状態異常は遠慮します
「流石に普通じゃ勝てないな。どうする……効くとは思わないが、エクストスキルを使ってみるか?」
「…………(でた。こいつ、攻略勢だ)」
大手ゲーム攻略サイトには、常に最新のスアルブ事情が更新されている。
それはそうだろう、世界一のシェアを誇る超大ヒットゲームだ。
世界中が数多の情報を求めてそこへアクセスする。
広告料で利益を出すサイト運営としては、そんな金のなる木を維持するためなら、どんな苦労も惜しまない。
現在、なによりも世界に求められている情報が『セディア攻略法』。
完全無欠のセディア攻略情報は、今やダイヤモンドよりも価値の高いものだ。
一攫千金を狙う攻略勢は珍しくもないが、セディアはそんな奴らが大嫌いである。
その殆どが、負けることを前提でむちゃくな立ち回りをするからだ。
「喰らえ! エクストスキル『霧森の死魔』!!」
本日もっともセディアを苦しめた挑戦者は、大賢者オーレッタである。
彼が使ったエクストスキルとは、魔王族のみが使用可能な超上位スキルだ。
魔王族のみが使用可能とは言ったが、ラスボスを攻略した者には使用権限が解放される。
その恐ろしさは対人戦のバランスを壊すレベルなため、アリーナでは使用禁止にされるほどのものだ。
瞬く間に赤黒い霧が大聖堂を覆うと、絶望がセディアに牙を向ける。
(なぁにが死魔だよ。お前賢者だろ? エクストスキルを使う賢者とか、それすなわち賢者と言わねぇんだよ)
セディアは迷惑そうに鼻を摘まみ、手をパタパタと扇いで霧を吸わないように気をつけた。
この赤黒い霧を一呼吸すれば、瞬く間に全身へ劇毒が侵食し、穴という穴から血を噴き出して死にいたるだろう。
そんな恐ろしいエクストスキルを放ったオーレッタであったが、平気な顔で立つセディアを前に舌打ちをした。
「チッ……やっぱり裏ボスに毒は効かねぇか? 状態異常系のスキルは雑魚相手なら役に立つが、ボスは平気で無効化してきやがる。理不尽な話だぜ」
赤黒い霧はオーレッタにも影響をおよぼす。
使用者は事前に毒耐性アクセサリーを装備して対策をするが、エクストスキルである霧森の死魔は、毒耐性を100パーセントにしてもそれを上回るのだ。
「エクストスキルの魔力消費は激しい。それにこの毒は俺の体も侵食する諸刃のスキル。だが……セディアを相手にして、ここまで徹底的に毒を試した奴はまだいないだろう。俺がこの毒でセディアを攻略してみせる!」
オーレッタは口から微妙の血を垂らして膝を揺らすも、己の魔力に集中して霧の持続を続ける。
その無謀ともいえる立ち回りに、セディアは眉間にシワを寄せながら苛立っていた。
(あ~……まじで勘弁してほしいわ)
ラスボスや裏ボスなどの強敵に、状態異常や強力なデバフ効果は効かないのがゲームの相場だ。
だがプレイヤーの知らない事実がそこにはある。
(毒が効かない? はぁ? 毒って滅茶苦茶ヤバいんだぞ?)
殆どの強ボスは状態異常が効かないのではなく、殆どはそれらをやせ我慢しているだけなのだ。
(俺のHPが規格外だから平然を保てるけど、普通は悲鳴もんだぞ? 全身にありえない激痛が走り続けるんだぞ? どれだけ酷いスキル使ってるか分かってんのお前??)
表には出さないが、ピリピリと手足は痺れ、胸焼けしたような気だるさがセディアに襲いかかっていた。
勢いよく槍を突き立てても、蚊に刺された程度の軽症。
そんな強靭な耐久力を持つセディアにとって、その不快感は大ダメージといえる。
「毒なんて無駄だ。そろそろ、やめとけよ」
「ふん! やめるかは俺が決めることよ!」
止めるように促すが、そんなことはお構い無しとオーレッタは魔力を高めた。
(だから攻略勢は嫌なんだよ。お前達プレイヤーはいいよな。戦闘で発生した痛覚は1000分の1まで抑えられているから、この毒でもたいして痛くないんだろ?)
セディアの経験上ではあるが、鬼畜な状態異常スキルで攻めてくる奴らの殆どが、性格のネジ曲がった根暗だ。
現実では酷いコミュ障なくせに、ネット世界では我先に情報を拡散したがる異端者である。
(この前もラスボスのラナドゥーラ泣いてたよ? 裂傷攻撃にちょっと怯んだら、そこからは挑んでくる相手全員が裂傷攻撃を使うって)
そんな奴が相手の時、セディアは決まって使うスキルがあった。
「感覚共有」
自らに襲いかかる痛覚を全てオーレッタと共有する。
劇毒でも耐えることができるのは、あくまで膨大なHPを有するセディアだからだ。
普通のプレイヤーがその激痛を等倍で感じるとどうなるか。
説明するまでもないだろう。
「はぁがぁ……ぁがが……あじゃぱぁアぁー!!」
オーレッタは穴という穴から血を噴き出して、瞬く間に絶命した。
白目を剥いて痙攣するオーレッタを前に、ちょっとやり過ぎたかとセディアは顔を青くする。
「まぁ、自業自得ということで……」
状態異常などで意地悪する時、今一度考えたほうがよい。
もしも自分が受ける側になったらどうなるか。
それを考えることができなければ、セディアに勝つのは夢のまた夢だ。
「今日の挑戦者は時間的にこれで終わりだな。さて……明日は水曜日か。気が重いな……」
柱時計に目を向けると、針は間もなく0時を迎えようとしていた。
明日は現実世界の水曜日。
毎週水曜日は、セディアが最も疲れる1日なのだ。
ネクストチャレンジャー【大魔王ラナドゥーラ】