婚約破棄されて破滅する悪役令嬢が足掻いた結末
実は当初はヒロインが登場しない筈だったんだ……。
それは前世の記憶か、他人の記憶か。
ウーワキ・ゼッキョ侯爵令嬢の脳裏に突如、1人の女性の記憶が舞い降りた。一生、と呼べるものではない。と言うか時間にして、半年間、いや、その半分も無いだろう。
女性の名前は分からない。けれど女性がプレイしていたケイタイゲームは分かる(スマホのアプリゲームではない)。
乙女ゲーム「愛する人を悪女から救え!」である。
ヒロインは孤児院育ちの平民。慰問に訪れた男爵がその優秀さを買って、養女にする。男爵令嬢となったヒロインは貴族の通う学園に入学する。そして見目麗しい高位貴族令息と出会い、恋に落ちる。
しかし、その相手には婚約者が居る。政略で決められた婚約者の令嬢は性格が頗る悪い。悪女との婚約から愛する相手を開放すべし。
と言うのが前提シナリオだ。攻略対象は全部で5人。誰を攻略するかは、一番、最初の選択肢で決まり、後はその相手と仲を深めていく……、要は浮気ゲームである。
本来は只の略奪女のヒロインに、正当性を持たせる為か、攻略対象の婚約者達は全員悪女と言う設定になっている訳だ。最もゲーム内では全員、悪女である事も否定は出来ないのだが。
(困ったわ。)
脳裏に出現したソレ等の内容に、ウーワキは溜め息を吐いた。と言うのもそのゲーム、明らかにウーワキの未来に影を落とすからだ。
どう言う事かと言うと、そのゲームにはウーワキが登場するからだ。ビジュアル的に未来のウーワキと判断するが、彼女の現状況ーー住まう国、所属する身分、そして婚約者の存在等ーー的に、現在からの流れに存在すると断言出来てしまう。つまりは彼女からしてみれば、一種の予知であった。
そして予知に拠ると、ヒロインがどのルートを辿っても自身は破滅してしまうのだ。何故か。それには彼女の立場が関係している。
まず彼女の婚約者はこの国の第一王子。つまりは次期王太子、挽いては未来の国王。そんな彼の婚約者に納まる彼女は当然、女性達のトップとなる。
また第一王子には側近が必要で、その候補の令息達が残りの攻略対象である。つまりは彼等の婚約者達はウーワキと同派閥且つウーワキよりやや立場が下、となる。つまりは取り巻きだ。
ヒロインが第一王子ルートを選ぶと、ウーワキ率いる悪女群が敵に回る。攻略が上手く行くと、彼女等に待つのは破滅、家ごと始末される。
他のルートだとそこまではならない。あくまでも敵は婚約者の令嬢只1人。但しその令嬢はウーワキのバックアップがある。そのせいでウーワキはどのルートでもライバル悪女と共に断罪される運命なのだ(流石に家ごと断罪は起こらない)。
尚、ゲームエンディングは断罪イベント後のパーティで、ヒロインとヒーローのダンスシーンがあり、それで締められる。そしてエピローグで断罪された悪女等のその後が短く語られるのである。
ーーヒロインを始末しましょう。
……この前世の記憶みたいな予知モドキは、ウーワキが第一王子と婚約してから凡そ1ヶ月後の7才の頃に発現した。当時のウーワキは真っ先にそう決断した。とても危機意識が強く、大人びた少女でありーー、未来の悪女として相応しい思考だった。
が、結論として、この発想は直ぐに詰んだ。
と言うのも、ヒロインにはデフォルトが存在しなかったからだ。
(ヒロインが何処の誰か分からないわ。)
フルネームはプレイヤーが決め、デフォルト名が存在しない。年齢は13〜17才までを自身で選択する仕様で、デフォルト年齢が存在しない。
学園は通常13才〜18才まで通う設定で、ゲーム内プレイ時間は1年なので、特に問題は出ないのだ。攻略対象が年上になるか、同じ年になるか、年下になるか、また年齢の差が幾つあるかで、攻略方法に変化が出る。此れ等のヒロインの設定はルート選択の後、プレイヤーが決定するのである。
ヒロインが居た孤児院は「とある領地にある孤児院」と表記され、何処の、なんて名前の孤児院かが判明しない。ヒロインを引き取った男爵の家名は、プレイヤーが付けたヒロインのファミリーネームと同一で、此方もデフォルトが存在しない。
更にはこのゲーム、ヒロインの視界でーー視点ではないーー物語が展開するせいで、ヒロインの容姿も判明しない。鏡に映った姿を求めても、プレイヤーには逆光のせいで顔も分からないのである。
公式から小説や漫画等で発売される様な事があれば、また話は変わったかもしれないが、残念ながら、そう言ったものは記憶にない。
つまりウーワキがヒロインを始末するには、この国ーー文明的に他国から留学して来る可能性は低いーーの全ての男爵か、国中の孤児院を潰さなければならない。流石に不可能であった。
(迂遠だと思いますが……、仕方ありません。殿下に嫌われないようにしましょう。それに他の令嬢達と婚約者の仲も良くしなければ……。)
彼女は頑張った。元々基本スペックが高い彼女は悪女性質を封じるのも完璧だった。第一王子にも、側近達にも、その婚約者達にも優しく、親切にし、特に婚約者の令嬢達とすれ違いが起こらぬ様に細やかに気を配った。
だがしかし。
良くある話の1つに、「恋愛相談をする内に……」と言うものがある。どう言う事かと言えば、側近候補達が軒並みウーワキに惚れたのである。これで彼等の婚約者達が百合的感情をウーワキに抱くならば、まだ良かっただろう。だが中々にそんな事は起こり難い。
況してやウーワキが第一王子が惚れるヒロインをイメージし、悪女性質を封じても、悪女である事実は変わりないのと同様に、彼女達もまた悪女であり、優しくされても特に変わる事が無いのだ。
「優しい令嬢」に見えるウーワキに惚れる訳が無い。
また、ケイタイ恋愛ゲームは最初にルート選択するものが多く、この「愛する人を悪女から救え!」も例に外れない……、つまりはハーレムルートが存在しない。なので第一王子が惚れるヒロインは当然、自分以外の男と浮気しないのだ(失笑)。
だがウーワキの現実は、婚約者たる王子以外の男達に惚れられた、即ち複数の男を侍らす悪女である。
第一王子がヒロインに惚れる状況とは完全に違ったものとなっていた。
しかしウーワキはその事実に気付かない。姿も分からぬヒロインをずっと警戒していたからだ。
ヒロインのデフォルトは存在しないが、自分達の年齢は固定されている。そこからヒロインが登場する年度だけは予期出来る。その時に備えて邁進する彼女には周りが見えて居なかった。
ーーそして遂にその日はやって来た。
13才〜17才までの各年齢から数人ずつ、様々な容姿をした、元孤児院育ちの平民上がりの男爵令嬢が入学して来たのである。
(う、嘘でしょう!?)
「平民上がりの男爵令嬢の全体数=この国に存在する男爵家の総数」な現実に流石にパニックになる。誰を警戒すべきなのか分からない。いや、蓋を開ければ全員を警戒すべきだった。何せ様々なタイプの見た目を持つ男爵令嬢全員、側近候補に突撃ーー比喩的表現ーーして行ったのだ。
「貴方方、不敬ですわよ!!」
こうなれば即物理で断罪だ。そう思ったが王子「達」が庇った。そう王子「達」ーー、王子と側近の婚約者達である。
「そんなに目鯨立てる事は無いだろう。君らしくない。」
「微笑ましいではありませんか。」
「憧れの貴公子ですからね、お気持ちとしては良く分かりますわ。」
「素直に表現されるお姿が可愛らしいですわ。」
「まだ貴族社会に馴染んでいないからこそ、ですわね。何だか懐かしいですわ……。」
男爵令嬢は様々な見た目をしているが、面白いくらいに性格そのものは一致していた。そう、ウーワキの見せ掛けの性格と同じである。
更に見た目が様々にあると言う事は、彼等の好みのタイプにピッタリ合う令嬢も居ると言う事だ。あれよあれよと言う間に、彼等は籠絡されていく。
ウーワキが止めようにも婚約者である彼女達が許しているのだから、どうしたって強く出れない。これで王子に籠絡の手が掛かるなら話は別だが、そうでは無かったのだ。
そして手を拱いている間に1年経ちーー、ウーワキは断罪された。
平民上がりの男爵令嬢を虐めたと言う理由で。勿論、ウーワキには覚えが無かったが、婚約者が居ながら、ハーレムを築いていた彼女は悪女としての地位を確立しており、ハーレムメンバーが彼女から離れて行ったのを許せなかったのだろう、と言う動機を決め付けられた。
以下、虐め捏造シナリオ↓
彼女は自分の手を汚さない。
彼女は側近達の婚約者に命じた。派閥の上下関係から断われなかった彼女達。しかし男爵令嬢達の事は嫌いでなかった。
とっくにウーワキに婚約者を籠絡されていた彼女達からしてみれば、男爵令嬢達の存在は寧ろ福音だった。婚約者を奪われてもジッと我慢するしかない自身達の代わりに、婚約者を奪い返してくれている様に思えた。
だから命じられた事は断われないが、家の権力を使ったものにはしなかった。チマチマとした嫌がらせだけを行った。
それでも男爵令嬢達への申し訳無さがーー、
以上、虐め捏造シナリオ↑
とまあ、そんな風になっていた。取り巻き令嬢4人とその家が結託したのだ。元々派閥と言うものは決して一枚岩ではない。幾ら派閥のトップであっても、右腕と左腕、右足と左足が同時に敵に回ればいかんともしがたい。異常な数の男爵令嬢達は全て彼女達の回し者であった。
なので、ゲームエンディングの後、側近候補達も無事では済まない。正義を気取っているが、そもそも彼等のした事は浮気である。婚約者達に仕掛けられたハニートラップの被害者だが、貴族社会としては引っ掛かる方が悪いし、そもそも次期王太子妃に想いを捧げたのはハニートラップに引っ掛かった訳でもない。廃嫡待ったなしである。
それから婚約者を奪われた令嬢達も傷物となった事は否定出来ない。男尊女卑な貴族社会では、浮気される女に非があると見做すパターンも珍しくない。彼女達は全員修道院行きだ。しかし一矢を報いた彼女達は晴れ晴れとした表情でーー家に迷惑掛けた事だけは頭を下げたもののーー、住み慣れた屋敷から旅立った。
ウーワキは同じ派閥の者達によって、今まで黙認されていた家の違法行為を訴えられ、国賊となり家族と共に毒杯を賜った。
男爵令嬢達は役割を終えると速やかに姿を消した。彼女達は各家で抱える影である。その大量の影達に偽りの身分を与えて、学園に送り込むには第一王子、即ち国の協力が必要不可欠であった。王家と4つの家で話し合いが行われた際、問題となったのは嫁いだウーワキの、侯爵家をバックアップに付けた託卵行為の可能性であり、王家の協力を取り付けるのは難しくなかったのだ。
故に結果として、最も優秀な影が王家の目に止まったのもある意味、順当であったかもしれない。
王家に見初められた影は、偽りの身分を利用したシンデレラガールとして、大衆を味方に付けた王妃となる。が、暗部を担う影が王妃に付いた事で、後に宮廷では暗殺が極当然の事として横行する様になり、遠くない未来、国は衰退して行く事になる。
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