表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話 意外なフラグ、成立

 私には奇妙な、そりゃあとんでもなく奇天烈な幼馴染がいる。王都から遠くかけ離れたこの辺境の地にはもったいない美少女なのに、口を開けばとても残念な彼女のマイペースさはその日も(本当に残念ながら)健在だった。




「ねぇアリア」

「んー?」


 ペラリ、今月の『王都通信』を捲る。

 先月は王都内の絶品スィーツ特集だったのに今月は新作ファッション特集。今季の流行りはふわっとしたピンクがベースらしい。

 ……うん、私には逆立ちしたって似合わない。でも目の前の美少女には似合うだろうなぁと思いながら適当に捲る。

 見た目だけはそれこそ女神か天使な幼なじみは、素晴らしい笑顔を浮かべた。


「アリアって好きな人いないよね!」

「……いきなり何? というか、そうさせてる当の本人が何言うか」

「んー? うふふー」


 むしろ自分とミラ以外に人間がいないこの環境で誰に恋をしろと。いや人間にこだわらなければ色んな動物のオスはいる。でもさすがに家畜に恋をするほど切羽詰まっても見境がないわけでもない。


(今度は何を思いついたんだか……)


 しまりのない顔のミラは天使の皮を被った悪魔だ。雑誌はそういうのを小悪魔と総称しているけど彼女の場合は絶対そんな可愛いものじゃないし、本物の悪魔もミラの前にはひれ伏すに違いない。

 一見害のない微笑みで爆弾を落とす事に関しては無駄に才能があるのだから。

  

「喜ばしい事よね、だって私のアリアに悪い虫がよりついてないって事だもの! 私の努力の賜物だわ」

「その無駄な努力のせいで私は村の人との友好も何もないけどね。むしろたまにしか来ない行商との方が友好あるってどういう事?」

「あら、私だけがアリアの友達で親友なの。アリアを独占できるし撫でまわせるし悪影響がないしで良いことずくめ……っさすが私!」

「おーい話聞いてる?」


 何がさすがなんだろう。全然ありがたくない、むしろ撫でまわすって何? 悪影響とかあんたは私のお母さんか。等々。

 言った所で効果がないのはわかってるけど思わずにはいられない事ってあるよね、うん。


 こんなくだらないやり取りが私とミラの日常で、またいつもの会話。私の言う事なんて聞いてるようで聞いてない、むしろ都合の悪い所も良いように曲解するからどうしようもない。


(しょうがないなぁ……)

 

 私が生まれてこの方、友達どころか知人すらいないのはこのミラが原因だったりする。 

 サラッサラの銀髪をなびかせ颯爽と私にまとわりつく(ここ重要)我が幼なじみ様は、その美しさと腹黒さと恐ろしく無駄な方向に突出した知恵と行動力によって私の行動を固定する事に成功した。

 出会った時から私の人生を支配しているといっても過言じゃない人物。


(まぁもう諦めたけどね。じゃないと身が持たないし)


 遠い目で思い返すのは初めての喧嘩だ。喧嘩の原因はもう忘れたけど、その時言われた事は今でも忘れられない。


――――「アリアには私がいるから他の友達なんていらないよね?うふふ、だって私にはアリアだけいればいいし、アリアには私だけがいればいいんだもの」


 今思えばどこのヤンデレ? という感じだけど、目が笑ってない笑顔は本気で怖かった。その手に握られた棒アイスが凶器に見えるほどに。

 懐かしいなぁと思いながらページを捲る。うん、私に似合いそうな服はなさそうだ。


 そんな私をよそにサクサクとクッキーを頬張るミラは、おそらく何も知らない人が見れば天使のようだと形容するだろう美しい笑みを浮かべている。でも私からすれば、その笑みは恐ろしくて仕方ないものでしかない。

 そのニッコリ笑顔が、何か、それも私にとって嵐の前触れである事はもう何度も経験済みだ。……そしてそれは残念ながら避けられずに巻き込まれるフラグの目印でもある。悲しいことに。


「あのね、アリア」


 知らない、私の耳は何も聞き入れない!

 そっぽを向いたら首をぐきりと捻り戻された。痛い。


「私は18歳でアリアは17歳でしょう? そろそろ結婚とか子供とかを視野に入れてもいいと思うの」

「いや、それ以前に恋人や友人について重点的に視野に入れたいです」

「やだわアリア、友人は私がいるじゃない。だからそう、結婚を前提の恋人ねっ」

「あくまで結婚前提!?」

「それでね、やっぱりアリアの旦那さんにはアリアの事を絶対に守りきれる人がいいと思うの。雷も地震も爆発含む、とにかくどんな天災人災も撥ね退けちゃうような人! それでさらに目から破壊光線で口から火炎放射で手からは」

「ちょっと待って私の旦那さんは人外!? むしろ私がそんな人から全力で逃げるわっ!」

「えー?」


 頬をぷくーと膨らませる彼女に頭を抱える。まずそんなのと結婚させられる私の身になってくれ。絶対身が持たない、むしろ精神的に追い詰められる。

 というか何で私は自分が結婚する相手すら自由に決められないんだろう。涙が出そうだ、だって目の前のチートと違ってごく普通の一般人……あ、最初から抵抗も何もできるわけなかった。ダメじゃん。


「だって私考えたのよ? こんな王都から遠くかけ離れた山奥の田舎にアリアに釣り合う相応しい男はいない。でも私の野望…じゃない将来設計的にはアリアには結婚して幸せになってほしい!」


 言ってる事はまともくさいが野望と口にしてる時点であやしすぎる。


「……ご立派な建前をありがとう。それで本音は?」

「私がアリアの子供を産めない以上、お互いの子供を結婚させればいいんじゃないかと思って」


 そしてようやく私の血とアリアの血は一つになるのよ、と無邪気に微笑む姿に背筋が凍った。

 何その長期計画、いやにリアルすぎて怖い。


「そこで私は決意した!」

「ちょ……さっきから嫌な予感しかしないんだけど」


 今の本音を聞く限りは一応お互いの性別については理解していたらしい。でも「産めない以上は」と言った時点でもう色々とダメだと思う。そして誰かこの鳥肌を何とかしてほしい。


(あれ、もしかしてとんでもなくヤバイ……の?)

 

 背中がぞわぞわする感じに雑誌を閉じる。

 こんな悠長にしている場合ではない、いざとなったらすぐ止めないと被害がどこまで行くか――――


「私がアリアに相応しい旦那さんを探してくるね! という訳で、見つけたら帰ってくるから!」

「え、ちょ……まっ」

「行ってきまーす!」

「既に準備万端だった!? どんだけやる気あるの?!」


 被害はまさかの世界規模。


 ミラの突飛な行動には慣れてるつもりだったけど、今回限りはまさかそう来るとは思わなかった。

 玄関から飛び出していく銀色に手を伸ばし――――…………



「アリアさん? 大丈夫ですか、ぼうっとして」

「うぁ!? い、いや何でも……ちょっと去年の事を思い出してただけで」


 本当に? と淡々と心配してくれるレグスに頷いて視線をそらす。

 あれからもう1年。短いようで長かったと思いながら前を見るとつぶらな瞳と目が合った。その可愛さに癒される。


 思えばちょうど去年の今頃にミラが突然出ていって、そして今朝になって突然帰ってきたんだ。それも、最初に宣言していった通りの手土産つきで。

 それらが重なって去年の事を思い返したのかもしれないとシマ子さんを撫でる。うん、気持ちいい。


「シマ子さんもごめんね、早く終わらせるからもうちょっとだけ我慢してね」


 ンモー、とのどかに鳴いたシマ子さんにおそるおそる手を伸ばしたレグスは、相手が嫌がらない事にほっとしたのかぎこちなく撫でる。


「シマ子さんというんですね。背中がシマ模様だからですか?」

「あー……」


 彼は今、アリアの後をついて周りながら牧場についての知識を増やしている最中だ。朝食の席でのまさかの提案を断りきれずに今に至るが、牧場主を目指したいという言葉に嘘はなかったらしい。

 至って真剣にする事なす事を見てくる。それはもうこちらの体に穴が開きそうなくらいに。


 そんなに見た所でタネも仕掛けもありませんよ、と言ったらそのようですねと返された。

 何かタネがあってほしかったのだろうか。そんな無茶ぶりされても困る。


(でも意外だなぁ、シマ子さん達が大人しいなんて)


 彼の以前の職がアレなだけに、もしかしたら動物達を興奮させてしまうかも……と思っていたが、大人しくしているシマ子さんとブチの姿にどうやら考えすぎだったらしいとほっとした。

 よくわからないけど、魔物と動物は仲が良いのかもしれない。


「我ながら安直だとは思ったんだけど、本人も気に入ってくれて。隣でご飯食べてるのはブチさん」

「……あぁ、見事にブチ模様……」


 確かに安直ですね、と呟かれた言葉を聞こえないふりして乳搾りを再開する。

 わかりやすい事はいい事だ。だって間違えようがないし。


「――――よーし終わりー。お乳分けてくれてありがとね、シマ子さん」


 ンモー、と一鳴きして立ち去る背中を見送る。その先で待っていた子牛に寄り添う姿が微笑ましい。

 そのままよいしょ、と立ちあがると足元からミルクのバケツが消えた。あれ。


「あ、持ってくれるの? ありがとうレグス」

「…………」

「あれ?」


 そっぽ向かれた。えぇぇ何故に。

 回り込んで覗きこむと視線をそらされる。でも別に怒っているとかいうわけではないらしい、とその無表情を眺めながら内心首を傾げた。ふと視線が彼の耳にとまる。

 もしかして。


(照れてる……? えぇぇお礼言われて照れるって、え? 元魔王様が?)


 にやけそうになる口を押さえる。何それ可愛い。

 この人はどれだけ魔王らしくない所を見せてくれれば気がすむんだろう。知れば知るほど彼が魔王だったという事が嘘に思える不思議さ。これって何のミステリー?


「じゃあ次は鶏小屋で今日の産みたて卵を貰ってから、レグスの弟子入り祝いでアイス作ろっか」

「え、弟子入り……ですか?」

「だって牧場について知りたいんでしょう? じゃあ弟子入り、入門、おめでとうって事で」

 

 はい、と差し出した手を凝視するレグス。え。


「――――いや、どれだけ見てもタネも仕掛けもない手ですヨ」

「……それはわかりますが」

「うん、それ以上ガン見されると穴が開きそうなんですが。手って眺めるものじゃないよね?」

「……?」


 首を傾げられる。こっちも傾げたい。

 いや手を出そうよ。これだと私はあやしいポージングしているイタい人になる。


「ほら、握手。これからよろしくって事で」

「ですが……」


 ん、と揺らしても一向に反応しない彼に焦れる。もしかして握手すらした事ないとか? と思っていたら今度は自分の手を見つめ出した。何故。

 あぁでも魔王様が握手している姿とか想像できない。


 もういいや、そっちが出さないならこっちから繋いじゃえ。

 ぎゅっ、とその手を勢いよく握る。


 ……最初と同じくぎょっとされた。


(え、もしかして潔癖症? でもシマ子さんには触ってたし……って)


「ぶふっ!……っくっ、ふっ」

「…………」


 思わず噴き出した。だって、初めて見た無表情以外の顔がぽかん顔!

 何の記念だろう、それ以前に握手ってそんなに驚く事なのだろうか。レグスの思考がよくわからない。

 そんなに仰天する事でもないだろうに、面白いなぁと笑えばまた無表情に戻った。あ、もったいない。


「……っはい、よろしく。って事でこれからはどんどんお礼とかいうだろうし、いちいち照れてる暇なんてないからね? 覚悟してね」

「…………照れてなんかいません」

「……いや、耳、赤いよ?」

「……………………」


 あ、拗ねた。

 俯いたレグスにクスクス笑うと恨みがましい目で見られる。


 赤い耳で、照れたらそっぽ向いて、拗ねたら俯くとか。何てわかりやすいんだろう。

 無表情な分、そういうところで判断できる簡単さが可愛い。シンプルイズベストってこの事か。


 こんな調子でどんどん表情が出てくればいいなぁと思うのは高望みしすぎだろうか?


(――――でもこの調子ならきっと、満面の笑みも遠くないと思うんだよね)


 どうせなら目標は高く持たないと。

 レグスには悪いけど、当分は照れでも拗ねでもいいから感情を出してもらおう。


「レグスー? レグー?」

「…………卵をとりにいくんでしょう。案内お願いします」

「了解です。これからよろしく? お弟子さん」

「では私は師匠と呼びましょうか?」


 それは嫌! と笑いながら歩き出す。

 繋いだ手を揺らして歩く。もう少し日差しが強ければ繋がった影を見れたのに、と思いながら。


 ミラ以外の手を握る感覚はあまりに久しぶりすぎて、その大きく筋張った自分達とは違う手の感触にふと笑みがこぼれる。

 幼なじみ兼勇者が連れてきたお見合い相手との間に立つのは友情フラグかと思ってたら、実際に立ったのはまさかの師弟フラグ。


「これって下剋上っていうのかなぁ」

「は?」

「なんでもないでーす」


 元魔王様とただの一般人という、普通に考えれば強者と弱者の関係。

 でもこんな常識破りな関係もアリだよね、と上機嫌で見上げた柔らかい青空に目を細める。


 名前もない牧場の従業員、1名から2名に増えました。



「師匠が嫌なら親方でどうです?」

「……!? や、親方なんて可愛くないし、普通に名前で……」

「もしくは姐御とか。凛々しい表現ですよ?」

「~~っレグスさん私で遊んでるよね!?」


 目元を緩めるレグスは若干楽しそうな雰囲気。

 うん、表情が出るのはいいんだけど。


 あれ、一応私の方が立場は上……だよね……? (ホロリ)



シマ子さん……♀

ブチ……♂


シマ子さんの子供……どうしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ