13 そこでしか出来ない仕事とどこでも出来る仕事と
好きなことに取り組めば、どれだけ努力しても苦労とは感じない。
苦労だと気づく瞬間すらない。
苦労してでも何かをしようとする人は、そういう人にはかなわない。どうやっても。
努力の量が桁違いだ。好きなことに取り組むと言うことは、寝ても覚めても好きなことを考えているのだから。
現実的には好きなことだと「思い込ませて」でも頑張らないといけない人もいる。それはとても大変だ。
必死に努力をしないといけない。同じ努力でも積み重なって心身ともに疲労していく。
どうやっても好きなこととして全力で取り組めないままだってある。それは不幸だろうか?幸福だろうか?
アイさんのこと、高良さんの元彼のこと。だれが悪人で、だれが間違っているか、段々と判断できなくなっていた。
世の中悪い人が一定数いるように見えるが、それはそういう風に見てしまう「傾向」が人にあるからだ。
本当に芯から悪意を持って悪事を働く人は断罪すればよいが、大抵は良かれとおもって何かをしているだけだ。
自分を信じて。それであれば大目に見ればいい。
町に目を向ければ足下から遠くまで、道路も建物も車もあらゆる物が一人では作れない物ばかりだ。
真吾がどれだけ天才であっても、一人ではあのマンションを建てることは出来やしない。鉄骨の一本も作れない。鉄鉱石の一つですら集められない。
高良さんやアイさんの仕事は、目の前で感謝してくれる人がいる。
それに比べて僕や真吾の目指す仕事は、相手の顔が見えない。なにかをようやく成し遂げたときにだけ、世界中に影響を与えるようなものかもしれない。
僕は真吾が組み立てかけたままのロボットを前にして、研究室で独りその動かない固まりを見つめていた。
誰にも感謝されていないけど、いつかは世界中に影響を与える仕事と、目の前で感謝される仕事と、どちらがどれだけ尊いか僕には答えが出せなかった。
頭や心の中がぐちゃぐちゃに渦巻いて、僕は思わず目の前のロボットを突き飛ばしそうとしてしまった。
寸前で思いとどまった。
そしてその命の無い眼球を見つめた。見つめているようで見つめられているようだった。
結局のところ人や世の中の役に立つ立たない、稼げる稼げないという基準では何も決まらない。
ただ自分の信じる道を行くしか無いのだろう。その結果がどうだったかと、あとで振り返るだけで。
その結果が今の社会やみんなの人生を作ったのだと、後で決めつけられるだけで。
どういう道であってもお互いに尊敬し合えればいいなと、ただそう願うのだった。
そう願うと海岸で踊るように身を翻したアイさんの姿がまぶたに浮かんだ。
彼女はあの瞬間に永遠に囚われてしまったかもしれないと、僕は気づいてしまった。




