「おい、さっきから地の文が大げさ過ぎると思わないか」「え、ちょ、すいませんもう一回言ってください」女神に祝福されし乙女の問いかけに若き血潮猛る勇気の使徒は戸惑いながらも再びの福音を願った
「おい勇者」
「何でしょう、聖女さん」
女神に祝福されし乙女は若き血潮猛る勇気の使徒に問いかけた。
「さっきから地の文が大げさ過ぎると思わないか」
「え、ちょ、すいませんもう一回言ってください」
女神に祝福されし乙女の問いかけに若き血潮猛る勇気の使徒は戸惑いながらも再びの福音を願った。
「これ、今のやつ」
「うわ本当だ! 大げさ! どこかから声が聞こえて、頭に字幕としても浮かぶ!
どうして今まで気づかなかったんでしょう。
……というかこれ、地の文って名前なんですね」
愚かなる勇気の使徒は己の愚かさを悔い、愚鈍に浪費した貴重な過去を嘆いた。
「めちゃくちゃ馬鹿にされてるぞ勇者」
「そうみたいですね、少しイラッとしました。「愚か」って言葉をつかいすぎでは?」
愚かの化身は気が短い。
「なんだコイツ。私達の声に反応するのか」
「『愚かの化身は気が短い』……売れない小説のタイトルみたいなことを。
聖女さん、何か言ってやってくださいよ」
「そうだなぁ……じゃあ私のことを説明しつつ、褒めてみてくれ」
「何ですかそれ」
「私達はついさっき魔王を倒すために旅立ったばかりだからな。やる気を出すためにも、今すごく褒められたい気分なんだ。
それにコイツとコミュニケーションをとって仲良くなれば、大げさな地の文をやめてくれるかもしれないぞ」
「なるほど、確かに」
女神に祝福されし乙女の名は「センテ」。純白の衣を身にまとい、流れる銀の髪は見る者を魅了する。翡翠のごとき澄んだ瞳は静かなる意志を湛えていた。
「ちょー気持ちいい」
「すごいですね聖女さん、地の文とかいう訳の分からないものをまるで従えているようです」
「ちょー気持ちいい」
「では地の文さん、私もお願いします」
この人は勇者。剣を持っててあぶない。
「やる気の差がすごい」
「私だけ適当すぎます! 服とかも全然……」
「あれだろ、訳の分からないとか言うからスネちゃったんだろ」
聖女という肩書きに恥じぬ清らかな心は、未知の存在に相対しても穢れなき眼を濁らせることは無かった。
「なんか悔しいんですけど……えっと、地の文さん、私の名前はライツです。機嫌なおしてください」
あぶない人は空に向かってなんか言ってる。
「なんですかコイツ! 子どもじゃないですか!」
「まぁまぁ……きっと親とはぐれた迷い地の文なんだよ。大目に見てやろうではないか」
「迷い地の文とは?」
クゥン。
「地の文って犬なんですか?」
「やはりな……私は仮にも聖女、訳の分からん存在にも優しくしてやらんとな」
「あっ」
服は白いけど心は汚れてる人が偽善に酔ってて気持ち悪い。
「なんだとコラァァ!!」
「訳分からんとか言うからですよ!」
「貴様調子に乗りおって! ずっと何言ってるか分からんぞ! 訳分からんのは存在だけにしろぉ!」
「聖女さん、ちょっと落ち着いて! 全面的に同意ですけど!」
――その時。2人の頭上に禍々しき闇が舞い降りた。
「……? なんだ?」
「もしかして……地の文という立場を利用して……」
「……利用して?」
「私達を追い詰める展開を書いて、悪口の仕返しをしようとしてるんじゃ……!」
「……なん……だと?」
闇より出ずる、禍々しき悪意。黒炎を纏いしは、悪意の権化――魔王。
ズズズズズ……
「ま、真上の黒い何かから……魔王が出て来てますね」
「いきなり魔王はやばすぎるな……。
というか地の文のやつ、意外と語彙が乏しくないか?」
「え、そうですか?」
「だってほら、魔王の登場シーンで「禍々しき」と「悪意」が2回ずつ登場してるぞ」
「あ、本当ですね」
「きっと迷子になったせいでパニックになってるんだな。本来はこんなにややこしい文の犬ではないのだろう、多分」
「地の文は犬じゃありませんからね、多分ですけど」
「――我は魔族を統べる邪悪の王、魔王なるぞ。愚かなる愚民共よ、懺悔の言葉を延べながら地獄への階段を登るがいい……」
放たれる威圧感は全ての者に畏怖を「ちょっと、ちょっと。地の文。さっきからだいぶ文章が怪しい」
「「邪悪の王、魔王」とか、「愚かなる愚民」とかの辺りですね」
「そうそう。それから、懺悔の言葉を「延べる」じゃなくて「述べる」だと思うぞ。もっと言えば、地獄は多分下の方にあるはずなんだが、階段を登らせちゃったら地獄に行けないだろう」
口を閉ざす地の文。
「とうとう自分のこと書いちゃった」
「せっかくの魔王登場シーンなんですけどね……」
「地の文、自分の家の場所分かるか?」
分かんない。
「不覚にも可愛く思えてきましたね」
「――どれ、小手調べだ」
魔王が無造作に右手を薙ぐ。紅き爪から生じた真空の刃が、砂塵を巻き上げながら聖女と勇者を襲った。
「うお、いきなり攻撃が」
「聖女さん危ない! 私の後ろへ!」
不可視の刃が勇者の命を刈り取る……かと思われたが、間一髪、何とか構えた盾がこれを弾いた。
「死ぬかと思ったな。お互いレベル1で、旅立ってから30分しか経ってないのに」
「おまけに私達、出会ってまだ1時間くらいしか経ってませんからね。
それぞれ別の村で育って、今日突然あの街に呼ばれて、「そなたらは勇者と聖女。2人で魔王を倒すのだ」ですからね」
「……何か腹が立ってきたな。勇者よ、行け」
「え、えぇ……?
せめて治療の準備、万全にしといてくださいね……。
今はこの、勇者の剣を信じるしかない!」
とてててて……
「やーっ!」
ぽいーん
「――痛くも痒くもないわ!」
「でしょうね!」
「ひどいな、効果音のせいで全くダメージが与えられない」
敵わない。敵うはずがない。相手は魔王なのだ。
「地の文静かに! 聖女さん、私に考えがあります!」
「ゆ、勇者。急に頼もしい」
「よーしいくぞ……『私は負ける訳にはいかない……
父さんの形見のこの剣と、母さんとの約束にかけて!』」
――ッ!
「勇者! そのアレな感じは!」
「必殺! ブレイブ……スラーーッシュッ!!」
ズバァァァァァァァンッッ!!!!
「ぐ……ぐあぁぁぁぁぁ!!!!」
「魔王に……効いたぞ!」
「そうです、これは「勝利フラグ」……! 地の文ならば、フラグを捻じ曲げることなど不可能! なぜなら、フラグを無視する物語は、おもんないからです!」
「確かに! そんなのおもんない!」
「――グハッ……負けん、負けんぞ……」
「そんなっ!? 手応えはあったのに!」
「いや勇者、これは……」
魔王は懐からふわふわした小箱を取り出し、中を開ける。そこにあるのは、ダイヤの指輪。
「この戦いから生きて帰ったら、幹部の魔女さんに31回目のプロポーズをするのだ……!」
「それはもう諦めろよ。たぶん嫌われてるぞ」
「これは……死亡フラグですね!
ということは……スラーーッシュッ!!!!」
ズバァァァァァン!!!!
「ぐあぁぁぁぁぁ!!!!
……せ、せいぜい仮初の平和を謳歌するがいい……
いずれ、新たな魔王が……ガハァッ!」
魔王の体が崩れ落ち、灰のように風に消えていく。
風向きは南南西である。
「……倒しちゃった」
「……倒しちゃいましたね。あと今風向きの情報本当にいらないです」
諸悪の根源たる魔王を討った。今まさに、世界に平和が訪れたのだ。万感の思いを胸に、聖女は勇者を見つめた。
「見つめただなんてそんな……
あれ? 聖女さんが本当に私を見つめてる」
「ゆ、勇者……いや、ライツ。その……」
そこにいるのは1人の少女。
1人の、初恋の成就を夢見る少女である。
桜の花びらも恥じらう桃色の唇は、今まさに愛を紡がんとしていた。
「地の文、グッジョブ……!」
「え? え? どういうことですか?」
顔を紅潮させるセンテ。
その美しくも強い決意の眼差しに、ライツは射抜かれる。
射抜いた矢の名は――恋の矢。
「セ、センテさん……可愛い……。
……はっ、思わず口に出してしまった……」
顔が熱い。恥じらい、俯く。
掌に汗がにじむ。裾を掴んで、離して……掴む。
今すぐ逃げ出してしまいたい。
しかしセンテは意を決して、ライツの顔を見つめる。
――想いよ、届けと。
「先ほど庇ってくれた時から、胸の高まりがおさまらない。
ライツ、私は君のことが……す、好きになってしまったようだ」
上目遣いの少女に、ライツの顔はゆでダコになる。
熱意に気圧されて、一歩下がりそうになるが、堪えた。
センテさんが、勇気を出して言ってくれたのだ。
勇気には、勇気で返さなければ。
……私は、勇者なんだから。
「私達、女の子同士ですけど、それでもいいんですか……?」
…………え????
「もちろんだ。障害があっても2人で立ち向かおう」
「……幸せな家庭を築きましょうね!」
…………がんばえー。
「地の文さん、私が女の子だって知らなかったみたいですね」
「どうせ勇者=男と思ったのだろう。説明しながら褒めるくだりでライツだけ適当に描写したからな」
「なるほど」
い、いつの間にか空が茜色に染まっている。夕陽が2人を染め、重なった影を長く伸ばした。
「少し成長したな、地の文。最初の頃よりだいぶマシだ」
「セ、センテさん!」
「ど、どうしたライツ。改まって」
「あの……手を、繋いでもよろしいでしょうか」
一歩下がったライツが深々とお辞儀をしながら、シュバッと右手を差し出す。
センテは近い将来のプロポーズを想像して、笑みをこぼした。
「ふふ……嬉しいのだが……いいのか?」
「な、何がでしょう」
「ほら、読者が見てる」
センテが指を差し、ライツが釣られてそちらを振り向く。
「……うわ! 知らない顔! しかも近い!」
読者は鼻で笑った(願望)。
鼻息が追い風となって、2人を送り出す。
魔王のいない、新たな日々へ。
愛する者と暮らす、柔らかな毎日へと。
「読者全員を「鼻息が荒いやつ」認定してしまったな」
「……センテさん手汗すごいですね」
「地の文コイツ半殺しにしろ」
クゥン。
「地の文ー。そっちはあとがきだぞー。戻ってこーい」
わーお花ー。