トマト
「そうだ、食エッセイを書こう」
突然、ぼくはそう思い立った。ゴールデンウィークのなかのとある一日のことだった。
理由はいくつかある。
ひとつは、ぼくが食べることが好きだということ。それこそ、創作物のなかでゴーレムである主人公がアヒージョを食べるシーンを入れてしまうくらいに(余談だが、ぼくはアヒージョを食べたことがない)。
そしてもうひとつは、久しぶりになにか書こうと思うもいいように書けず(気取った言い方をすれば筆がのらず)、ならばそのかわりに、ということだった。
また、四月から一人暮らしをはじめ、自炊をするようになり、食への関心が特に高まったことも原因のひとつとしてあるかもしれない。
思い立ったら吉日、ということで、では次に題材はなににしようかと考えること数秒。
「そうだ、トマトだ」
べつに目のまえにトマトがあるわけではない。今日一日のなかでトマトを食べたわけではない。なのになぜトマトなのか。それは残りの部分で語っていきたいと思う。
さて、ということで、トマトである。
みなさんはトマトといったら、いったいなにを思い浮かべるだろうか。
赤い。
果物なのか野菜なのかわからない。
上から読んでも下から読んでも同じ。
イタリア。
意外と苦手なひとも多い。
と、そんなところだろうか。
だが、今回ぼくが話の焦点に当てたいのはそこではない。
ずばり、「トマトにはなにをつけて食べるか」だ。
塩。
マヨネーズ。
ドレッシング。
なにもつけない。
おそらくほとんどのひとがこの四つのうちどれかに当てはまると思う。
しかし、ぼくは声を大にしていいたい。
「トマトにはソースでしょう」と。
……うん、みなさんの「えーっ」という声が聞こえてくるようです。事実、このことを友人たちにいうと、「おいおいこいつ正気か?」みたいな顔をされる。
しかし、どういわれようとも、どんな反応をされようとも、ぼくはトマトにソースをかけることをやめない。この組み合わせを知ってしまったが最後、ほかのどんな組みあわせも試すに及ばない。
今回の話の目標は「いかにしてトマトとソースの組みあわせをみなに試してもらうか」ということに尽きる。だからいまこの場にトマトとソースがあり、「そこまでいうのならやってみようじゃないか」と試してくれるのなら、続きを読む必要はない。
しかし、ぼくがこれだけいってもみなが試そうとしないことはこれまでの経験上わかっていることだ。実に悲しい。だからそういうひとは、せめて続きを読んでみてほしい。
結論からいえば、トマトとソースがあうことは味覚的にも理論的にも決まりきっている。ゆえに、いまからそのふたつを説明したい。
まず、理論的な面。
みなさんはソースの原料を知っているだろうか。冷蔵庫にあるごく一般的なソースの原料名を見ると、「プルーン、タマネギ、リンゴ、ニンジン、レモン、トマト」とある。
そう、ソースの原料の一部にはトマトが使われているのだ。
トマトとソースの組みあわせの宣伝をすると返ってくる言葉ランキング一位が「いや、あわないでしょう」なわけだが、これは大いに誤りである。上述したようにソースの原料の一部はトマトであり、相性抜群であることは自明の理なわけだ。
なに? 「ならトマトにケチャップでもいいじゃないか」だって?
そんな屁理屈ばかりこねるひとのために、味覚的な面からも検証してみよう。
たしかにケチャップにもトマトが使われている。その証拠に赤い。そしてソースにもトマトが使われている。しかしソースは赤くない。真っ黒だ。
なぜか。
答えは簡単だ、ソースは先に述べたようにトマト以外にも多くの原料を含んでおり、そしてそれを原型がなくなるまで煮詰めたものがソースだからだ。だからソースにはケチャップとちがい、味わい深いコクがあるのだ。
そう、そのコクが、トマトとこのうえなくあうのである。
想像してみてほしい。
トマト。
赤いトマト。
みずみずしいトマト。
ほどよい酸味を含んだトマト。
そしてその水分をたっぷり含んだ赤い肌に、ゆっくりと覆いかぶさる黒い液体。光沢をともなった濃厚なそれは、まるで宝石のよう。
かぶりつくと、様々な野菜や果物のエキスが舌のうえに広がる。
しかし、それも一瞬のこと。
すぐに冷たくシャリっとしたさわやかな食感が、口のなかいっぱいに広がる。
濃厚さが冷涼感を引き立て。
酸味がコクを際立たせる。
本来ならば交わるはずのない両者をひとつにまとめあげるのは、ほかでもない、トマト自身なのである。
……どうだろうか。
ここまできたらぼくはもう強要はしない。これを読んだみなさんが自発的に冷蔵庫に走ってくれることを、スーパーに向かってくれることを、望む。その際は焦るあまり財布を忘れることのないよう注意してほしい。
ちなみに。
せっかくなのでもうひとつ、機能的な面からも検証をしたい。
どういうことかというと、これはトマトのポジションに関係している。
トマトというのは、あまりそれ単体で出てくるということはないはずだ。具体的には、とあるもののとなりにくることが多い。
そう、千切りキャベツだ。
さらにそこにもうひとつ、きつね色の衣をまとったカツなどがある光景を、一度は見たことがあるのではないだろうか。
きつね色をしたカツ、緑と白が入り混じった千切りキャベツ、そして華を添えるは赤いトマト。実に美しいと思う。
そこで、カツにはなにをかけるか? ソースだ。
千切りキャベツにはなにをかけるか? ソースだ。
ならばトマトにはなにをかけるか? ……答えはいわなくてもいいだろう。
つまり機能的な面からの検証というのは、いってしまえば「全部にソースをかければ楽だよね」というある意味身も蓋もない意見なのであった。