ツンデレ大魔王は遠慮します②
「毎週、毎週。お前はここにくる以外にやることはないのか?」
「なによ! ラナがわざわざ来たのよ? もっと頭を垂れて喜びなさいよ!」
スアルブ最強……だったボス。
『大魔王ラナドゥーラ』
彼女はスアルブのメインストーリー上で、破滅の悪魔と呼ばれていた。
機嫌が悪くなるだけで街1つ消し飛ばす大災害を引き起こし、気に入らない者は片っ端から皆殺し。
そんな大それた設定を持つ彼女は、メインストーリーのラスボスだ。
「来る度に配置した魔獣は跡形もなく殲滅するし、その勢いで建物は半壊するし。毎回修繕する俺の身にもなれよ!」
「な、なによ! NPCに襲いかかる設定の魔獣なんて作るからいけないんでしょ! 私は悪くないんだから!」
毎週水曜日。
大聖堂に響く2人の喧嘩声は、もはや恒例行事になっていた。
なぜそこまでしてラナドゥーラがセディアの元にやってくるのか。
その理由はとても簡単なものである。
「ほんとにお前は。それで、今日は何しに来たんだよ?」
「ど、どうせ暇してるんでしょ? わ、私が、デ、デ、デデ、デェートゥの誘いにき、き、来たのよ! 感謝の土下座でもしなさいよ!」
歯切れの悪い滑舌で、顔を赤く染めながらデェートゥの誘い。
そう、ツンデレ大魔王ラナドゥーラは、セディアが好き過ぎてご乱心なのだ。
「暇だぁ? 暇なわけねぇーだろ! 毎週水曜日は大聖堂の修繕工事で忙しいんだよ! ただでさえ最近は挑戦者が多くて大変なのに、余計な建物まで壊しやがって!」
「寝癖が跳ねてるくせに、私のお誘いを断るわけ?! 生意気なセディアね!」
毎度決まったように強引なお誘いから始まり、その誘いに答えたが最後。
水曜日が終わる直前まであちらこちらへと連れ回される。
スアルブ内では超有名人なラスボスと裏ボスが並んで歩くのだ。
周りのNPCはサインを求めて話かけ、しまいには握手や写真やら。
バタバタ騒がしいのが大嫌いなセディアにとって、それはまさに拷問に等しい苦痛であった。
「だから、最近は特に忙しいんだよ! だいたい、お前がすぐ負けるから俺のとこに挑戦者がくるんだぞ!」
「仕方ないじゃない! 私だって始めは超強いってチヤホヤされてたけど、最近はプレイヤーが強すぎるのよ! そもそもプレイヤーなんてね、運営のさじ加減でいくらでもインフレできるのよ?! いつまでも勝ち続けるなんて初めから無理なの!」
スアルブが始まった当時は、ラナドゥーラも立派なラスボスとしての威厳があった。
しかし裂傷攻撃に弱いことが判明してからは、攻略のラクなボスランキング上位に名前が載るようになった。
今となっては、古株プレイヤーが初心者プレイヤーに「まずはラナドゥーラ倒してこい。スアルブをやり込むのはそこがスタートライン」っと言われるほど、悲しい立場に成り下がったのだ。
だがそこに恥じなどない。
ラナドゥーラは最強にこだわりがないため、プレイヤーからなんと言われても、気にも止めていない。
「ラスボスってのはね、プレイヤーに倒されるために作られた偽りの最強なのよ! 私が負けてあげなかったら、みんなスアルブやめちゃうじゃない。もっと私に感謝しなさい!」
「なにを自信満々で情けないこといってるんだよ。お前が防具屋のオッサンに、大魔王様? 裂傷耐性の防具はいりませんか? ってニヤニヤしながら聞かれたのに腹立てて、防具屋ごと消し飛ばしたの知ってるんだぞ」
最近はラナドゥーラをからかう輩も増えてきたが、基本的にそれは危険な行為だ。
いくらプレイヤーが強くなったといえ、彼女は紛れもない大魔王。
様々な魔族の王をまとめあげる、れっきとした大王なのである。
いくら見た目が綺麗な女性だからといって、お調子心でからかえば天罰が下るのだ。
「そっ、それはアイツが悪いのよ! だいたい私が消し飛ばしたって、あのオヤジはすぐ生き返るじゃない!」
そんな彼女が唯一心を許す相手。
それが、最強の化身セディアなのだ。
「……それに、私だってあなたのために頑張ってるもん」
自信無さげに俯き、自らの本音を溢す。
どれだけ馬鹿にされ、どれだけプレイヤーに倒されても、彼女はラスボスの立場を譲ることはしない。
その理由は、セディアのためであった。
「ん? なにボソボソ喋ってるんだよ」
「な、何でもないわよ! そ、それより、さっさとご飯食べに行くわよ!」
顔を赤くして羞恥心をむき出す姿は、純粋な1人の女の子だ。
素直にしていれば可愛いことはセディアも把握している。
口喧嘩は絶えないが、積極的に自分と向き合おうとするラナドゥーラを嫌いなはずがなかった。
喧嘩も少し落ち着き、やれやれと息をついていたセディアであった。
しかし、ガタッと玄関の扉が開いたことで事態は急展開をむかえる。
「旦那様。だいぶ騒がしいですが、大丈夫ですか?」
「あっ、バカ! 出てくるなって言っただろ!」
散々待たされているルナが、痺れを切らせて玄関から姿を表した。
その姿はボタンを外したことによって胸元がはだけ、ベッドに寝そべったことで髪は淫らに乱れている。
「………………セディア? ダレ……コイツ?」
「いや、待て待て。変な勘違いするなよ?」
ラナドゥーラの覇気が瞬く間に膨れ上がっていく。
先程まで綺麗な朱色をしていた瞳は、不気味な赤紫に変化を始めた。
「あら。誰かと思えば、大魔王ラナドゥーラじゃないですか。『旦那様』に用事でして?」
「ちょ、ルナも止めてくれ。ラナドゥーラにそんな冗談は……」
さっそく状況を理解をしたのか。
ルナは不適な笑みを浮かべると、旦那様といった部分を強調しながら強気で質問した。
「…………はぁ? なにこのメス豚? てか、旦那様ってなに?」
セディアの会話を遮るように、ラナドゥーラが戦闘モードへ突入。
背中から禍々しい翼を生やすと、両手に燃えたぎる球体を作り出してセディアの返答を待った。
「あら、知らなかったのですか? セディア様は私と婚約していますの。今もベッドで熱い抱擁をしてましたのよ?」
「だから! 違うって……」
大魔王ラナドゥーラが全力を出す時、世界は怒りに震える。
そう、まさに今、クレシレア大聖堂が激震していた。
「……セディア? あなたとこのメス豚を、私の【地獄炎】で炭火焼きにしても構わないわね?」
ネクストイベント【超絶修羅場】