15 火星と地球の恋人(2)
市庁舎が新しく立て直されたことは知っていた。でもそこに展望室があることは知らなかった。
僕は半信半疑のままエレベーターに乗り込んだ。そして随分と上の階まで上がり、彼女の案内で展望室に入った。
そこは部屋と言うよりは、建物の外周を公開しているエリアだった。
想像以上に壮観だった。
見下ろす多摩川は僕が知っている形よりも遥かに蛇行しており、知っているはずの景色の知らない景色を見て正直感動した。
「ほら、こんな景色見たことなかったでしょ?多摩川は私たちの人生みたいにうねうね蛇行してる」
と高良さんは面白おかしく話す。
「町は見わたす限りどこまでも広がるのに、おれたちの人生はこの川を挟んだ両側の小さな範囲なんだね」
「そうね、まるで東京と神奈川の両方が隅っこを押しつけあってるみたい」
彼女は少し興奮気味だった。
「こんな隅っこで私の人生って、どうってことの無い人生なんだろうけど、それでも私にとってはそれが全てだから。他の人生は知らないし」
そして彼女は晴れ渡り遠くまで見える景色を、移動しながら眺めて行った。僕はその後ろについて行く。
多摩川の間の橋の上を、電車が走っていくのを見送った。
「おれさ、あの日、君と一緒にここの駅に来て、喫茶店に行って、病院に行った日。雨の中で電車に揺られながらあの橋を渡った。渡りながら、自分のことが火星人だって知った」
「なにそれ?あなたはド日本人の地球人でしょ」
「地球人なのは高良さんだ。おれは火星人だ、本当は」
「宇宙人のカミングアウト?」
「本当に自分らしく、ここを本来の意味で生きているのは君だから、君が地球人だ」
彼女は歩みを止めて、振り返って僕を見つめた。
「あの橋を隔てて、あの夜は君と何万キロも離れた気がした。地球人と火星人だから。でもこうしてまた一緒に並んで景色を見下ろしている」
彼女は手で僕の肘に軽く触れた。
そして耳元に口を近づけると囁くように言った。
「こちら地球の観測所です。聞こえますか?火星基地の皆さん」
小さく息を継ぐ音が耳に届いた。
「地球にいる私はどこへも行けない。ここで、ずっと暮らして生きていく。誰かのために」
再び息を継ぐ。
呼吸が足りなくなる必死さがあった。
「火星の皆さんは、きっといろいろな偉業を成し遂げることでしょう。どちらに住んでいても、そこがホームタウンです。自分の居る場所を大切にしてください」
彼女は話し終わると僕の耳を甘噛みしてから、小突いて突き放してきた。
いたずらっぽい顔をして、話は終わりだと言わんばかりに。
僕はただ驚いて、立ち尽くすばかりだった。




