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迷宮彷徨日記  作者: 一郎
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「――、―――」

頭が痛い。


「―――、――ろ」

頭が痛い。

睡眠明けのような意識が戻る感覚。

意識がはっきりするにつれ、痛みがより鮮明になる。


「―い、起きろ」

頭が痛い、加えて嘔吐感までする。

嫌々眼を開けると険しい目つきをした男に俺は胸ぐらを掴まれ上下に揺すられていた。

くそっ、嘔吐感は容赦なく揺すられていたからだし、頭が痛いのは上下に揺すられる度地面に打ちつけられているからじゃないか。

半ば無意識に両手を伸ばし男を引きはがそうとした。

すると右手首を握りつぶされそうな強さで拘束され、手のひらを額に当てた状態に固定された。


「繰り返せ、[小癒]」

なにがなにやら全く理解できない。

ただ強請の意思は明確に感じられたので反発した俺は無視して拘束から逃れようとした。


「繰り返せ、[小癒]」

少し時間を置いて目つきの険しい男は俺に目線は合わせたまま無表情で繰り返した。

先ほどと違うのは俺の抵抗の意思が完全にくじけたことだ。

男は俺が従わないと見ると、俺の左手の甲の上に膝を置き体重を容赦なくかけた。

手が砕けたような痛みに俺は絶叫し「やめてくれ」とか口走った気がする。


「しょ、醤油」

完全に折れた俺はおずおずと男に続いて言葉を繰り返した。

しかし、今度は発音がお気に召さなかったらしい。

男が納得するまで繰り返させられ、続いて似たような別単語も同じように発声させられた。


「はずれだ。帰るぞ。」

舌打ちとともにそう男は俺ではない誰かに声をかけた。

全く意識できていなかったが他に人がいたのか。

男に圧し掛かられるような仰向けの姿勢から解放された俺は起き上がろうとしたが出来なかった。

目つきの険しい男ではない誰かが俺の顎を蹴りつけたのだ。

俺は悶絶した。


どのくらい時間がたったのだろう。

悪寒を感じて目が覚めた。

後頭部の痛みこそ収まっていたが、蹴られた顎と体重をかけられた左手甲、加えて痛みに悶えてる最中か気絶後に蹴られたのか右脇腹が酷く痛む。

じくじくと熱を持ってる感覚があるので3か所ともひびか最悪骨折しているかもしれない。

俺は顎を蹴られた後に無意識にとっていたのだろう右を下にして体を丸めた防御姿勢から痛めた脇腹を刺激しないよう注意して胡坐に移行した。


最悪の気分だ。

口の中はからからに乾いていがいがっぽいし、服も埃まみれ、ぼろぼろだ。

ヤクザのような男に脅されボコられた。

そんなことをつらつらと考えていると「あれっ?」と自分の考えに驚きを感じた。

ヤクザのようなってそもそもヤクザってなんだよ。

疑問が一つでると一気に思考が連鎖したのか次々と疑問が湧いてくる。

ここはどこで俺はなぜここにいる。

そしてそもそも俺は誰だ。


俺は混乱した。

ここがどこかと言う事となぜここにいるかはまだ良い。

この二つは判らなくても仕方ないと言える理由がすぐに思い当たったからだ。

けれども、ヤクザという単語を知っていてそれが何を示すか解らないと言う事と、俺が誰か名前すら覚えていないと言う事は深刻だ。

知識の欠損もやばそうだが記憶の欠損は特にまずいだろう。

必死に自分の記憶と呼べるもの、自分の名前から始め、家族友人の名前、好みの食べ物、趣味等思いつく限りの項目を体の痛みや不快感も忘れて思い出そうとした。


かなり長い時間考えていたようだが、結局何一つ思い出すことは出来なかった。

この間強く感じていた焦燥感、喪失感、不安感が混じった何とも言えない気分は、意識から逸れていた悪寒を再び感じ始めたこと、のどの渇きを覚えたことが契機となって辛うじて一時棚上げに成功した。

記憶も重要だが、まずは自身の安全確保しなくては。

命の危機に対する恐怖はより強かった。

さっきの男達には殺されずに済んだが次に会うモノには殺されるかもしれない。

そうでなくても怪我で弱り身動きが取れなくなっての衰弱死、水が飲めずに渇死、食料を得られなければ餓死と結構死因に事欠かなそうだ。

なるべく早く水食料を確保し、安全地帯を見つけ怪我を癒さないと。


まずは自身の持ち物を点検する。

麻っぽい素材で作られた上下の下着と上着、足袋の様な靴でどれも収納の機能は付いていない。

水食料はもちろん武器も無く着ている上着は防具としての役割は到底果たせそうにない。

靴も素材が素材なので柔らかく薄いこれでは少し尖った石を踏んだだけでも怪我をするだろう。


次に現在地だ。

地面は土を突き固めたような硬さの床。

上は暗くて良く見えないが高い所に天井がありそうだ。

壁が3方に有りこれは堅そうな石のような素材で出来ている。

石のようなというのは、ただの石ではなく微かに白く光っているからだ。

俺が倒れていた時の左手側には一部壁がなく8畳ほどの小部屋であることが解った。

なるほど俺を蹴り倒した奴はあの壁の無い入口付近にいて俺の視線からは目つきの険しい男の体で隠れていたのか。


俺はゆっくりと立ち上がりこの小部屋の出入口にあたる面に近寄った。

脇腹の痛みは歩く位ならば負担にならないようだ。

襲われて逃げるといった大事な時走れるかどうかが不安だが、水食料がない以上ここに何時までもいる訳にはいかないし仕方ない。

襲われそうなモノに見つからないよう慎重に移動することにしよう。

あまり体を晒さないよう気を付けて正面と左右を確認する。


正面には俺がいたのと同じような小部屋。

ささっと左右を確認してから入って見ると誰もいな…い、いや誰かがいたのかな。

致死量だろこれって位の血糊が生乾きでべったりと右の壁に張り付いている。

幸いこの血糊を出したものも出させたものも見当たらなかった。

しかし小部屋は安全でないことと敵対的な生き物もいる事もはっきりしてしまった。

怪我持ちの裸同然でこの状況はやべぇし怖ぇよ。


気を取り直して通路を覗き込む

通路は左右両方部屋とは違い壁ではなく天井が微かに光っている。

両手を広げた人間が3人並んで歩ける広さがあるが結構薄暗いな。

左右ともに見渡せる範囲では直進だけで先は闇に消えている。

迷ったがヤバそうなら引き返すと繰り返し念じつつ右に進んでみることにした。

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