6 夢と希望に満ちていた(2)
彼女は僕の体の底から影響を与えている。あまりに遠い記憶で忘れていたけれど。
そういえば学校の前に文房具屋兼駄菓子屋があった。
あれは夏休みだった。小学校の中学年ぐらいの時だ。
真吾と一緒にアイスを買って食べていると高良さんが現れた。
買い食いは禁止されていたけれど、そのルールを守る子供はいなかった。
ルールを破っている僕らに何か注意でもするのかと構えていると、
「なにかおごってよ」
とか
「そのアイス、ひとくちくれない?」
と悪戯っぽく言った。
僕はどちらでもよかった。でも間接キスだとうわさされるのが嫌だったし、真吾の手前では女の子を突き放す強さを誇示したい、そんな小学生男子特有の虚勢が「いやだよ」と言わせた。
彼女は別に気にする素振りもなく笑顔で帰って行った。
そこに不思議な魅力を感じた。
その夏の二学期には席が隣同士になった。彼女はランドセルが僕の席に割り込んでいても気にしなかった。
うっかりと僕の教科書や筆箱が彼女の机に侵食すると、彼女は押し返すことなくそのままにしていた。
そのうちはみ出している僕のノートの空欄に、なにか書いて返してきた。
その内容は覚えていない。そのぐらい他愛のない内容だったのだろう。
中学は三年生の時だけ同じクラスだった。その時も夏に一度だけ隣同士の席になった。
高良さんが席に着くとふわりとほのかに何かの香りがした。
それが日焼け止めクリームの匂いだとわかったのは随分経ってからだ。そうすると急に物事の奥行きがみえてくる。
ソフトテニス部だった彼女が日焼けを気にしていたのだと。
だから日焼け止めクリームの匂いを嗅ぐといつも彼女を思い出した。
そうして気づけば無意識のうちに、彼女は常に身近に存在し続けていたのだった。
両想いだったのだろうか。あるとき彼女と目が合った。それ以来、よく目が合うようになった。
それはただ単に彼女を意識をするようになったから、今までと変わらないのに目がよく合うように勘違いしているのだと自分に言い聞かせていた。
廊下で遠くにいる彼女が友達を囲んでいる姿が見えた。
彼女をなんとなしに見ていたら、テレパシーが届いたように彼女もこちらに気づき目が合った。
テニスのコートで後ろ姿だった彼女が、ふと振り向いたときに僕と目が合った。
グラウンドには沢山の生徒が部活に励んでいた。
その中で迷うことなく目が合った体験は、磁石の方に方位磁石が向きをとる感覚で吸い寄せられた。
一度だけテニスボールが転がってきて、それが彼女のものだったことがある。
拾ってから高いフェンス越しに投げ返そうとしたが上手く超えられず、何度か投げ込んだ。
彼女はラケットを後ろ手に持ち、その様子を応援するように見つめていた。
ボールがフェンスを越えると、大きく超えすぎてしまって彼女の後ろの方まで飛んでいったが、彼女はボールを直ぐには追いかけず、そのまましばらくこちらを見ていた。
遠い記憶に埋もれていた、幾度もあった彼女との意識の接続。勘違いかもしれないし、現実に存在したのかもしれない。
彼女に今度聞いてみたい気もしたが、元彼に未練があるようなので気後れした。




