ワタシはダレ?ココはドコ?
そよ風に髪を揺らされ、失った意識が浮上していくのを感じる。
腕や足に草の感触を感じながら起きたばかりでぼやけている目を擦り、再び目を開けるとそこに映っていたのは視界いっぱいの青い空だった。
雲一つない快晴にもう一度眠気が襲ってくる......
「はぁ!?」
ことはなく、今の状況のおかしさに気づき飛び起きた。なんで俺はこんなところにいるんだ!?周囲を見渡すも見えるのは木、木、木。完全に森の中としか思えない。
俺は階段から落ちたはず.....いるとしても病院のはずなのに!まさかここが死後の世界?
そう思い自分の頬を思い切りつねるも、あまりの痛みにそれを後悔する。
痛いってことはまさか俺、本当に森の中にいるのか?なんで?どうやって?そんな疑問が頭を埋め尽くす。階段から落ちたのだから怪我をしているはずだと後頭部を触るも、怪我のあとは愚か手には血すら付いていない。
「どういうことだよ.......」
本当にわけが分からない。怪我もしていないしこんな場所には来たこともないのだ。誘拐?いや、こんな森に放置してどうする?なにより手も足も縛られていないのだからいつでも逃げ出せてしまう。こんな杜撰な誘拐は無いだろう。
.......落ち着け、どれだけ焦ってもこの状況は変わらない。今考えるべきはなぜか、ではなくどうするか、だ。
取り敢えずここから移動しよう。立ち上がると視線が低いように感じたが、気のせいだと思いそのまま歩みを進める。少し森を歩くと小川が流れているのを見つけた。
森にいることへの驚きで感じていなかったが、喉が乾いていたので水を飲むことに。
そのために川を覗き込むと、そこに写っていたのは俺とは似ても似つかない見知らぬ誰かの顔だった。
「なっ!?なんだよこれ.....!」
灰色の髪に青い目。汚いような灰色ではなく、むしろ美しいとさえ感じる。目の色もまるでサファイアのようだ。
それに加えてとてつもなく整った顔。何度見ても俺とはまったく違う。俺は黒髪黒目のイケメンでも不細工でもないフツメンだったはずだ!
ゆえに若返ったなんてこともありえない。俺は生粋の日本生まれ日本育ちの日本人だ。
しかし、喋っているときの口の動きも俺と連動している。
「俺の顔どうしちまったんだよ!」
もとの顔が良かったわけではないが、急にイケメンになっても困る。
というか一番問題なのは顔が変わっていることではない。その顔がどう見ても子供のそれにしか見えないということだ。せいぜい12、3歳といったところか。少なくとも俺のようなアラサーの顔ではない。
さっに視線が低かったのも気のせいではなかったということになる。
子供の身体になってるなんて某探偵アニメを想像したが、俺は怪しい薬なんて飲んでいない。意識を失っている間に飲まされていたかもしれないが。
自分の容姿が完全に子供であることを確認し、落ち込んでいると先程見ていた夢がふと頭をよぎる。
「異世界......ってまさかな!」
笑い飛ばしたが、俺の視覚が、聴覚が、触覚が五感全てがこれが現実であることを俺に嫌というほど教えてくる。
「マジかよ......でもなんで俺が?」
そう、だとしても理由がない。あの四人組には世界を救うという高尚な目的を機に異世界に行った。だが俺は?俺はなんの説明も受けていない、ていうか生死の境を彷徨っていた。
そんな俺の思考に一つの仮説が浮かび上がる。彼らは恐らく「召喚」された。俺はまさかー
「巻き込まれ転生ってか!?流行んねえよ今時!」
思いの丈を叫ぶが、これで状況が変わるわけもない。転生というにはいくつかおかしな点がある。
俺は紳士なので数々のラノベを読破してきた。会社の昼休憩ではネット小説を、家では帰り道に買った書籍を、それはまあかなりの数読んだと思う。
その中で転生物といえば、基本的には赤子の頃から意識が宿るのではなかっただろうか。一つはそれだ。少年の頃に記憶が蘇るケースもあるにはあるが、俺にはもう一つの記憶が......なんて現代では厨二病扱いされそうな設定はー
「つっ!」
ズキリとこめかみに痛みが走る。すぐに痛み自体は治ったが、少し違和感を感じる。なんだ?異世界にも偏頭痛はあるのか?
よく分からないが、取り敢えず次に行こう。
二つ目は場所。転生だった場合、女神さまにも認知されていなかった俺がこんな森の中に転生するなんてどうかしてる。何もないところから人が生まれるはずがない。ここは魔法が存在する世界なので、魔法によって生成されたというのもあり得るが創り出した人間がいないので恐らく違うだろう。
まあこの解釈もここが異世界だとした上での仮説に過ぎない。もしかしたらここはまだ異世界のような現実世界かもしれないのだ。
そう考えると俺はあちらの世界ではもう死んだことになっているのか?死体は誰が発見したのだろうか.....大家さんだったら申し訳ないな。あの人は大家の鏡のような人だったからな。新卒の頃食費が無かった時にどれだけ良くして貰ったか......あ、やべ涙出てきた。
そうだ、妹のためにも異世界なんかに転生している場合じゃあない。
「いいや、まだだ.....まだそうと決まったわけじゃない!」
異世界だということを否定する材料を探すため、俺はまた森を彷徨い始める。しかし歩けど歩けど見えるのは木ばかり。それどころかおよそ地球では見ることのできないであろう植物まで生えている始末。
地球に人間大のチューリップがあってたまるか!そんなもんあったらニュースになってるわ!
更には遠吠えのような鳴き声まで聞こえてきた。
森の中にいるというのに、獣の類がいることを念頭においていなかった。さっき大声を出したのは不味かったかもしれない。もしここが本当に異世界なら、女神の言っていたような「魔物」と呼ばれる存在がここにもいる可能性があった。
途端にこの森が恐ろしい場所に見えて、周囲を二度見してしまう。
魔物なんていう得体の知れない存在に食い殺されるなんてゴメンだ。もっと慎重な行動を心掛けよう。
そう決心したものの、見るもの全てが地球に無いものばかりで心が折れかける。すると突然視界が明るくなるのを感じる。
どうやらフラフラ歩いていたところ、森の開けたところに出たようだ。
「つっっ!?」
その時、俺は本能的に恐怖を抱いた。何かされたわけではない。ただそこにいただけだ。
そこには、漆黒の竜が存在していた。森の中に突っ伏しているのは巨大な竜だ。
直径五十メートルはあるであろう広場の中にそれは鎮座している。
漆黒の鱗に、長く鋭利な爪と牙。そんな物がいるはずがないと思っていても発せられるオーラは作り物や偽物ではない、本物の竜だ。そうでなければありえないほどの圧迫感。生物としての強者がそこには存在していた。あまりに大きな気配に、息苦しいような気もする。襲われたら即死だ。やばい、速く逃げねばー
.........?
違和感を感じて立ち止まる。それだけではなく歩いて竜に近寄り、側にしゃがみ込む。少し触れただけで分かる。何か理由や根拠があるわけではない、感覚で解るんだ。
「やっぱりこの竜..........死んでる?」
そう、この竜はすでに息絶えている。こうして近くで見てみれば、呼吸はしていないしありとあらゆる生命活動が確認できない。
死んでいてもあの存在感.......これが本物の竜か。まさに化物、いや魔物か。こんなのがこの世界にはわんさかいるってのか?生きていける気がしねぇ....。コイツがいる時点でここが異世界ってことはほぼ確定。問題はここが何処かってところか?あと食料と飲水。
異世界である可能性を考慮していたからかあまりショックは受けないが、俺はあちらでは死んだのかが気にかかる。
それを考える前に、俺は竜の死体に強く興味を惹かれた。どういった構造をしているのか、などという無粋な興味ではなく純粋に死体というところに堪らなく惹かれている。
近づくとそれが如実に分かる。なんて美しい死体なんだろうか。雨風に晒されたはずなのに一部の損傷も欠損も見られず、まるで生きているかのようなリアリティがある。
っ!?俺は今何を考えていた?こんな死体愛好家のような趣味は俺には無かったのに!
むしろ死体なんてのは敬遠されて然るべきだろ!事実俺だってその一人だ!
それでも竜に対する興味は尽きない。その背中付近に手をつき、俺は自然とこう呟いた。
「死霊契約」
自分でもなんでこんな言葉が出たのかは分からない。だが少なくとも俺の意思ではなく、無意識のうちの言葉ということは理解できた。
突然視界が傾く。目眩がしてよろめき、地面に手をついた。身体に力が入らない、立っていることすらも出来ない。極め付けは苦しいほどの気持ち悪さだ。
それら全てを感じながら、俺の意識は闇に呑まれていった。
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