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俺は少しでも発見され難くなるよう壁に張り付くようにしながらゆっくり歩いている。
周囲が薄暗いのは相変わらず。
そしてとても静かだ。
モノ音がしたらしたで怖いだろうが逆に静かすぎるのも怖い。
後ろから視線を感じるような気もして度々後ろを振り向いてもいる。
振り向いても2つの部屋の入り口が判別できなくなった頃、薄暗い一本道に変わりが見えた。
分岐路ないし部屋があることを予想していたのだが行き止まり。
一瞬落胆もしたが、そんなことよりも「ここで襲われたら逃げる事さえ出来ずに詰む」事に即意識が向いた。
戻らなくてはと身を翻そうとして自らの足に躓く。
何も即襲われるとは限らないのに無いのに焦りすぎだ。
転んで物音を立てるのを回避するべくとっさに反動をつけ壁に身を預けしゃがみこんだ。
音は最小限で済んだが無理な動きをしたために捻った脇腹、壁についた左手甲、壁に当たった顎とすべての負傷箇所が激しく痛んだ。
お蔭で悲鳴さえ上げることが出来ず、無言で脂汗を流しつつ硬直する羽目になる。
襲われるようなものの気配もないのに一人相撲。
畜生、無様だ。
辛うじて苦痛が和らぎ動けるようになると出来る限り急ぎつつ部屋へ向けて引き返す。
怯えと不安を少しでも解消したい焦りが知らず知らずのうち速足となっていたのだろう。
呼吸が乱れているのに気が付き、落ち着こうと足を止めようとしたタイミングでゲラゲラと大きな笑い声が前方から聞こえギクリと硬直する。
隠れる場所を探ろうと視線を左右に向けたところで、愚かにも通路の中央に立ち竦んでいることに今更ながら気が付き慌てて右の壁に張り付きしゃがむ。
気が付かれないようしゃがんだ姿勢のままゆっくりと前進すると、目覚めた部屋の入り口が辛うじて見通せる距離になり、天井の明かりに加え部屋から漏れる明りで先ほどの笑い声をあげた人影を目視で来た。
2人組だ。
性別は分からない。
体格は中肉中背で俺より少し高いか。
もう一人が同程度の身長ながらやや痩身に見える。
2人とも長めの棒のようなもので床の何かをつついているようだ。
目が覚めた時に会った連中が戻ってきたのだろうか。
険しい目つきと声は覚えているが、受けた暴力の痛みが強烈だったので他の特徴が良く思い出せない。
別人であれば負傷してることを告げて保護を願う手もあるのだが、あの下卑た笑い方からして酷く嬲られた挙句殺されかねないか。
初対面であろうとなかろうとこの連中とは関わらない方が良いだろう。
慎重に少し後ずさり闇に紛れるようにして去るのを待つ。
遠目に眺める程度なら兎も角、こちらに近寄られたら確実に発見される程度の隠れ方だったが、運が味方して2人組は遠ざかって行ったようだ。
部屋の入り口まで戻ってきた。
あの2人が何をつついていたか判明してげんなりしている。
最初薄汚れた子供かと思ったが小さな角が付いた豚面の人間に似た生き物の死体だった。
不潔な獣臭さに加え血の臭いが混じって嘔吐感を覚えるほど臭い。
自分が進んだ方の反対側、そう遠くない所の通路の左側に2体中央に2体右側に1体。
右の1体は首を飛ばされていて、左の2体も頭部の損傷だ。
片方は眉間を穿たれてもう片方は顔を半分に割かれている。
中央の2体は2体同時に胴を串刺しにされていて、つついていたのは本当に死んだか確認していたのか。
小汚い死体に触れるのはいやだったのもあるが、自分が今一番欲しい食料や水を持っていたとしても血で汚染されてしまっただろうし死体は放置することにした。
近くに転がっていた石製の穂先が付いた粗末な槍が2本使えそうな状態で残っていたので状態の良さそうな方を1本失敬することにする。
槍の扱いなど知る筈もないが、お守り位にはなるだろう。
せめてもう少し長ければ杖代わりになるのだが。
さっきの連中に追いついてしまわぬよう少し時間を潰すつもりで部屋に入る。
嘔吐をこらえる為に喉を意識したせいか一時忘れていた喉の渇きが戻ってきた。
水が欲しい。
ふと自分がいる部屋におかしいことがある事に気付く。
壁の血糊がない。
念のためもう片方の部屋も見てみるがない。
自分で思った以上に時間が経過しているのかと焦ったが、良く調べて見ると乾いた痕跡さえないのだ。
いくらなんでも痕跡さえなくなるような時間の経過は無いハズだ。
さっき見た連中も壁の血糊を痕跡残らず掃除するなんて暇な事をするはずもないし。
少し気味悪く思ったが当初潰そうと考えていた時間はとっくに過ぎているので移動することにした。
2人組が来てそして戻っていった方向に慎重に進む。
人の話し声どころか何一つ物音が聞こえないまま十字路にでた。
どれにするかと考えて、まず真っ先に右は選択肢から消えた。
獣臭い臭いが漂ってくるので、遠くない位置にさっきの豚面がいるようだ。
正面か左か迷ったが、左に進むことにした。
左壁触り法なんていう迷宮脱出法があったよなとふと浮かんだからだ。
複数の意味で当てになるかどうかは怪しいが。
案の定というべきかあっさりと左壁触り法はお蔵入りとなった。
自分の進んでいる通路が木に例えると幹の部分に当たるらしいと分かったからだ。
正面、右左の3分岐で左を選ぶこと2度、2度とも2つの小部屋と行き止まりという全く同じ作りだった。
2度目の分岐で右も試し、右も同様であることを確認し中央のみを選んで進む。
さらに2つの分岐を超えると自然光が入ってきている大き目の開口部が見えた。
知らず早足になり、最後には全力疾走になっていた。
開口部を抜けた途端眩しさに目をやられ後悔する。
足をもつれさせ受け身さえ出来ずに地面に叩きつけられ、激しい痛みが俺の意識を刈り取った。