開闢の辞
七百年前のこと。
天使の知識と力を得た人類は絶頂期に達し、暗黒界第二層までの占拠に成功した。
英雄を遥かに上回る力を持った「超英雄」たちが魔族を薙ぎ払っていたのもこの頃である。
天界と地上の間には七つの門が常に開かれ、人波の合間を巨大な天使たちがさも当然のように闊歩し、人類の聖人たちは天界を訪れ神々に直接拝謁していたという。
だが、たった一人の悪魔によって、この膨大な戦力差は覆されることになる。
その名は、タルペイシ。
人は彼を「魔界鍛冶タルペイシ」と呼ぶ。
竜族の鱗と爪を使った武具製作技法を数十年の放浪のすえ人間から盗んだタルペイシは、その技術を当時最強の生物に転用した。
すなわち、人族の「超英雄」である。
タルペイシは数多くの英雄武具を作りあげた。それは「英雄」のための「武具」ではない。英雄の「骨」と「皮」から作り出した猛悪な武器と防具である。
高位の司祭の皮を削いで作られた病的に白いローブは神々の力を退け、炎使いの骨から作られた短剣は切り裂いたもの全てを焼き尽くしたという。
タルペイシ武具を身に纏った魔族は暗黒界から人類を追い立て、大挙して地表に繰り出した。
彼ら魔族の狙いは地上に降りた天使の「骨」と「皮」であった。
天使が暗黒界に降りられぬのと同様に、魔族もまた天界に侵入することはできない。しかし、天使の骨と皮によって造られた『天使防具』さえあれば、魔族は天界に侵入することができるのだ。
彼ら魔族の究極の目的は、天使たちが仕える「神々」の抹殺なのである!
魔族の狙いが明らかになると同時に、いずことも知れぬ高みから神々しいトランペットの音色が三度鳴り響き、天使たちは七つの扉へと向かう。
迫りくる魔族から逃げ惑う人々も天界への門へ殺到していった。
だが、最後の天使が門をくぐり抜け、四度目のトランペットが世界中に鳴り響いたとき……。
力なき避難民をひき潰しながら、七つあった天国への門は轟音と共に全て閉ざされた。
たちまち世界は怨嗟の声に満ち溢れたという。
これが我々の用いる暦、天閉暦てんぺいれきの始まりである。
目の前で天界への扉が閉ざされた避難民の後ろから、目標を失って怒り狂った魔族たちが襲い掛かった。
大量の殺戮により、河は血に塗れ、地は力なき民の遺骸で埋め尽くされたという。
だが、魔族は英雄の消滅と共に消え去った。
虐殺によって人間の数が減り、それに伴って英雄の数が減ると、魔族は自らの邪悪さから互いの英雄武具を奪い合うようになり、疲弊して再び暗黒界へと舞い戻ったのだ。
かくして、絶滅の危機に瀕した人類であったが、七百年かけて文明を取り戻しつつある。
その一角が、ここ大聖都「ブリアーボ」なのだ。
人類の為にたった一人天界へと逃げず地上へ残った小さき精霊、「赤き土塊」は七百年ののちに偉大なる大地の女神となり、小さな社が一つあるだけだった聖地「ブリアーボ」はいつしか巨大な都市となった。この広大な聖都が最初は森に囲まれた小さな社であったなどと、誰が信じるであろうか?
だが、人族の復興と共に再びタルペイシの名が囁かれはじめている。
英雄と呼ばれつつある人々の失踪が相次いでいるのだ。
これは、暗い時代の始まりである。
「我々人族は、絶対に英雄を生み出してはならない」
人間は、英雄を求める。
だが、英雄の存在こそが人類を破滅に導くのだ。
このため、私は警鐘を鳴らすべくタルペイシについての物語を記すことにした。
残念ながら天が閉ざされた当時のことについて記された資料は、あまりにも少ない。
今我々の手元にあるのは、生き残った人々を導いていた将軍「辺境伯ティンカーノット」に関する口伝と、このブリアーボで見つかったわずかばかりの巻物の切れ端である。
これだけでは少ないので、我々は別のアプローチをとった。
相手側……すなわち魔族からの直接的な聞き取りである。彼らの寿命は我々よりかなり長く、周到な準備と適切な生贄によって、我々は召喚した魔族から数多くの陰惨で、しかし興味深い証言を聞くことができた。
彼らの言うことが全て真実ではないにせよ、貴重な証言であることは確かである。
私はその記録を元にこの書を編むことができた。報告書ではなく小説の形をとっているのは、読者への読みやすさを考えてのことである。「報告書」と違って、「小説」ならば数多くの人々に読んでもらえるだろうと考えたのだ。
願わくば、この書によって一人でも英雄を目指す愚か者が消え失せることを祈る。
天閉歴700年
大聖都ブリアーボにて 灰白のディエン・ガル記す。




