3 僕の知らない彼女(3)
病院の外に出るとわずかに水の匂いがして、駅に向かう途中で小降りになってきた。
駅に向かう歩道には透明ガラスの屋根がついていた。
ただ、幅は道の半分までしかないものだった。小走りでその下に入り込んだ。
「お父さん大丈夫そうなの?」
「うん、心配してくれてありがとう。たいしたことないよ、大丈夫。昨日も今日も、明日も変わらないから」
彼女はポーチをだらりと持ちながら歩いた。
「でも、でもね、何も自分で変えられない生活ばかりだと世の中を恨んでしまうけど、私に出来ることがまだあるから」
なぜだろう。同じだけ時間を過ごしてきても、彼女には僕にはない芯があった。
決して太い芯ではなくて、鉛筆の黒鉛のような芯とでも言えばよいのか。
強さもあるが、何かの拍子に外から見えないまま折れてしまうような、それでも支え続けるような、そんな芯だった。
守るべきものがある若者に特有なもの。そのことが彼女を強くするのか。
何も知らない彼女の生活を知っても今日だけの事で、明日からはまた会うこともないのだろう。
同じ所にいるようでも、地球と火星にいるようだった。
現実的なことで悩んでいる彼女がよっぽど地球人で、大学生活で好きなことだけをしている僕は異邦の火星人だと思った。
「明日も変わらないか」
少しでも格好いいことを言って力になりたかった。何を語りかければいいのだろう。
地球人と火星人だから言葉が見つかる訳もない。無理するなと言っても無理しなければならないときもあるだろう。これ以上がんばれなんて言葉も無力で無責任だ。
彼女が壁に寄りかかる癖、いつからだろうか。
僕はつぶやくように言った。
「・・・力になれることがあったら、力になるから」
彼女は駅の方を見て歩きながら「ありがとう」とだけ言った。
通りの屋根の幅が狭いので斜めに降る雨が屋根の脇をすり抜けて降ってくる。
彼女の髪はサラサラとしたままで濡れていないはずだが、雨を拭うような仕草で、乾いているはずの顔を手で拭いていた。
「じゃあ、今日は本当にいろいろ連れ回してごめん。つまらなかったでしょう。でも話聞いてくれてうれしかった。お互い頑張ろうね」
改札前で彼女はそう言った。
「ああ、そうだな。頑張ろうな!」
彼女は後ずさりをしながら手を振って、笑顔を見せてからくるりと振り返り歩き出した。歓楽街の方へ行くようだった。
バイトか・・・。僕とは違いあの年で家庭を支えている。何がこういう違いを生み出すのだろう。
そう思いながら改札に向かおうとしたときふと気になった。
彼女は何のバイトをしているのだろうか。




