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午後。北沢は教室に着席する。落書きが一杯一杯に書かれている黒板。割れかけの窓ガラス。塵が散乱した床。時たまガラスの破片が靴底に突き刺さる。足裏から僅かながらに血が出る。痛みに耐える。しかしながら、午後になってから生徒がぞろぞろ集まって来る。こんな時間に、である。
なんでだろう?と北沢は思った。が、聞きたくてもとても聞けない。一般人には遠すぎる存在なのだ。
「・・・なんなんだろ。」
北沢はぽつり誰にも聞こえない位に言った。聞く勇気なんてない、あるのは弱気だけ。北沢は半分焦燥感があった。
教員が入って来た。嗚呼、やっと授業が始まるのか、という安堵があった。開始三分までは。三分までは、である。
授業が始まる。教科は数学。前で淡々と黒板に数式やらを書く教員・・・、それを書き写す生徒・・・、そんな極普通の光景はここには無かった。広がるのは罵声や讒言だけだ。「馬鹿。」や、「死ね。」や、「帰れ。」等、取り上げたらきりがない。如何せん人数が午前中よりかなり増えたためか、午前中よりも目立つ。
授業が始まってから約三分、まあ正確には始まったとは言えないのだが、授業は・・・終わった。いや、終わらせた、の表現が適切かもしれない。もう教室には教員の姿は無い。生徒だけだ。北沢は困惑した。当たり前の反応である。となれば職員室に北沢は行ってみた。
当然の如く誰もいない。代わりに昨日もいた不良が居座っていた。もう泣くしか無かった。本当は慟哭したかった。こんな凄惨な状況で錯乱しない方がおかしい。北沢は限界まで気持ちを押し付けて人知れずすすり泣いた。
「何泣いてるの。」
おや、誰だ、誰だ私に声かけたのは。振り返ると蘂川が立っていた。
「・・・何?」
「何って、いきなりそんな泣いていたら普通気になるから、多分。」
「・・・慟哭してもいい?」
「理由は?慟哭する程なら余程の事?」
蘂川は若干問い詰めるかのように北沢に問いかけた。北沢は泣いているからか、はっきりしない声で、
「・・・こんな学校、もう嫌になる。正直、予想以上に。」
あ、これはもう結構まずいな、と蘂川は思ったようだ。参ったな、返答が出ない。何て返そうか・・・。蘂川は困惑している。
「・・・それで?」
蘂川はああ、しまった。逆効果かもしれぬ。と後悔してしまった。
「それでって・・・言わなくても解るでしょう?」
北沢がさらりと返すと、蘂川は更に困惑してしまった。更に悪い事に段々と思考が支離滅裂な方向性になっていった。言い換えれば思考崩壊である。
「そうだから、彼方はどうするの?現実から逃げる気?それじゃあただの弱者でしょう?逃げ出したい気持ちは解るけど、それに屈してその後どうなるの?そんな考えじゃ一生まともに生活出来ないよ。」
やけになった蘂川は北沢にきつい発言を浴びせてしまった。
「・・・どうすればいいんだろう、私。」
北沢は呟いて走っていってしまった。泣きながら。
「あ、ちょっと!待ってよ!私も言い過ぎた!言い過ぎたったら・・・。待ってよーっ!!」
蘂川はとにかく去って行く北沢に思いつく限り叫び続けた。が、それが北沢の耳に届く事は無かった。