15
間近に迫っていた日程はすぐに消費されてしまい、前夜祭を迎えた朝、いつものようにカーンは姫の部屋の中で護衛に立つ。
姫の長かった髪は短くそろえられ豊かだった胸もない。
振り向いた姫の顔は、戦場に向かう男の顔をしていた。
「ん~♪んん~♫ん~♩」
口から洩れているのは『名もなき戦士』の主旋律。
きっと楽しいのだろう。
「やっと許可が下りて文字を刻むのが間に合ったよ」
「はい」
ここから西、ヴァイスティーユ監獄には人知れず国のために戦い死んでいった戦士たちの墓がある。
そのさらに目立たない場所に作られた新しい墓、そこに刻まれたのはレイア・クリムゾン、カナリー・クリムゾン夫妻の名。
王は姫を王家から除籍しクリムゾン家を継ぐのを認め、カナリーとの婚姻を認めた。
この際カナリーの意思は関係ない。
「俺ってもう十分王家の義務って果たしたよね」
「はい」
「そんじゃ、デートに行ってくる」
「はい」
舞踏会のラスト、衆人環視の中ではあるがほぼ間違いなくトビーは仕掛ける。
もっとも邪魔になるカーンもそこにはいない。
さらにトビーは将軍から魂喰らいと呼ばれる短刀を渡されている。
かすめただけでも確実に命を奪うそれに対して防御の方法は全くない。
だから……。
王家からの正式な勅使に私たち公爵家の一同は頭を下げている。
「……よって、ラピスラズリイ・クリムゾンとカナリー・チョコットの婚姻を薦めるものとする」
えらいこっちゃ。
……。
もう一回。
えらいこっちゃぁ!
長~いこと聞いたことのない名前をよく聞くようになった。
それも王宮で。
しかもなぜか『黒壁』のお相手という濃い関係で。
それに長~いことあっていない人物と偶然会った。
王宮を出たところで。
うん、計画的だね。
そしてとどめに今回の婚姻命令。
なにかある。
きっとあのラピスお兄様が何かやったに違いない。
手を出してはいけない人に出したとか。
たぶんそれ!
パット頭に思い浮かぶ人たちの顔を並べて、訂正。
出そうとした!
うん、これだ。
でも、軽そうだけどいい人なのよね~。
なんて考えてたら、いきなり初デートのお誘いが来ました。
ドキドキ。
やって来たのは王宮の西側、二人のいでたちはお忍びの下級貴族。
ラピス様ったら、やだぁ。
ラピス様ったらどう見ても働いてないきれいな手をしてるし、私は水仕事とかしてるけどそれなりに手入れしてるし、全くの平民ってのにはなれないのよね。
「二人のために甘~いのやってくれ」
「では」
今ラピス様が声をかけたチップを渡した楽士みたいに道化師とか軽業師とか大道芸人がたくさん街に出てるから、その貴族のお忍び姿があちこちで見られて私たちも目立たない。
たった一人が奏でる甘い調べに乗って軽く二人で踊ったり、うん楽しい。
お昼はあちこちの屋台で、立って食べるって初めて。
丘から眺める池と池から眺める景色は風情が違う。
つまり私たちはちっちゃいボートに乗っているのだ。
最初は彼が一人で漕いで私が向かい合って後ろに座っていたけど、今は並んで座って私も一本オールを手にしてる。
だからまっすぐ進まないで円を描くけど、それもいいのよね。
もっとこうしていたいけど、今日は前夜祭の舞踏会があるのだ。
気合い入れてドレスアップ、だからもうさよなら……チュッ。




