婚約解消したいだけなのです。リナ、手伝いなさい
フロレイン家といったら、この王国で知らない人はいないでしょう。
王族の次に強いと言われている家よ。
私はその有名なフロレイン家の長女。
そんな家の長女ならとても幸福でしょうって?
そんな訳がないじゃない。
私は、王族の第一王子、カロナス殿下と、年齢が近いからというだけの理由で婚約者になったのよ。
「カシャルキニア、この荷物も持て」
「は?無理でございます、殿下」
私はすでに、殿下の鞄と手提げ、そして殿下の友人の鞄までも持っているのですよ。
殿下が私に命じたのですよね、これらを持て、と。
私にも自分の荷物があるのに。
「カシャルキニア、僕はお前の婚約者で王子だぞ!荷物を持つくらい当たり前だろう?」
――なぜ、私はこんな屈辱を受けているのです?
婚約者は本来、対等なはずでは。なぜ私だけが殿下の荷物を持つ義務など持っているのですか。しかも殿下の友人のものまでも。
「では、殿下、ごきげんよう」
「ああ、明日も頼む」
私はやっと殿下たちに荷物を返して、一人になる。
はぁ、家に戻りたくない。
頭が痛い。
……秘密基地に行こうかしら。
私は足を進める。
貴族街のはずれにある庭には、ある魔法がかけられている。
私が隠れて稼いだお金で買った、転移の魔方陣。
とても高かったけれど、一人になれる場所のないこの世界が大嫌いだったから。
私は花壇へ足を踏み入れる。
ふわり、と浮く感覚。
一人になれると思うと、ほっとする。
次の瞬間には、秘密基地についていた。
ここは街の外。
街を出てから歩いて30分くらいにある森の中。
ずっと昔にたまたまこの小屋を見つけて、秘密基地をどこにしようか考えていたら思いだしたのよ。
はぁ。
私は誰もいない小屋の中で一息つく。
みんな、大っ嫌い。
こんな生活はもう嫌。
私は早く殿下と婚約解消したい。
でも、自分の家の都合を一番にしてくる父上は、絶対にそれを許さないわ。
だから私は、自分で婚約解消のために動かなければいけないのよ。
――
今日は葉都祭の日。
つまり、最悪な一日。
全国から平民貴族が関係なく集う、年に一度の、緑を祝う祭り。
誰もこの日を嫌う人など、私以外にはいないでしょう。
ええ、もちろん私にも、この日を楽しめた日々はあったのです。
ずっと昔に、消えてなくなりましたけれど。
「カシャルキニア、支度はまだか?」
「もう少しですわ、殿下」
殿下も付いてくるのです。
なぜなら、婚約者だから。
一緒に過ごして、仲を深めなさいと、10歳のころから言われています。
ガチャ。
「遅いぞ、もっと早く支度をしろと、いつも言っているだろう」
「申し訳ありません、殿下」
殿下、殿下の友人二人、そして最後尾に私、という並び方で、大通りを歩いていく。
「カシャルキニア、あれを買え」
殿下が指すのは、豪華なホットサンド。
例によって殿下は、私のお金でパラダイスをする気満々の様です。
「ホットサンドを4つ」
――
今年も、私は殿下の後ろを黙ってついていく。
お金を勘定しながら。
殿下にとって私は、ただの金づるで、召使いよね。
私は暇なので殿下とその友たちの会話を盗み聞く。
「なあ、あれはなんだ?」
「あれは貴族と平民との境界線ですよ」
「そうではなく、あの店だ!」
「レモネードの店だと思いますよ」
「違う!もういい、僕が行く」
殿下が平民の出したレモネードの屋台へ走っていく。
「護衛は何をしているの?追いなさい」
主人がダメだと側近もダメになるのかしら。
殿下、あの女性に一目ぼれしたみたい。
だったら私は、準備をしなくちゃ。
殿下を陥れるための。
――
リナ。
殿下が一目ぼれした女性の名前です。
辺地の村の出身ですか。
かわいそうに。
彼女の寝顔は、あまり良くない。
気を失う前の最後の記憶が、殿下に急に体を抱かれた記憶ですからね。
まったく。
初対面の人に抱き着くなんて、第一印象は最悪ですよ。
殿下は、どうやってリナを落とそうと考えているのかしら。
いえ、何も考えずに自分の手元へ引き寄せただけでしょうね。
だからこそ、こんないもしない下級貴族が、彼女のそばに近寄れる。
私は自分の着ている服を見ます。
みすぼらしい、といっても平民から見たら豪華なのかしら、分からないけれど、とにかくいつもより質素な服。
――
「目が覚めたようですね、リナ様」
リナ様――いえ、頭の中まで平民に様をつける必要も、名前を呼ぶ必要もないわ。
彼女はまだ、混乱しているよう。
何も言わないわね。もう一言、言葉を足しましょうか。
「今日で葉都祭から二日が経ちました」
すると、やっと彼女は頭が回ってきたようね。
「どういうことですか。ここはどこ?あなたは?」
「ここは王宮の奥の院で、私は第一王子にやとわれた、下級貴族のカシャです。リナ様の身の回りのお世話を担当するので、以後お見知りおきを」
私の仮の姿は、下級貴族のカシャ。
殿下の愛妾に関する情報を得るには、変装して見張るのが手っ取り早くて確実でしょう。
それにしても殿下、まったく相手のことを見ていないのかしら。
それとも私に興味がないだけかしら、まったく、少しも怪しまれずに雇われることができたわ。
スムーズすぎて、罠を疑ってしまったじゃない。
「王宮って……貴族街の?」
「はい」
ふーん、起きてすぐに、パニックも起こさずに情報を集めようとするなんて、なかなかやるわね。
「これまでのご無礼申し訳ありません!」
と、思っていたら、なんか謝られた。
今になって、私が貴族であることの意味を理解したみたいね。
でも、今は一応 私があなたの召使いだから、あなたの方が立場が上なのよ。
「いえ――」
カッカッカッカ。
あら、もう殿下が来たのね。
「私は一旦下がらせていただきます」
とばっちりを受けたくないから、静かに見守っているわ。
――
「大丈夫だよ。もう村ごと消した」
「っ――」
はぁ?!
殿下、なにを言っているのよ!
いや、え、なに。
彼女と殿下が普通に会話していたところまでは、良いのよ。
いつも通り殿下が嫌な奴だっただけで。
でも、彼女が自分の両親のことを気にしだしたとたん、この爆弾発言よ。
それは、ねぇ。
好きな人の両親を村ごと消したなんて、言っちゃだめでしょう。
「え」
あー、ほら、リナも思考停止してる。
もう壊れて使い物にならないんじゃない?
「大丈夫かい、リナ?復讐なら心配いらない。文字通り、人っ子一人残さなかったからね」
「平民だから、殺しても誰にも文句は言われないよ。僕のことなら心配しないで」
うわ、殿下、相手のことを少しも考えていないというか、それ以前の問題だわ。
ちょっと彼女に同情するわよ。
彼女の性格だと、泣き寝入りしそうだし、アフターケアは必要かしら。
それさえ無理なほど壊れるのかしら。
「あ」
「リナ?」
「ありがとうございます、カロナス様!」
――
「リナ様」
ふふ。
まさかあそこで、ありがとうなんて言えるとは思っていなかったわ。
役者ね、あなたも。
私と同じ。
きっと、殿下を陥れるために、懐に入ろうと考えたのね。
私が心配するまでもなかったわ。
「リナ様。……カロナス様によろしくお伝えください。あと、外には出れますか?」
彼女はチラ、と窓の外を見ます。
所作がなっていませんが、そこで窓を見るのは高評価。
両親を殺した殿下に対して、「よろしく」なんて、やっぱり良い才能を持っているようね。
名前くらいは憶えてあげましょうか、リナ?
「いえ、申し訳ありませんが、この部屋の中で過ごして頂きたいです」
「わかりました。無茶なこと言ってすみません」
リナは敵を見る目で私を見ているわ。
「私はリナ様の敵ではございません」
さて、殿下に愛妾ができた事だけれども、これでどう事態が動くのかしら。
私は何者にも束縛されないの。
いつまでも殿下の思うままになると思わないことね。
――
リナが来てから一か月が経ったわ。
殿下はだんだんとリナの方に気持ちが傾いているようで、何よりですわ。
ですが、困りましたね。
殿下にもいくばくかの理性が生まれてしまったのかしら。
私との婚約解消をしてまで結婚する、という風には動きそうもないのです。
はぁ、私の思うままにはいかないようね。
一人では、ここらが限界。
私から殿下に婚約解消を提案なんてしたら、私に汚点が付く。
ええ、あの国王陛下のことですもの。
頑張って息子の不祥事をもみ消すのでしょう。
ええ、あの私の父のことですもの。
国王陛下に協力し、王家とのつながりを作るため頑張るのでしょう。
ですが諦める訳にはいきませんわ。
私の人生を他人にくれてやるものですか。
……どうしましょう。
このままじゃいけないのよ。
一週間後に、私と殿下は正式に結婚するのですから。
殿下のコントロールをして殿下から婚約解消を提案させる。
そうしないと、殿下ではなくて私の評判の方が地に落ちてしまう。
それは絶対に嫌よ。
――あら。
ここに、ちょうど良い同士がいるじゃない。
「ねえ、リナ。一緒に殿下を陥れません?」
「え?」
私はリナがネックレスと格闘しているのに構わず話しかけます。
……なんのネックレスでしょう。
「私、フロレイン家の長女、カシャルキニア。殿下の婚約者ですわ。あの殿下と結婚なんて絶対いやですから、一緒に殿下を陥れましょう?」
私は、下級貴族のカシャではなく、フロレイン家の長女、カシャルキニアとしてリナと話したいの。
そして、リナに手伝ってもらって、私と殿下の婚約を解消する。
ついでに、殿下の評判を地に落とさないとね。
リナがいるなら、それもできそう。
「詳しく話を教えて!」
案の定、リナは私の話に食いついた。
即断即決は良いことよ。
私はこれまでの経緯を、かいつまんで説明したわ。
リナは考えている。
即断即決でなくて、ちゃんと考えて答えを出すのも良いことよ。
「もちろん。殿下を陥れたいのは私も同じだから」
ふふ。
リナは私の望むままの答えを返してくれた。
楽しくなってきたじゃない。
「では、リナ。あなたは殿下に、カシャルキニアと別れてほしいと言って。それで私は婚約解消ができるわ」
「……」
リナが何も言わないので、私は言葉を足す。
「明日も殿下が来るはずよ。そのときに頼むわ」
「嫌です」
今まで貴族に対して従順だったくせに、今になって反抗してくるの?
「なぜ?」
いらだちをほんの少しだけ声に含ませた。
ああ、嫌だ。平民に貴族のやり取りなんか分かるわけがないのにね。
配慮が足りないわ。冷静でない証拠。
「私がここから解放されるという証拠が欲しいです」
リナは引かない。
いらだちが伝わらなかった?
いいえ、少し顔がこわばっている。貴族に物申す怖さからかしら。
「――私が後で助けに来るわ」
適当に返事をする。
図星だけど、平民の娘の一人、騙して得だけとって何が悪いのよ。
「そんなの証拠にはなりません。だって、目標を達成した後に、わざわざ私を助ける利点なんて、カシャルキニア様には無いんです」
「……そうね」
鋭いのね。
今まで感じていたリナのスペックの高さは、間違いじゃなかったということかしら。
「わかったわ、これがこの部屋の鍵。あなたに預けるわ」
貴族とちゃんとやり合えたご褒美ね。
私自ら迎えに行くのは、リスクが高いから絶対に嫌。
でも、鍵ひとつなら安いものよ。
「じゃあ――」
じゃあ、必ず殿下に、カシャルキニアと別れてほしいと言いなさいよ。
でも、私の言葉はさえぎられた。
「あと、私が貴族街から脱出するまでのルートをください」
貴族の話をさえぎるなんて、打ち首にされたいのかしら。
平民の娘なくせに。
私は怒りに任せてリナをにらむ。
脱出ルートですって。
鍵だけで満足してくれたら良かったのに。
それだけではダメだと、気づかれちゃったわ。
「今すぐには用意できないわ。脱出が遅れても良いの?」
「はい。どうせルートが無ければ私は途中で捕まってしまいますから」
やっぱり分かっているのね。
自分の能力を過信しないのは、素晴らしいことよ。
私は脱出が遅れるから嫌なのだけど、どうせ引かないわよね。
はぁ。
これだから、人と組むのは嫌なのよ。
「どれくらいかかりますか?」
「……一週間ね」
どれだけ急いでも一週間かかるのよ?
殿下との結婚ギリギリ、というか結婚前パーティーで婚約解消するしか道が無いじゃない。
「わかりました、では、一週間後ですね」
まったく、自分の方の要件は終わりとばかりに顔をそむけちゃって。
「まだ終わりじゃないわよ。私のほうも計画を話しておくわ」
どんなにイライラしていようと、計画の共有は一番大切なのよ。
するとリナは、面倒くさそうに私の方を向いた。
「リナが殿下に私との婚約解消を訴えたあと、私は殿下のところに行って、殿下をからかうように振る舞うの。一週間後なら、私と殿下の結婚式前パーティーで婚約解消させるしかないわ」
できるだけ多くの貴族が聞いている中で婚約解消させたい。
「そして婚約解消をさせたら、あとはそのまま書類まで持って行くだけよ」
「がんばってください」
ふんっ。
私はリナの前から姿を消す。
こんなに気持ちの入っていない「がんばってください」なんて、聞いたことがないわ。
まあいい、私が求めることをしてくれるなら文句はない。
とにかく、一週間後に決行よ。
――殿下と婚約解消をした後、私への不敬罪でリナを殺せないかしら。
いえ、フロレイン家の長女と平民が出会ったことを私の暗躍がばれないように伝えるのが難しいので無理ですけど。
……リナは、私がリナを攻撃できないのを分かって、そこまで分かって私に歯向かっている?
まさか。
何の教育も受けていないはずなのに。
私はリナのこれまでの行動を振り返る。
すると、すると、どんどんリナの貴族の素質が浮き彫りになってくるなんて。
監禁されてもパニックを起こさず情報収集をして、貴族相手に堂々と立ち向かい、両親を殺した相手に愛を演じる。
考えるべきところは考え、一線を超えて手遅れにならないように注意しながら、即断即決もできる。
貴族である私を翻弄することができて――まさか、面倒くさそうに私の方を向いたのも、「がんばってください」に気持ちを込めなかったのも、わざと?私を翻弄させるため?
こんな天才的な人が私の仲間に一人でもいたら、とっくのとうに私はすべてを掌握していたわ。
ああ、いまからでも欲しい、この才能が。
「リナ」
「なんですか、カシャルキニア様」
「いえ、何でもないわ」
リナは不思議そうに私を眺める。
でもどうしろと言うの?
平民との会話方法なんて、私は一度も習わなかったわ。
――
やっぱり今日こそリナに話しかけたいの。
昨日リナと計画を話し合ったばかりだけど、計画と雑談は全く違うのよ。
リナのことを知って、願わくば、私のもとへ引き込みたいわ。
「リナ」
「なんですか、カシャルキニア様」
「ええと……」
私は隠し持っていたものをリナに見せる。
「このゲームの攻略法を、一緒に考えましょう?」
”最初に人と話す時には、何か自分と相手の間に緩衝材があると良い。例えば、お絵描きだとかゲームだとか、そういった一人でも遊べるが、みんなで遊んでも楽しいものである”
昨日の夜、”人とのコミュニケーション術”の本を一気読みしたから、今日の私はコミュニケーションの達人なはず。
「えっと?これは何のゲームでしょうか」
「レースゲームよ。パーティーモードがあるから、一緒にやりましょう」
「?わ、わかりました……」
しばらく無言でゲームをしたけど、リナって強すぎない?
ずっと独走状態で、最強モードのNPCを制して一位を取っていたわ。
私?私は、そうね、通常モードのNPCとなら三位になったわ。
――
別の日には、習字セットを持ってきて習字をしたり、野菜や肉を持ってきて料理したり。
そうして分かるのは、リナのなんでもできる万能感。
習字はお手本と見分けがつかなかったし、料理はプロの出来栄えだった。
私?私は、そうね、習字はオリジナリティで勝負できたわ。
料理は、リナが包丁を持った瞬間、勝手に危機を察して脊髄反射でキッチンから逃げ出したわ。
貴族としては正しいのではなくて?
リナの万能さをこの目で見れば見るほど、やっぱり囲みたくなっちゃった。
リナに私の元で働いてもらったら、想像するだけでワクワクするわ。
その布石として、リナには私を「カシャ」と呼ぶのを許した。
これで身内よ。簡単には逃がさないからね。
「リナ、これが脱出ルートよ」
「ありがとうございます、カシャ様」
約束通り一週間後。
私はリナに、離宮から平民区域までの脱出ルートを渡したわ。
するとタイミング良く、殿下がやってきたみたい。
「殿下が来るわ。約束通りお願いね」
「はい」
「――リナ、ありがと。これで婚約解消できる」
やっとよ。
殿下と婚約して何年が経ったことか。
第一印象から最悪だったわね。
「はじめまして。わたくし、カシャルキニアと申します。殿下の婚約者候補ですわ。以後、お見知りおきを」
あのときはまだ、婚約者候補だった。
私、小1にしては頑張って、挨拶の文を覚えたのよ。
「そんな挨拶どうでも良いから、チェスで遊ぼうよ」
……このときの静かな怒り、殿下は気づかなかったでしょうね。
私が苦労して覚えた挨拶を、「どうでも良い」と一蹴され。
殿下を殴ってはいけないと、なんとか分別を弁えている年頃で良かったものよ。
そして私は、殿下とチェスをした。
もちろん私の圧勝よ。
殿下は、駒の動かし方がやっと、というありさまだったから。
「なんで!僕、今まで負けなしだったんだよ!僕、強いのに!」
まさか、そこで泣き始めるとは思わなかったけど。
「泣き虫」
はぁ。
私はまだ子どもだったのよ。
殿下に悪口だとも思わず悪口を浴びせてしまうくらいには。
これが決定打となって、私と殿下の仲は最悪になった。
殿下を泣かせたせいで私は後日父からも怒られて。
本当に最悪だったわ。
将来のパートナーは、殿下のような無能ではなくて、素晴らしい才能のあるリナのような人が良いわよ。
そう、だからリナは囲わなくちゃ。
違うの、パートナーという訳ではなく、私の右腕として活躍してもらいたいってことよ。
昔のことを回想しているうちに、殿下とリナのふれあいが終わったみたい。
もちろん、会話を聞かないなんて愚行は起こしていないわ。
ちゃんとリナは殿下に、私との婚約解消を訴えてくれた。
さて。だとしたら私も、ご褒美をあげなくちゃね。
「――ねえリナ、知ってる?この街を出て北にちょっと行くとね、森があるの。その中を、道にそって進んでいくと、小さな小屋があるのよ」
「初めて知りました」
秘密基地のことよ。
「まわりには食べられる木の実もあるし、川も流れてる。ひとりで暮らせるはずだから、そこに行きなさい」
「え?」
「リナ、どうせ街に戻っても、住む場所が無いでしょう?だから、その小屋を使ってちょうだい」
将来の右腕が、平民の区域で乞食になるなんて、あってはならないからね。
おとといだっけ。リナに聞いてみたら、釣りはできるし森にある木の実が毒持ちかそうでないか判別できるって、ドヤ顔で言われたわ。
だったら森に住めるでしょ。
私の家に住ませたら、父に奪われちゃうし、平民の区域に住ませると、殿下に見つかっちゃうし。
秘密基地をあげるのは惜しいけれど、しょうがないわ。
それ以外には思いつかないのよ。
「ありがとうございます、カシャ様」
リナの目に涙が溜まっている。
ちょっとは懐柔できたかしら、できたのだと良いわ。
「じゃあ、私もパーティーに行くわ。この服は脱出に使いなさい」
「いってらっしゃいませ」
私はリナに変装用の召使い服を残して、パーティーに出かける。
――
「カロナス殿下」
「カシャルキニアか」
結婚前パーティーで、私は殿下に話しかけた。
「今日は一緒に行動ですからね」
貴族の常識的に考えれば、結婚前パーティーのときは、婚約者二人で行動するものですわ。
「はぁ、今頃になって愛想を振りまいても遅いんだよ。」
「はい?なぜ私が――」
「今日こそ、カシャルキニアとの婚約を破棄する!」
私は殿下の発言に合わせて口を閉じることで、いかにも今知ったかのように振る舞います。
「は?冗談はほどほどにしてくださいませ。私は陛下に決められた婚約者ですわよ」
さらに、驚いた演技を続けます。
リナの演技もなかなかですけど、私は生粋の貴族ですから、簡単ですわ。
「私の婚約者は私が決める」
「っ国王陛下!」
私は国王陛下に視線を向けます。
殿下の独断だけでは、婚約解消には足りません。
国王陛下も丸め込まなければ。
「カロナス、今のは冗談だ。そうだな?皆のもの、今のカロナスの発言は冗談だ。心配はいらない!」
「父上!僕はリナを愛している。カシャルキニアと結婚することはできない!」
ふふ、計画通りよ。
次に国王陛下は、三人での話し合いの場を設けるわ。
「いったん部屋に下がらせてもらう。――カロナス、来い。ああ、カシャルキニア嬢も付いてきてくださるか」
「もちろんでございます、陛下」
ほら、思った通り。
でも、殿下が騒ぐのよ。
「なんで――」
「カロナス、公然で見苦しいぞ」
「――わかった」
殿下は予想に反して、国王陛下の言葉にうなずいた。
やっぱり殿下にも理性が少しばかり生まれているのかしら。
なぜでしょう。分からないわ。
そして、私たち三人は個室に案内された。
「護衛も含め全員下がれ」
陛下は護衛を下げて、内密の話にしたいみたい。
でも、それじゃダメなのよ。
私は、婚約解消を公の話にしたい。
国王陛下でも無かったことにできないくらい、多くの人に聞いてもらいたい。
「護衛を下げるなんて正気ですか、父上!」
めずらしく殿下が私の為に動いてくれたので、それに便乗します。
「そうですわ、召使いも含めて、全員に聞いてもらいましょう?何も後ろめたいことは ございませんわ」
「そうだな、分かった。全員、部屋の中で待機だ」
これで第一段階はクリアね。
スムーズに行って良かったわ。
「さて、カロナス……。なぜあんなことを言った?」
怒りの矛先は殿下なのに、私まで怖くなる。
これが国王陛下の覇気なのね。
「カシャルキニアなんて、婚約者の義務も果たさない無能だ!」
「はぁ?殿下こそ、婚約者と召使いを勘違いしていません?」
私は、殿下の話にまた便乗する。
「婚約解消したくない」と発言してはいけない。
ただ、殿下の欠点を浮き彫りにしていくように。
「カロナス、これは 我の命令での 婚約 なんだ」
国王陛下は一語一語ゆっくりと話す。
「僕は命令になんか縛られない。真実の愛を知ってしまった僕には、父上の決めた結婚なんか……」
殿下はどんどん自分だけの世界に入っていく。
国王陛下は諦めたように殿下から視線をずらし、私を見つめる。
「カシャルキニア、そなたはどう思う」
来たわ。
ここが勝負どころよ。
「はい、謹んで申し上げます。カロナス殿下は私を召使いの様に扱うのです。私としては、殿下に非がある形の婚約解消が良いと考えております」
私は、きわめて冷静そうに話す。
私が婚約したくないから解消するのではない、殿下に非があるから、常識にのっとると解消することになるだけ、という体を崩さない。
「ふむ、しかし今日は結婚前パーティーだ。この日に婚約解消など前代未聞」
「かまいません。――殿下、この書類にサインしてください」
私はあらかじめ用意しておいた婚約解消の書類を殿下に差し出す。
「やっとリナも婚約解消をする気になったか」と言いながら、殿下がサインをした。
私のサインはもう書いている。
後は――
「国王陛下」
「分かった。そこまで用意が良いのなら仕方あるまい」
国王陛下のサインももらった。
婚約解消、完了よっ!
「しかし、ガシャヴィグのサインはまだかな?」
「――後でもらうわ」
一瞬、誰だったか忘れていたわ。
お父様の名前だったわね。
なによ、私の達成感を壊さないでほしいわ。
たしかにまだお父様のサインはもらっていないけれど、国王陛下のサインがあるのだもの、納得して下さるはずよ。
それに、無くても書類としては成立するはず。
「それでは遅かろう。――ガシャヴィグを呼んで来い」
「はっ」
最後の方は国王陛下の召使いに向けられていた。
これでお父様が来るのね。
国王陛下の言葉もあった方が、サインしてもらいやすいわ。
好都合だと思っておきましょう。
「御用でしょうか、国王陛下」
しばらくしてお父様がやってきた。
「ああ。カシャルキニア」
国王陛下は私を見る。
私が説明しろということね。
「お父様、この書類にサインして下さい。カロナス殿下と婚約解消します。国王陛下の承認もございます」
私は結論だけを言う。
早くサインを。それで全てが終わる。
「結婚前パーティーで婚約解消するとは正気か?何を考えている。他の貴族になんと説明する?お前が結婚したくないから取りやめると、わざわざ辺境から来た貴族に言うのか。これまでにかかった費用はお前に払ってもらう。王族とフロレイン家が友好関係になることで生まれる利益も。このパーティーの費用も。お前には払えないだろう。私は一切貸さないぞ。お前ひとりが死んで詫びてそれで終わらせるのか。お前のためにカロナス殿下と国王陛下が時間を使うのを、恥ずかしいと思わないのか。フロレイン家の面汚しめ、結婚もまともにできないとはな」
ぁ――。
「うるさい。バカ。消えて」
私は思いつく限りの言葉でお父様を攻撃する。
でも無理。
心の中がぐちゃぐちゃだよ。すらすら出てくるはずの言葉が、全く出てこない。頭が真っ白で、熱いのに冷たい。
「バカはお前だ。お前が消えろ」
お父様は、私が全てをかけて作り上げた婚約解消の書類を破り捨てた。
ああ、またサインをして貰わなくちゃ。
でも、書類を用意しているうちに、国王陛下も丸め込まれちゃうかも。
「わかったわ。望み通り、消えてあげる」
頭が真っ白だった。
ただ、売り言葉に買い言葉で。
私は小部屋のドアを開けて、外に出る。
走るなんて粗野なことはしない。
ゆっくりと、パーティー会場から脱出するためのドアの前まで歩いていく。
みなが道をどいてくれるので、移動はスムーズだ。
「私と殿下は、婚約を解消いたしました」
私は、呆然とする一同を前に、最後の挨拶をする。
「それでは皆様、ごきげんよう」
その言葉を最後に、私は城から立ち去った。
――
さて、どこに行こう。
最初に思いつくのは、秘密基地。
いつも、悲しくなると一人であそこにこもる。
でも今はリナがいる。
次に思いつくのは、家。
でも嫌だ。私がお父様に負けたみたいじゃない。
他にはない。
……しょうがないわ、秘密基地に行きましょう。
思いつくのが秘密基地しかないのよ。
こんなことなら、リナにあげる前にもう一つの秘密基地を用意しておくべきだったわ。
私は街のはずれにある花壇に足を踏み入れる。
この感覚。懐かしいわ。
婚約解消の道が決まってからは、あまり来なかったから。
小屋の二階についた。
魔法陣を隠すために、二階に置いているのだけれど、一階から泣き声が聞こえるわ。
私は階段を下りて、一階のテーブルを見る。
「リナ?」
「カシャ――様?なんでここにいるの?」
「いろいろ、あってね……」
「そうですか」
私はリナの隣にある椅子に座る。
はぁ、バカみたい。
お父様が反対することは、最初から分かっていたのに。
「……私も泣いていい?」
「え?!あ、はい、もちろんです」
計画を立ててから、まったく冷静になれなかった。
ただ、自由になった日々を思い浮かべていただけで。
「なに?見ないでよ」
「っすみません」
ただの絵物語だったわ。
殿下に一泡吹かせることもできなかった。
婚約解消をしても、家から追い出された。
「なぜ泣いているんですか。婚約解消ができなかったんですか?」
「いいえ、婚約解消はできたわ。でも、父上が許してくれなかったのよ」
書類は破かれちゃったけど、大勢の貴族の前で婚約解消を宣言したし、もう私は殿下に捕まらないでしょうし。
婚約解消ができたと言っても過言ではないはずよ。
はぁ。ずっと泣いていちゃだめね。
私は涙をとめる。
私達はそのまま、ずっと座っていた。
「カシャ様、家に帰らないで良いのですか?」
ふと窓から外を見ると、もう暗くなっている。
「分かるでしょう?家に戻ったら、殿下と結婚しなければいけないのよ」
「ですが、お父様もさすがに理解するのではないですか?」
「そんなこと、ぜーったいにあり得ないわ」
そうよ、最初から、お父様なんかを頼りにしなければ良かったのよ。
殿下やらお父様やらに振り回されて、私もまだまだだったわ。
本当に自分の好きなように生きたいなら、すぐに家出すれば良かった。
これで良かった。
「お父様は最初から、家のことだけを考えているの。私なんか、政略結婚の駒としか見ていないわ」
私は話し出す。
リナにすべてを打ち明ける。
「リナと同じよ。居場所がない人になっちゃった」
「大丈夫です。ここで一緒に過ごしましょう」
その言葉は、私が一番望んでいたもので。
私の居場所は、ここにある。ここに、つくる。
安心した。
リナと一緒なら、なんでもできる気がしたの。
二人の今後が知りたい方は評価とグッドをお願いします。
↓↓ リナ視点もぜひ ↓↓
https://ncode.syosetu.com/n9454js/
――後日談――
私は秘密基地の柱に、一本の線を刻む。
よくある、日を刻む線よ。
これで、三十本。
「もう一か月ですね」
「ええ」
秘密基地でリナと暮らして、早くも一か月が経った。
最初は戸惑ったけれど、リナが万能だったから、大した混乱もなくこの生活になじめた。
生活は大変よ。
でも、お父様の家から逃げ出したことを後悔はしないし、この生活に不満もないわ。
「カシャ様、大変です!奴がまだ、村のみんなと同じ最後を迎えていないのです!」
「えっと?」
殿下がまだ死んでいないという事かしら。
「カシャ様は殿下を陥れると言っていました。でも、それさえできていません!」
「ああ、そうね。それは確かに残念だわ」
私をないがしろにした殿下には、相応の罰を受けてもらいたかったのだけど。
「カシャ様、そういうわけですから、奴を陥れに行きましょう」
リナは秘密基地に来てから、ずいぶんと好戦的になったこと。
この可愛らしい外見からは想像もできない。
「確かに言いたいことは分かるわ。でも、何のためにここに逃げてきたか、忘れたの?戻ったとたんに逮捕されて牢獄で一生を終えることになるわよ」
せっかく平穏な日々がやってきたのよ。
また面倒な殿下に関わりたくはないわ。
「でも、奴に思い知らせなければ。人生を奪われた悲しみを。恐怖を」
人生を奪われた悲しみ、恐怖。
違う、良いのよ。私は。平穏な日々があればそれで。
「人生は戻ってきたのだから、良いでしょう。面倒は嫌なのよ。せっかく楽しくなってきたのに」
「カシャ様が行かないなら、私一人で行きます」
リナは扉を開ける。
平穏な日々?
リナがいなければ、日々の生活にも困るありさま。
はぁ。
そうよ、私はただ、抑えていただけだった。
殿下に奪われた人生。悲しみを、恐怖を。
「待ちなさい。私も行けばよいのでしょう」
「その通りです、来れば良いんです」
リナがしてやったりの顔をしているのだけは、気に入らないけれど。
「リナ、そこの扉より、二階の魔法陣からの方が近いわ。荷物をまとめたら出発よ」
「はい」
私たちは少ない荷物をまとめる。
「少ないのですぐに終わるわね」
「はい、すぐに出発しましょう」
そういうことではなくて……。
準備が不十分になってしまうのではなくて?
カタ
「リナ、聞こえる?」
「なんですか?」
「二階から物音がするわ。転移の魔法陣が使用されたのかも」
ガラ ガッシャン
隠していたはずなのに。
それに、私にしか使えないように改造しておいたはず。
それを突破してここまで?
ただものではない。危ないわね。
「部外者よ。貴族の追手かもしれない。逃げるわよ」
「はい」
十中八九、貴族の追手ね。
私は、整理中の荷物をそのまま持って走る。
身一つというのも困るから。
話す余裕はない。
一応、転移先の二回には罠を張っておいた。とはいえ、まず転移をしてきたほどの力のある人。なら、罠を突破するのも容易いでしょうね。
草原の中、もちろんあらかじめ用意はしていた岩の陰で腰を休める。
ちょうど出発しようとしていたのに。
こんなときに追手がくるなんて、運が悪いわ。
「面倒ね」
「はい。こうなったらもう、貴族街に突撃しましょうよ?」
「強制的に追い出されたのも腹が立ちますし、怒りを発散させましょう」
ふふ、たしかに。
私も、怒りを隠さないことを覚えなければ。
「いいわね、たしかにイライラするわ。すべてを殿下にぶつけましょうか」
殿下を陥れるまで、平穏な生活は無理のようだわ。
――二人の戦いは終わらない――
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