ツンデレ大魔王は遠慮します③
「なによ……この生意気な町娘。こんな奴がここまで1人でこれるわけないし、セディアが連れ込んだの?」
完全に紫色に変色した瞳は、下物を蔑むようにセディアを見下している。
ラナドゥーラは怒りの限界に達すると、第2形態と呼ばれる戦闘フォルムにチェンジするのだ。
その姿になったが最後。
広範囲の爆発魔法を無限に連続詠唱し、辺り一面を焼け野原に変える。
【地獄炎】と呼ばれるラナドゥーラ専用エクストスキルは、今にも解き放たれる寸前であった。
正直、そのスキルでセディアが負傷することはないが、それでも大聖堂を破壊されるのは困る。
あと十数時間もすればいつものようにスアルブの時間が動きだす。
その時に大聖堂が壊れていては、バグとして運営に通報され、最悪は人工知能による大規模調査が始まってしまうのだ。
そんなことが起きれば、セディアは報告書と対策書の制作で3日は寝ずに働くはめになる。
くだらない理由で衰弱し、プレイヤーに負けたとあっては死んでも悔やみきれないだろう。
「連れ込んでねーよ! コイツが勝手に空間転送魔法で来ただけだ」
事の経緯を教えるべく、空間転送されてきたところから説明を始める。
しかし、信憑性に欠ける話を、今のラナドゥーラが信じるはずはない。
「空間転送魔法? なにつまらない言い訳してるの? 転送の目標物もないのに、どうやって転送したっていうのよ!!」
そんなことを言われてもと、セディアは肩を落とす。
何から説明すれば良いのか困っていると、油に火をぶちまける勢いでルナが参戦した。
「伺いたいのですが。私が旦那様と婚約していたら、なにかマズイのでしょうか? 大魔王さんは旦那様の彼女かなにかです?」
「か、か、か、彼女なんかじゃないわよ!」
露骨に嫉妬心を撒き散らすくせに、ラナドゥーラは彼女かと問われると、恥ずかしさに言葉を濁らせる。
そこに目を光らせたルナは、ニヤリと笑みを浮かべて勝ちを確信した。
「あら? だったら何も問題ないですわね。私は、旦那様に全てを注ぐと誓ったのです。あなたが入る隙間などありはしません」
どちらが魔王なのか。
ルナの容赦ない攻めに、ラナドゥーラは突破口を見つけることができない。
あまりの悔しさに、大魔王の瞳には涙が押し寄せていた。
「なんなのよセディアのバカァ!! こんな女にニヤニヤしてるの?! 私のこと滅茶苦茶にしたくせに?! この変態セディア!」
「ま、紛らわしい言い方をするな! 俺が実装された時に、お前が勝手に突っかかってきて返り討ちにされただけだろ!」
両手に作り出した【地獄炎】を擦り合わせると、上位互換スキル【閻獄炎】へと昇格させる。
小さな太陽かと錯覚するほどの炎球によって、周囲の温度は爆発的に上昇した。
「だいたい、名前がルナですって? なんでラナに被せてきてるのよ! 信じられない! もう全員殺してやるんだから!!」
セディアが咄嗟にラナドゥーラの手を掴むと、閻獄炎を相殺するように氷属性の魔力をぶつける。
強大なセディアの魔力によって閻獄炎を鎮静すると、ラナドゥーラはついに泣き声をあげながら涙を流した。
「やめろっていっただろ」
「なんなのよ! セディアのバカァー」
子供のように泣きじゃくる姿に、ルナは呆れ顔で質問をした。
「そんなぶっきらぼうになって。そもそも、大魔王さんは旦那様のどこが好きなのでして?」
「はぁ? す、す、す、好きなんて言ってないしぃ!」
自分の心をはぐらかしてばかりで、好きな相手の長所も言えない。
それならばと、ルナは胸をはって堂々と自身の気持ちを主張する。
「旦那様は、強いし、カッコいいし、サバサバしてるし、命を助けてくれた(転びかけたのを抱き寄せただけ)し。ルナすぐに運命を感じましたわ」
小刀片手に殺そうとした相手に運命を感じた。
なんとも憐れな感性だなと、セディアは突っ込みたかったが、そんなことを言ってもルナの天然には響かないと確信していた。
「別に……私にはそんな大袈裟な理由なんて、ない」
ラナドゥーラは翼を体の中に戻すと、瞳を朱色に戻して俯いた。
「セディアは…………孤独な私を救ってくれた。す……好きになる理由なんて、それだけで……十分よ」
ボソッと呟いたラナドゥーラの想い。
その言葉にはルナのような堂々とした自信こそないものの、確かな恋心がつまっている。
ラナドゥーラの言葉はルナの心に響いたのか、彼女は口を軽く開けたまま、呆然とその姿に見惚れていた。
「おい、もうやめとけよ。お前らが争うなんておかしいだろ。ていうか、俺の気持ちは考えないのかよ」
セディアが仲裁に入るが、その必要はなかったようだ。
ルナが頭を下げると、先程までの憎たらしい笑みをやめて真剣な面貌で謝罪した。
「ごめんなさい。ちょっと意地悪が過ぎたみたいです。私、あなたがいい加減な気持ちで旦那様に近寄ってるだけかと勘違いしていました。今の言葉、それだけであなたの愛の深さが分かりました」
ラナドゥーラに握手を求めるように手を差し向ける。
そんなルナの変化に、ラナドゥーラもまた呆然と見惚れていた。
「わ、私は別に、あなたと仲良くなりたいなんて思ってないわよ」
「ふふ、別に構いませんよ。良きライバルとして、旦那様のお役にたちましょう」
握手を交わす2人。
何故だか納得しあったように頷いているが、セディアには何ひとつ理解できない。
それなのに、ルナはとんでもない提案をラナドゥーラに持ちかけた。
「いっそのこと、3人で一緒に住んじゃいましょうよ!」
「おい!! 何を勝手な!!」
流石の無理難題な提案に、ラナドゥーラも困ったように首を傾げる。
ルナはともかく、ラナドゥーラが持ち場からいなくなるのは、ゲーム的に大問題であるからだ。
「いい案があるのですよ! 今は閉鎖されたスアルブの体験版から、私とラナの複製体を連れてこれば良いのです! そうすれば、オリジナルの私達がここにいても問題ありません!」
すでに仲良くなったつもりか、ルナは気安くラナと呼び始める。
そんな強引さにラナドゥーラはタジタジで、ペースは完全にルナが握っていた。
「し、仕方ないわね。それができるなら、一緒に住んであげるわよ」
「だから! 俺の意見は?!」
いとも簡単に難題を攻略すると、ルナとラナドゥーラは笑顔で家の物色を始めようと意気投合。
この2人が揃うと、最強の裏ボスだろうがその意見を貫くことは不可能のようだ。
「分かったよ! 俺の意見を聞かないなら、せめて俺の複製体も連れてきてくれよ。そうすれば俺もスローライフを手に入れられる」
同棲を回避できないのならば、せめて複製体を。
その微かな願いは断ち切るように、ラナドゥーラは冷たく言い放った。
「何いってるのよセディア。あなた、体験版の時は存在してないじゃないの」
「がぁ……」
言われて気づく現実。
だったら俺は何のメリットもないじゃないかと、セディアは大地に倒れ込んだ。
ネクストチャレンジャー【廃人グルベルト】