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8 職業を隔てるもの(1)

僕は体中に力が入らないままどうにか家に辿り着き、夕飯を食べて、湯船に浸かった。


ようやく真っ白だった頭に血が流れはじめた。


そうして彼女のバイトがまともな物であったと改めて安心した。


一つの心のもやは取り除かれた。そして新しいもやが覆い始めた。


彼女は検査のバイトをしていると言っていた。それもいずれにせよ彼女がそういう場所に行き来しているというのに違いはない。


彼女の言葉に嘘はないだろう。彼女の夢と検査のバイトは関わりがあるからだ。だから本当のことだろう。


いつからそのバイトをしているのか、いつまで続けるつもりなのか。


そして僕の頭の中では、夢というものについての思考が回りはじめた。


彼女や僕の夢とはなにか。


看護師という仕事、彼女はどこまで実現に近づいているのだろう。


卒業すれば就職だ。そのときに夢はもう叶うのだろう。


特別な才能が必要とされる職業ではないはずだ。

努力で掴める確率の高い職業だ。


だから着実に彼女は近づいている。


僕はえらそうなことを言って研究室に入り浸っているが、一歩も先に進んでいない。真吾もそうだ。


僕らの場合はある日突然夢に辿り着く、そんな職業かもしれない。


努力で掴めるかどうかも知れない類いのものだ。


今この瞬間も彼女は一歩ずつ確実に夢の実現に向かっている。


どういう形であれ、夢の実現のために出来ることに取り組んでいる。


僕と彼女はどちらが正気なのだろうか。


いずれにせよこのまま連絡も取れずに疎遠になるのは嫌だった。


彼女のあの表情、あの時の悲哀。内から悲しむ様子、でもそれは自分のためというよりも、誰かのためのようでもあった。


その裏にある彼女の真意に触れたくて、諦めたくなかった。


彼女の本心がどこにあるのか知りたかった。


なにか心に湧き出るモヤモヤするものは、いつだか真吾が言っていた言葉から来ていると気づいた。


真吾は極めて論理的であり現実的だ。正論を突っ切り、余分なものは切って捨てる。


彼はいつだかエッセンシャルワーカーを批判していた。


それは大学で真吾と再会してから半年程度経った時期、エッセンシャルワーカーという言葉が巷で流行っていたときのことだ。


世の中で必要とされる仕事でありながらも、低賃金で働いている。


資格がいる仕事も、資格のいらない仕事もあるが、総じて低賃金であることがほとんどだ。


やりがいのある仕事、文字通り社会の礎となる仕事こそやりがいを搾取されて、それを口実に賃金を減らされる傾向があるという。


真吾はさらに、不幸に向かう人がいると持論を展開した。


『すばらしい新世界っていう小説を知っているか?』


研究室で真吾が椅子にもたれかけて資料を読みながら僕に訊いた。


僕は名前は知っているが読んだことはないと答えた。


そう、それは研究室でラジオを流していた時だ。


夕方のとある情報番組内でエッセンシャルワーカーの逆境について、社会学者が熱弁を振るっているのを流し聞きしていた。

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