第3話 逃走・迷走・混乱中
累計で400近いアクセスにビビってしまい、読んで下さった方々にありがたいやら駄作で申し訳ないやら……。
涼羽の思考自体が突飛な(とよく言われる)為に文章も分かり辛い所があるかもしれませんが、お付き合いいただければ幸いです。
「アリアさん、この柱時計は……」
「あぁそれ? 面白いでしょ」
「これを面白いと言ってのける感覚が人間に、それも一般人にあるとは思いませんでした」
「……うん?」
「すごいですね、まさかこんな所でお目にかかれるとは」
楽しそうな声音にタネを混ぜていたホイッパーが止まる。何がそんなにお気に召したんだろう。
自分にとっては見慣れた柱時計を眺める。もしかしてこういう細工物が好きなのだろうか。まぁ確かに我が家にある時計の中で一、二を争う程ユニークなものだとは思うけど。
「時間以外に、持ち主設定した人が今どこにいるかを表してくれる優れ物なんだよね。〈キッチン〉を指してる針の隣で〈リビング〉を指してるのがお客さん用の針。今はレグスの事ね」
針の胴体が筆記体でアリアと描かれた、繊細な造りの茶色い針と隣り合う白い針。
それをまじまじと見るレグスの顔がガラスに映る。
「随分と複雑な古代奏術ですね……。まさかまだ現存するとは思いもしませんでした」
「ふぅん? というかレグスってそういうの分かるんだ、すごいね」
「一応、これでも魔王をやってましたからね。見えないかもしれませんが」
「……ソンナコトナイデスヨ」
「棒読みですね。まあよく言われましたが」
どうやら心の声はダダ漏れだったらしい。家人達のお墨付きです、と肩をすくめる姿に苦笑する。
配下から魔王らしくないと評判の魔王って一体。
(まぁ……この短時間で、私ですらそう思っちゃうし。本人がコレだし)
一般的な魔王のイメージと言えばあれだ。邪悪なオーラを纏ってカリスマのある、そしてガタイが良いとか重々しい鎧とかのボディで、全体的に厳つくて鬼畜な感じ。
でも、とレグスを見る。スラッとした細すぎる体に白いシャツと黒のパンツ姿からは邪悪なオーラもカリスマも鬼畜さも見当たらない。というかどこをどう見ても子犬、それもお金持ちの家とかで飼われてそうな品と由緒のあるイメージ。きっと野放しにしても道行く人に可愛がられるに違いない。
「でも本当すごいと思うよ、私みたいな一般人には術がかかってるなーとかぐらいしかわからないから」
「一般人? どこがですか」
「真顔で言うな。どこからどう見ても一般人でしょうが、失礼なっ」
「残念ながら、ミラと関わりのある時点で一般の枠を飛び出てます」
「……。……否定できない自分が悲しい」
「でしょう?」
自分のせいじゃない所で自分を判断されるという理不尽さに打ちひしがれながら冷凍庫を閉じる。これで数時間したらアイスの完成だ。おやつまでには間に合うかなー、と調理器具を片づけながらふと思う。
(パッと見ただけでわかるとか、レグスもチートなのかなぁ……ミラと同じく)
未だに柱時計から離れようとしないレグスを眺めて――――目をそらした。
考えないようにしよう。だって絶対、自分の理解できる範囲を軽く跳び超えてる。
「そういえばこれって物ごころついた時からあるんだけど、未だにわからない部分もあるんだよね」
「それは、この銀針が指している空白ですか?」
「ううん。それは敷地外、つまりこの牧場に居ないって事ね。そっちじゃなくて、こっち」
十二個の数字の外側にはリビング・寝室・客間・風呂など居住空間の他、庭・畑・小屋・物置など敷地内の物は大抵書かれている。……時々とんでもない単語も紛れているが。そのうちの一つを指さす。
「見てここ、〈墓〉。多分針の名前の人が死んだ時とかに指すんだろうけど、身も蓋もないよね」
「まあ、確かに。随分率直というか、わかりやすい表現ですね」
「だよねぇ。どうせなら天獄か地獄かまで指してくれればいいのに」
「それこそ身も蓋もありませんよ……」
少なくともただ〈墓〉と示されるよりは夢や希望があると思う。地獄だったらそれすらないけど。
「あ」
「え?」
針が、と呟く視線の先で急に動きだした針。
銀色の針からドアへ視線を移したアリアの脳内で、暴風警報発令・台風上陸・台風直撃という不吉な単語が踊る。つまるところ、一言で表現するなら――――銀色の嵐の到来だ。
―――チッチッチッ、カチンッ
―――バァンッ!!
「こんにちはー! アリアっ、数時間ぶりだけど久しぶり! 会いたかったぁっ」
「へぇ……凄いですね」
「……うん」
〈玄関〉を指した銀針から目が離せないレグスと反対に、その玄関から目が離せなかったアリアは会話が噛み合っているようで噛み合っていない事に気付かなかった。
「あら、またやっちゃった」
蝶番が捻じれてドアノブもひしゃげている哀れなドア。どう見ても勢いとかの問題じゃない。
その前に仁王立ちするのは、記憶にある姿よりもさらに美しさに磨きがかかった美少女。今朝はドタバタしてたのと寝起き眼だったせいか細かい所までは見えなかったが、特に怪我もしてない様子にほっとする。
しかし、とぐっと体に力を入れる。ここでミラのペースに流されるわけにはいかない。
「ミラ、何か私に言う事……あるよね?」
「えっ何かアリア怒ってる? やだそんな顔も可愛いっ」
「言・う・こ・と・は?」
「んー、髪伸びたわねぇ前はショートだったのに。私としてはツインテールがオススメかもっ」
「違うから。いや違くないけどそっちじゃない」
確かに去年から前髪以外切ってないけど。そして願望をおしつけるな。
うーん? と首を傾げるミラの視線に苛立つ。私の外見の問題じゃない。
「他にあるでしょ、言う事がっ!」
「えー? でもドアが壊れるのっていつもの事だし」
「……いつもの事というのもおかしいと思いますが」
思わずといった感じで後ろから洩れた呟きに、ガシリと細すぎるその腕を掴む。跳ねたそれに、もう驚かれる事にも慣れたかもと沸騰する頭の隅で思いながら、思いっきり息を吸って――――
「言う事言うまでは口きかない! 反省しなさいこのバカ――――!!!」
ゼー、ハー、と乱れる呼吸と耳の奥からガンガンと聞こえる心音。
ふくらはぎと肺とわき腹がきしんで、そのだるさにバタンと仰向けに倒れる。青い匂いと、きょとんとこちらを見てくる白いモコモコにちょっとだけ落ちついた。……うん、食事の邪魔してごめん。
レグスの腕を掴んで全力疾走。自分でもバカだと思ったけどどうしようもない。
覗きこんでくる灰色の目が凪いでいるのを見て、何となくだけど土下座したくなった。無理矢理つれてきてごめんなさい。
「大丈夫ですか? 今にも息絶えそうですが」
「い、や、その表現……っ洒落に、ならない……」
「……死にそうですが?」
首を傾げるレグスに悪気はないんだろうけど、「息絶えそう」と「死にそう」って対して変わらない。むしろどっちも瀕死だ。とりあえずダメそうという事だけはよくわかった。
細身な割に体力があるのか息切れもしてない姿に、レグスも寝転べば、と隣を叩けば遠慮がちに座られる。白シャツじゃなければきっと寝転びたかったんだろう、その残念そうな目に苦笑した。
「汚れてもいい服、探さないとね。まあ家に戻るのはもうちょっとしてからだけど……ってどしたの?」
何か言いたそう、というよりは聞きたそうな目に首を傾げる。もしかしてさっきのミラとの言い合いの事? と聞けば頷かれた。わかりやすいというか、きっと隠し事をしてもすぐバレるタイプに違いない。
「私も在宅時にはよく壊されましたが、その……先程のは、そんなに重要なドアだったんですか? あそこまで怒るという事は、もしかして何か大事な思い入れがあったとか」
「……もしかして、ミラがドアを壊した事に対して私が怒った、とか思ってる?」
ドアに抱く思い入れって何だと思いつつ確認すれば違うんですか? と真顔で返された。
というか魔王城の玄関扉と一般宅のドアを一括りにしないでほしい。規模や意味合いが全然違う。
「違うよ、ドアの事に怒ったんじゃない。私そんなに心狭くないよ? 多分だけど」
「多分ですか」
だって自分で思ってても他人から見たら違う事ってあるよね、と呟いたらまぁそうですねと頷かれる。その目が遠くを見てたのが気になったけど、でも踏み込んでいいかわからなくて目をそらした。
最初にレグスを保護した時の母性と勢いはどこに消えたんだろう。
ちょこちょこ寄ってきた白に手を伸ばしながら、今こそ必要だよねとごちたらベロンと舐められた。
……それは一体どういう意味の返事なんだろう。肯定なのか馬鹿にしてるのか。もし後者なら泣ける。
「羊までいるんですね」
「そういえば案内って途中だったっけ? 基本としては牛と鶏と羊かな。みんないい子だよ」
「かな、って……把握してないんですか?」
「うん。だって他の子とは会わないし」
首を傾げるレグスを放置してモコモコの毛に顔を埋めた。ちょっと動物臭いけど温かい。
まあ牧場主が自分の牧場の動物を把握してないなんて普通ありえないけど、ここではそれが普通だからしょうがない。あれ、普通の意味が不明になってるような。
「いつも森の中に居るのと、私に懐いてないって事もあって……遭遇できたら奇跡? みたいな」
「何ですかそれは……。小屋や世話は?」
「放し飼いの放置プレイみたいよ。ミラが言うには数種類いるらしいけど、出てきた時のお楽しみって言って教えてくれなかった」
「そんな、玩具じゃないんですから」
まぁミラが連れてきた子達だし、と彼らが居るだろう森を眺める。
(昔、ミラと探検してたらはぐれて大泣きしたんだっけ)
懐かしい思い出にふと目を逸らす。高台の裏手を囲む木々の奥が相当広い事だけは確かだ。
ですが、と降ってきた不満そうな声に首を傾げる。一体何がそんなに気に食わないのか。
「違う種類の動物を放し飼いにしたら、縄張り争いが起こるでしょうに……」
「大丈夫だよ、だってここ全体がミラの縄張りだから。近くの村の人ですら怖がって近寄らないし」
「――――なるほど。なら問題ありませんね」
(問題解決……というか納得されちゃった)
自分で言っといてあれだけど、それで納得されるのもどうだろう。
いいかげん離せと身じろぐモコモコを手放してため息を吐いた。
元魔王に動物扱いされる勇者。笑えないというか立派さの欠片もない、というより元からどちらにもそれらしさが無いという事実。
見事なほどの肩書負け。ゼロどころかマイナスって、もうどうしようもなさすぎる。
「だいぶ毛が邪魔そうだし近いうちに刈ろっかー……レグス、この子はみゆきさんであっちで座ってるのはさゆきさんね。それであそこで草食べてるのがゆきえさん。その隣にいるのがゆきこさん」
「……見分けるポイントはどこにあるんですか」
「えー、と。あー……しばらく一緒にいればわかる、かなぁ」
ジト目で見下ろしてくるレグスから顔を背けると視界の端を動くモコモコ。
何となくで把握しているものを説明しろと言われても無理だ。それこそ勘としか言い様がない。
「なら当分は難しそうだ。名前を間違えても怒らないで下さいね、みゆきさん」
めぇー。
みゆきさんの返事にほんの少しだけ口角をあげたレグスに、平和だなぁとしみじみ思う。
羊に笑みを浮かべる(元)魔王。その字面だけを見れば不安すぎるシチュエーションは、しかし漂う空気は半端なくゆるかった。
「大丈夫だよ、私が一緒にいるんだから。ちゃんと教えてあげる」
「……一緒にいてくれるんですか?」
――――『一緒にいてくれるの?』
困ったようで嬉しそうなレグスの声音に、ふと小さなミラの姿が重なった。
不安の奥で揺れる喜びの色や、何かを必死に押し殺そうとして揺れる声までそっくりそのままで、思わずその手をぎゅっと掴む。ぴくりと少しだけ反応した手は、でも払うどころかやんわりと握り返された。
ミラとレグスが似ているなんて、出会ってから今まで考えも――――それこそ思いもしなかった。でも今だけは、今この瞬間だけはその内面がとてもよく似ている気がして、その確証も証拠も何もない確信に戸惑う。
噛んだ唇をこじあけて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。言う言葉を一つとして間違えてはいけないような緊張感に、ミラの時もそうだったなぁと思い返して何となくおかしくなった。
「だって大事なお弟子さんだし」
――――『だって大事な幼なじみだから』
「『私が一緒にいないとね』」
いつ言ったのかも覚えてないのに、それでも確かに記憶と同じように笑う。
雰囲気とかは正反対だけど、一人にしたらダメそうで放っておけない所はよく似てるかもしれない。
ふと、遠ざかるみゆきさんを眺めて思う。
ミラとレグス、どっちもその肩書本来のイメージと雰囲気に合っていない「勇者」と「魔王」。でもだからこそ、似ている所があるのかもしれない。
何となくのそれは、でも間違っていない気がして見上げる。灰色に浮かんだ、記憶の少女と同じく泣きそうで嬉しそうな色にちょっとだけ笑った。
「―――…………す」
「ん、なに?」
「いえ、何でも」
「何でもなくないでしょ。私、お礼の言葉はもうちょっと大きい声で聞きたいなぁ」
「っ、聞こえてるじゃないですかっ」
「小さくて聞こえなかったからノーカウント。それに、保護したからにはちゃんと最後まで面倒みるよ」
「……別に保護された覚えはありませんよ。ミラと違って、私は動物じゃありません」
(どちらかというと「捨てられた小犬を拾った」なんだけど、まぁそれも保護の範囲内だし)
拗ねる姿にまさか「ミラに置いていかれた貴方を保護した」と言える筈もなく、そしてやっぱりなミラの動物扱いに笑うと更に拗ねるレグス。
どうしようもない悪循環を、けれど打ち止めたのはレグスだった。
「もういいです。……そういえば、今あの柱時計は〈庭〉を指してるんでしょうか」
「いや、〈放牧場〉だと思……う……」
「アリアさん?」
ミラを怒った勢いでレグスを無理矢理、というか力ずくで思わず連れて来たけど、これってもしかして。いやまさか。でも。
脳裏に思い浮かんだある単語に青ざめた自分を、灰色が覗きこむ。心配の色が浮かぶそれに余計にいたたまれなくなって――――――――勢いよく土下座した。
ぎょっとするレグスに一言。
「拉致してごめんなさい」
「…………はい?」
ぶめぇーというBGMを聞きながら思う。
情状酌量の余地をください。