友達ではない幼なじみ。
「琴葉!」
自転車から降りて、家のドア前に駆け寄る少女。
足をモタモタさせながら私の方に来る。
「おはよ!ねぇ、異常現象だよ!」
目を見開き、ウキウキした明るい声で話す。
高校生らしい感じがたまにする。
とはいっても私たちは高校2年生だ。
私は彼女と同い年であるけど心は年寄りだ。
「朝から元気だね。ユキは、なんで私の家に来たの?。」
髪はサラサラなボブ。
誰もが引くようなくしゃとした笑顔と、
犬のような人懐っこい性格が彼女の特徴だ。
青いチェック柄のスカートに黒いブレザー。赤いリボンをしている。
顔は可愛いのにこの空気の読めない性格のせいで、周りからは少し嫌われている。
そんな彼女の名前は、笹野川 ユキ。
小学生の頃からの幼なじみでずっと同じクラスもはや私は彼女から離れることはできないような環境が作られている。私にとっては知人のような存在だ。友達ではない。
色々考えていると彼女は知らぬ間に話する。
「なぜって…。もう朝から非現実的すぎて楽しくなっちゃたから!今日は絶対に学校休みだよ!」と楽しそうに目を輝かして話すユキは、まるで子どものようであった。
「大丈夫、これは夢だから。」 と私は家に戻りドアを閉めようとする。
閉めようとするドアに足を挟むユキ。
相変わらず手際がいい。
これは彼女に対しての褒め言葉ではない。
「ドア、閉めない〜!」といい私の頬をつねるユキ。つねられて痛い。
そう考えるともはや現実かもしれない。こんな悪夢が現実なのか。勘弁してくれと思うがまぁ、現実なんぞ上手くいかないものだ。
とりあえずめんどくさかったので、
「朝ごはんの時間だから家にユキも帰ったら?」
「コンビニで買った!」と自慢げにポリ袋に入ったカレーパンを見せつけてくる。
「そうか。じゃあまた学校で。」とユキ返そうとしたが「半分こして食べようよ?」とユキは私に笑いかける。私がユキの朝ごはんを心配する理由は、いつも朝ごはんを抜きがちだからだ。
ご飯を食べなければ倒れるし、面倒がかかるのは嫌だ。
「私は家で食べるから。」
「それはひどいよぉー!せっかく人がパンを分けようとしてるのに!」
そもそも、パンをくれなんて言ってはない。ユキに対してそれ以上の感情は何一つなかった。
世の中には友達という言葉が独り歩きしていることがある。
人脈で得をしようとする人や、群れないことが世の恥だという風潮すらある。友達という言葉ほど簡単で知らない人はいない。だけど、友達とはなにかと本質を聞けば、ほとんどの人が難しいと答える。
ユキは典型的に一人でいるのが怖いから、私と一緒にいるだけだろう。
空気さえ読めるようになれば、彼女は皆から好かれるタイプだと思う。私は、友達とかそういった類のものが分からない。人間自体、脆くて簡単に壊れてしまうのに、何故、自分を偽りつつ命の残存時間を使っても誰かと一緒にいたいなんて思うのか。
そうやって私の思考は海底に沈んでいく。
「ねね、いいこと思いついたんだけど、
一緒に、その辺に群がっている言葉を捕まえに行こうよ!」
彼女の右手を見ると虫取り網を見ていた。そもそも言葉を捕まえたところで何になるんだというのが私の本音であった。
「嫌だよ。学校が休みになる予定なら、なおさら。」ドアノブを引こうとする。
「こういう変なことをすることだってきっと楽しいよ!」とユキは私の手を掴んで
外の世界へ引っ張り出す。
「ちょっと待って、私パジャマなんだけど!」
「はい、カーディガン!これなら誤魔化せるでしょ?」
ユキに深緑色のカーディガンを渡される。
青ジャージにカーディガンなんぞあまりにもダサすぎる。「それじゃあダメ。少し待っててよ。」と私はユキに伝える。
「分かった!」とユキはドアを閉じた。
もう、ユキには振り回されるのは散々だが、ここまでの混乱状態だとどこにいても私の愛していた平和な日常は戻らないだろうな。
タンスから黒い長袖パーカーを取りだし、制服に鏡の前で着替える。黒いリュック(横に青いネオンカラーのラインが入っているもの)を背負う青いチェック柄のスカートは、今でもあんまり好きではない。階段から下がり、玄関のドアを開けユキに話しかける。
「んで、どうするの?」
ユキは少し驚いた顔をした。「待って、今何時?」
焦ったように聞かれた。「え、時計ないの?」
「ちがーう!私の時計も数字が飛び出して使い物にならないの。」
「あぁ、忘れてた。ユキの時計ってスマートウォッチだもんね。」
「そうなんだよ!本当に不便すぎる。あっでもさ、もう学校の勉強しなくていいんだよね!
あんなにごちゃごちゃ書かれている 教科書なんて読みたくない!」
ユキは勉強が出来ない。夏休み、冬休み補習はいつものことだ。小学生の頃から皆勤賞を貰うほどちゃんと学校には来ているものの、内容が少しでも複雑になると「分からん。」と頭を抱えて机にうつむいているのが思い出される。 そして毎回先生に言われるのは、「琴葉、ユキに勉強教えてやれ?」ということだ。先生、それは私の仕事ではなく貴方の仕事です。と言いたいところだが、 まぁ学生の身分だ仕方ないと受け入れている。
玄関前に止めてある銀色の自転車の鍵を開ける。
「朝焼け前に友達と2人自転車で駆け下りるシーンってエモい!」とテンション高くユキはジャンプしていた。「置いていくよ?」と私は自転車に乗る。
「あ、ちょっと待ってよ!先駆けはずるい!」
後ろからユキが赤い自転車で追いかけてくる。文字の黒い波を掻き分けながら進んでいく。海風を感じながら住宅街の坂道をユキと一緒に下っていく。遠くに見える文字が蠢く場所まで一直線に。
「今時間はね。午前、五時四十五分」メモリ示された時計を見て判断する。
「りょーかい。まず文字の性質から調べなきゃ!」「え。そこからなの。」複雑化してる気がする私は普通に寝ていたいが。「逆にどうやって捕まえるの?」 ユキは私の隣に追いついた。
朝日に照らされながら彼女は笑う。
「はいはい分かりました。」私は寝ぼけた体を
覚ませるために足に力を込めてペダルを漕いだ。
これは私の奇妙な青春劇の始まりである