5 研究室(5)
「昨日会ったときも、いい娘だと改めてわかった」
真吾が首を振る。
「すべてが全て嘘って訳じゃない。そりゃいつもはまともだよ。でも嘘をつく癖があった。それもどうでもいいようなことに限って」
お茶碗の隅をつつきながら真吾が続ける。
「火のないところに煙は立たない。本当に何のいわれなくいじめられる子もいるし、少しであっても実際にいじめの原因となる行動をする子もいる」
「だからって、いじめていいという理由にはならないだろ」
「そういう子を正すほうが、将来のためになる事もあるだろう。たいしたことでもないなら、大ごとにしない方がお互いのためになる場合も多い。先生としても、学校としても、生徒としても、親としても。確かに大学生にもなれば、あの頃の事件なんてたいしたことでもないしな。筆箱の中身がどうだったかなんて、別にたいしたことじゃない」
真吾はすっかり食べ終えて、椅子の背もたれに寄りかかる。そして外の様子を眺める。
「あの頃も大人からしたらその程度で、適当に流していたのかもな。小学生には一大事だったけど」
彼は満腹になった腹の上で手を組んだ。
「それに・・・川崎当たりで夜の仕事をしてるところ見たという話も聞いた」
彼が突然脈絡のない話をし出して妙に思ったが、だがそれは高良さんのことだと気づいた。
「どこでそういう噂話を聞くんだよ。お前は高良さんのこと忘れていたんだろ?」
「お前知ってたか?」
昨日の別れ際に見た彼女の行動。秘密を目撃した後ろめたさがあった。
その秘密をすでに真吾が知っている事実が、気持ちを掻き乱した。
それは後ろめたいことであっても彼女とだけの秘密だったはずが、公然の秘密であったからだ。
そしてそれに気づいていない彼女が不憫だった。
どう説明すれば良いか困惑した。だからうやむやに頷いた。
「真吾は知ってるのか?高良さんが何をしているか」
「いや、そこまでは知らない」
「なんだよそれ。バイトの内容はわからないのか?ただ単に見かけたと聞いただけなんじゃないか?」
「まあ、そうだな。ん、バイトしてるって言っていたのか?」
「バイトだって言っていた。何しているかまではわからないだろ。変な目で決めつけるな」
「熱くなるなよ。おれは何も言っていない。お前こそ勝手に想像力をたくましくしてるんじゃないか。訊いてみろよ。直接本人に。元彼の話をしたいぐらいなんだから、話してくれるだろ」
そう言われても、彼女にこのことを訊くのは気が重かった。
彼女に訊けば、なぜ夜にバイトであの辺りにいることを僕が知っているのかと質されるだろう。
僕が知っていて良いのは駅前までのことだ。
一方では真吾にそそのかされた自分を演じてでも、彼女の闇を知りたい感情が湧き起こっていた。
彼女が最後にいたのは堀之内だ。特殊浴場が集まる場所だ。
想像通りに性を売る仕事に手を出しているともし知っても、今までと同じように接することが出来るだろうか?
同じ年でそういう事に手を出していると思うと、頭に鉛を詰められたように気が重たくなった。
これはあくまで勝手な推測だ。全く想像もしていない結果が待っているかもしれない。
勝手な想像でレッテルを貼ってはいけない。そうはわかっていても、心にささくれたものは容易に抜けそうになかった。
とてもきれいに輝いていたものに一瞬で錆が浮かぶように。この不快なざらつきを取り除くには、彼女に真実を直接訊くしかないのだろうか。
でも僕にその勇気はなかった。




