3 僕の知らない彼女(2)
病室は大部屋でどのベッドのカーテンも閉まっていたので、詳しい様子はわからなかった。
天井の虫食いのような模様を這う細長いカーテンレールにぶら下がる、薄いカーテンは全く微動だにしないが、彼女が部屋の奥に向かうのにつれて順番に揺らいだ。
夕方のはずだが窓の外は薄暗く、いつの間にか雲が出ていた。そのうち雨になるかもしれない。
宇宙船の中に独りでいるとこんな感じかと思うほど、病院は静まりかえり、そもそもカーテンの向こうに誰かいるのかどうかも判らなかった。
潜ませる声も呼吸も聞こえない。ただ彼女のささやくような声が部屋の奥からわずかに聞こえた。
静寂の中に流れてくるが、内容までは聞き取れなかった。
病院に来る前の喧噪の後のこの静けさだと、普段は聞こえない音までも聞こえてくる。
遠くでエレベーターが動くような音が聞こえた。タクシーが出て行く音だろうか、低音が響いた。
何もしないでただ待っていると、ここでは時間が引き延ばされて十分が一時間になる。
いや、慣れてしまえばここにいる人たちにとっては逆に短く感じるかもしれない。
薄暗い廊下の奥の端には、なぜか裸電球がぶら下がっていた。ぽつんと頼りなさげに光っていて少しは周りを照らしているが、希望を見いだせるほどの明るさではない。
そもそも病院で裸電球では危なくないのだろうか。
ふと気づくと彼女が目の前に立っていた。
見上げると感情の読み取れない、悲しむでもなく安心するでもなく、なんとも「普通」の表情をしていた。
無表情ではなく普通の表情だ。
彼女が「行こう」というので立ち上がって、エレベーターホールに向かった。
エレベーターに入ると、彼女は一階のボタンを押してそのままドアの脇で、やはりこめかみを壁につけて寄りかかった。
考え事をしているのか指先の爪をいじっていた。
「ありがとう。こんな所まで付き合ってくれて」
「いや、何も出来てないけど。それでよければ」
「いてくれただけで感謝してる。何度来ても一人の病院って私慣れないの。だからいてくれてうれしい。看護師になろうとしてるのに変だよね」
「めったに来ないからなんだかおれも慣れないけど。いやに静かだね」
「病棟によってはもっと賑やかだけど、ここは一日中こんな感じ」
彼女は携帯を取り出して時間を確認して言った。
「この時間だからもうバイトに行かなきゃ。駅の方だからそこまで一緒に行く?」
「ああ。駅に着いたらそのまま電車に乗って帰るよ」




