2 駅前で伝えられたこと(3)
突然そんな話をされた僕は、詳しく訊くわけにもいかず、この席はその頃に座った席なのかもしれないとひとり想像していた。
女性は恋愛を引きずらないものだとどこかで聞いたが、万人に当てはまるわけもない。これが今日話したかったことなのかもしれないと、だから多少は訊いてみることにした。
「そうなの?嫌じゃないの、ここ来るの」
「別に気にしてないから大丈夫。あの時は他に会っている人がいるとか突然言い出して、まあ、浮気だよね。それでこっちから別れたんだけど。一年ぐらい経つんで、もう終わってることなんだけど」
「そうなんだ。別れてよかったんじゃないの?」
「車でよくドライブに行って。彼の車で。それで私も教習所に通って免許取ったんだよね」
この近くにある教習所に通ったのだろうか。彼女が車を運転する姿はあまり想像できない。
僕らの年で車を持っていることはほとんどないから、車を持っている彼氏というならば、年上と付き合っていたのかもしれない。
別に気にしなくてもよいはずのことに妙に引きつけられると、なんでこの話に付き合わされているのかと思えてきた。
つまり、このまま聞き続けると後でうんざりすることになるのではないかと警戒心が起きてきた。
「その彼氏の事が忘れられないの?」
「いや、むこうが悪いから。でも付き合っているときはいい思い出だったんで、今でも友達として会うかな。久しぶりにむこうから連絡があったりして、ちょっとランチに行って話したりすることがあったけど。むこうは彼女がいるし・・・ちょっと上手くいってないらしいけど」
彼女はコップを半回転して、今度は右手で持って一口すすった。
「もう終わった事よ」
そう言い終わると彼女の長いまつげが揺れた。
そしてレーズンバターサンドに口をつけた。上手く食べようとしてもほろほろと崩れる。
僕はそれを眺めながら、上手くいかないものだなとぼんやりした。
外を見ると帰宅を急ぐのか待ち合わせを急ぐのか、人混みは途切れることなく道の左右からやって来ていた。
なぜこの話をしているかよくわからなくなってきたが、結局のところ、つまり彼女は体よく愚痴を言って、前向きになれるように軽く後押しをしてくれる、手頃な知り合いとして僕を呼び出したのかとわかって、正直がっかりした。
そういう彼女は窓に寄りかかり、こめかみを窓ガラスにそっと当てていた。彼女の体温が外気で永遠に抜き取られているようだった。
僕の目の前にいる彼女がどういう生活環境にいるのかは知らない。
それなのに元彼との関係について何か助言することは出来ない相談だし、彼女もそれは求めていないはずだ。
ただ僕が壁となり、彼女が投げたボールを返して彼女の後押しをすることを要求しているようだった。
彼女の目に映る景色に僕はいなかった。
その時彼女の携帯が鳴った。電話番号を確認すると電話に出た。一言、二言話してから立ち上がり、階段を降りていった。
残されると急に気が抜けて冷静になった。
バイト先からの呼び出しだろうか。
何も知らない彼女のことは何も想像できない。だから考えるのはよそう。
適当に相槌を打って満足してもらえばいい。
ところが戻ってきた彼女は先程までと様子が違っていた。
「ごめん、私行かなきゃいけない」
「大丈夫?急用?」
「うん、ちょっと呼び出しがあって。この近くにある大学病院なんだけど」
「病院?ああ、看護師の勉強しているからそれ関係の?」
彼女は少し動揺しているようだった。
「いや、それとは関係なくて・・・」
と言って、困惑したように僕を見つめた。
「あの、本当にもしよかったらでいいんだけど、一緒に来てくれない?」




