不運
「あ~あ!」
何かがおかしいローブの中にしわが目立つシャツを着た男性と、新品そのもののローブを着ていて、左手に教科書を持っている女性の二人が隣り合ってロウソクで灯されている薄汚い、学校の廊下を歩いている。その廊下には所々にガラスが取れてしまった窓がある。その窓から、黄色い夕陽が差し込んでいる。
女性「どうしたの?そんなため息なんかついちゃって?」
「最近、ツいてないなと思って」
女性「良かったじゃん!運をためられてるんだよ!」
「たしかにそう考えてみたら良いかもしれない!」
女性「良かったね!じゃあ訓練に戻ろうか!」
「やだ!!」
女性「だめ!強制!」
「絶対ヤダ!」
女性「こうなったら……」
と言い、何も持っていない右手を男性の方に向けている。そのことに疑問を持ったか、男性は少し首をかしげている。
「どうしたの?」
女性「強制魔法!」
強制魔法とは、信頼しあっている関係にある時、相手の意思に反して、一回だけ体を動かせることが出来る魔法。この魔法は魔力の消費が激しく、使われることがほぼない魔法なのだが、この女性はそんなことお構いなしに強制魔法を連発して男性を器用に訓練場に向かって歩かせている。
女性「これ、結構魔力使うらしいね」
などと、強制魔法のせいで喋ることが出来ない男性に一方的に喋りかけながら、女性は訓練場に強制魔法で連れていく。独り言をぶつぶつ言っている女性と、それに意味の分からない挙動で付いていく男性の姿を周りに見せつけながら歩いているうちに訓練場に着いた。
女性「そろそろ解除してあげるね!」
そう女性が言うと、男性はまるで力の入れ方を忘れたかのようにバタッと倒れ込むが、すぐに立ち上がる。
「おい、いくらなんでもやりすぎだ!」
女性「まあまあ、そんなに怒んないでよ!だってどうせ休み時間終わったら実技試験じゃん」
「あ!忘れてた!試験、どこの範囲だっけ⁉」
女性「雷属性の魔法を剣にまとわせて空中で放電するっていう範囲」
「そんな範囲あったっけ?っていうか、それなら俺出来るよ!」
女性「まあ、確かに紅加は魔法の才能だけはあるからできても不思議じゃないか……」
「それ以外にもできるよ」
紅加と呼ばれた男性は、挑発的に言葉を返し、女性の反応を伺っているようだ。
女性「例えば?」
「剣術」
女性「できないでしょ~!」
「いや、出来るよ!」
女性「そんなに自信満々なんだったらやってみなさいよ~!私が見てあげるから!」
「行くぞ!」
そう男性が叫ぶと、訓練場の隅にある木刀が乱雑に置かれている所へ全力疾走して、女性の下へ戻っていく。これから剣技を女性に見せるらしい。しかし、剣を振り始める前から全力疾走したせいで息切れしている男性は、少しくらくらしているように見える。
「じゃあ今から行くぞ!」
女性「大丈夫?本当にできる?」
「大丈夫だ!行くぞ!」
そう言い切った男性は木刀に早速、雷魔法のスパークをまとわせる。どうやら雷魔法をまとわせることが出来るのは、真剣だけじゃないようだ。そして、茶色の刀身に電流が迸る。そしてその剣を右に振り、
そこから男性自身の心臓くらいまで木刀の位置を上げ、その勢いで突きを繰り出す。それと同時に、スパークを開放し、前方にスパークを飛ばすという、高度な技を行っていた。しかし、女性は剣技が見たかっただけで、魔法が見たいわけではなかったらしく、少し不服そうな顔をしていた。しかし、女性は男性が今の剣技で疲れているのを知っていたから、それ以上無茶なことを言わなかった。
女性「良いんじゃない?」
「じゃあ試験通過するかな?」
女性「分かんない。だって私とあなたでは格が違うからね!文字通り!」
この女性の言った『格』とは、この学校の古くからの制度である、総合順位制度の事を指しているのだろう。総合順位制度とは、実技教科と座学の教科を加味して、学校に在籍している約3200人の生徒の中で自分がどのくらいの順位なのかを教えてくれる制度なのである。さらに、総合順位の中でも、上位53位になったら、魔除けの依頼を受ける事になり、特別クラスに入ることになる。女性はそのクラスに配属されており、いままででも結構な数の依頼をこなしてきていた。
ここだけ見たら、完全に実力主義の学校なのだが、そんなことは無い。この国自体が実力主義的思考になってきてはいるが、この学校はまだましな方である。
「あ、先生が来た、まだ10分前なのに」
女性「本当だ、魔法の実技教科担当の先生が来たね」
「うん。詳しく言ってくれてありがとう!」
そう皮肉をいった男性は、先生がこちらに向かってくるのはなぜだろう。僕の周りに問題児がいるとかかな?と考えていた。
魔法の実技教科担当の先生「お前ら、一回やってみろよ」
女性「やってみろよって事は戦えって事ですよね?」
魔法の実技教科担当の先生「ああ、そうだ。ま、前世の記憶が無い紅加君には難しいと思うけどね」
「いやいや、いけますよ~!」
女性「女性じゃあやりましょう!」
「いいぜ!じゃあ俺が今持っているこの木刀をこれから落とすから、床に着いた瞬間から魔法バトルをスタートするって事でどう?」
女性「そうしましょう!」
女性からの了承を得られて、男性は右手で強く握っていた木刀を落とした。