラズベリー侯爵兄妹の横に来た。
そこでパートナーチェンジが入る。
「カナリー・チョコットです。お嬢様、よろしくお願いします」
「セシル・ラズベリーです」
名人がリードするとやっぱ見栄えが違うのよねぇ。
たまたま私たちが踊ったのは光彩を放って中央で踊るミイシア様とラズベリー兄のやや上座寄りの上級貴族たちからよく見える位置だった。
私の視線は恰幅の良い紳士にしっかり届いたようだ。
縦にコクコク首を振ってらっしゃる。
貸しひとつね。
次のチェンジ前にはチャコール子爵の令息ペアの進路を妨げてミイシア様の隣に押し出してしまい、私たちはチェリー兄ペアの横。
誰かさんにはお世話になったもんね。
子爵家の令息が3番目に王女様と踊れるなんてとっても名誉なこと。
だって偶然で決まるチェンジはもうないんだもの。
この後は普通にライバルを蹴散らしてもうし込まねばならないのだ。
子爵様には伝わらなかったけれど、これはこれでいい。
伯爵家の令嬢と踊りデビューの曲は終わる。
ここからはまた元の舞踏会だ。
私は白リボンと徽章を外して壁側に寄り、それぞれのパートナーと親や家族のもとに戻って行ったデビュー者を見送った。
曲は軽やかなフォックストロットになり若い貴族たちの踊りになっている。
もちろんこの時間はデビューちゃんたちが両親たちにさっきの踊りの話をしてるのだ。
ラズベリー侯爵はさりげなくベリーグッドと私に向かってひそかに合図した。
家の格はチョコット家の方が上だけど、向こうは当主だからね、そうしたしぐさが許される。
ミイシア様にはラズベリー家から付け届けを受け取ったことは伝えてあるし婚約者レースにはむしろマイナスかもしれないけど嫡男ではないラズベリー坊やにとってミイシア様の初めてのお相手だなんて一生もんの宝だと思うよ。
そして私は会場を目で探す。
あの食堂で求婚してきた野蛮人はなぜかいるけど彼がいない。
「誘いたいんだけど、これどうしたらいいんだい?」
ラピス様!
いきなり後ろから声を掛けられて声が出ない。
私が男装いてるので誘えないらしい。
困りきったラピス様をそのままに飲み物を運んでいた侍従に上着を預かってもらう。
左わき腹の糸を引っ張るとおなかに巻き付けてあった布がはらりと落ちて足に届く。
荒っぽく後ろでまとめてあった髪をほどき上着の代わりに受け取った髪飾りを着ける。
あっという間に公爵令嬢の出来上がり。
ラピス様や周りの人たちは驚いていたけど、平成日本のテレビの中で歌手たちは普通にこれくらいのことはするのだ。
さあ魅せつけてやるぜい。
私はラピス様にリードされて踊りの中に入った。




