勘違い少女は遠慮します
普通のMMORPGではサーバーの安定性を高めるため、複数のチャンネルを用意し、毎回ランダムにユーザーを割り振るのが一般的。
分かりやすく簡潔に説明しよう。
サーバーを世界と例えるなら、チャンネルが国。
サーバーを家と例えるなら、チャンネルがそれぞれの部屋だ。
サーバーに人が集まりすぎると、様々な負荷が大きくなってエラーやバグを引き起こす原因となる。
それらを分担し、サーバーへの負荷を減らす役割がチャンネルにはあるのだ。
スアルブもそれは例外ではない。
それぞれのチャンネルにセディアは存在するため、討伐戦は同チャンネルにいる他者が挑戦中でなければ、基本的に24時間いつでも挑戦可能だ。
しかしその殆どが複製体であり、完全オリジナルはとある日本チャンネルにのみ存在する。
複製体といっても、強さ、性格、挙動、その全てがオリジナルと同一だ。
オリジナルが複製体と違う部分は、プレイヤーだった頃の記憶があるという点だろう。
そして今日のオリジナルセディアへの挑戦者には、明らかに異質な者が紛れていた。
「父の仇、とらせてもらいます!」
小刀を片手に構えた青髪の少女がセディアと対面。
まだ10代後半とも伺える艶のある肌は怒りに震え、苛立ちを抑え込むように歯を軋ませている。
何がそこまで彼女を駆り立てるのか、そんなことはセディアにとってどうでもよかった。
「……おい。お前、NPCだよな?」
NPCとは、ノンプレイヤーキャラクターの略。
そう、彼女はスアルブをプレイするユーザーではなく、スアルブ内のゲームキャラクターであったのだ。
「それがどうしたの? NPCだったらボスに戦いを挑んじゃダメなのですか?!」
「い、いや。ダメかどうかでいえばダメだろ! お前、ただの町娘Aとかそんな立ち位置だろ? そんなのが急に小刀1つで俺に立ち向かうって、ストーリーに書いてないだろ!」
NPCにはマニュアルが用意されている。
スアルブでの役割、自分自身のキャラクター設定が、そのマニュアルには細かく書かれているのだ。
「そうですよ! そのマニュアルに、あなたが私の父を殺したって書いてあるの! プレイヤーに話かけられたら、泣きながらそれについて受け答えしろって……もぉー何千回、何万回と同じやりとりしたか分かっていますか?!」
半ば強引ともいえる難癖だ。
父の仇というのは、あくまでゲーム上での設定。
実際はゲーム内でNPC同士の殺し合いなど存在しない。
「いや、だから。俺はお前の父親なんて殺していない。そういった設定なだけで、そもそもお前に父親は存在してないだろ?」
無数のプレイヤーそれぞれにストーリー進行度が存在する。
プレイヤーごとの矛盾を回避するため、村人は勿論、ボスや雑魚敵を含むすべての死んだNPCは、何事もなかったようにこっそりと復活するのだ。
その仕様を考えれば、彼女の父親がセディアに殺されるといった事実はありえない。
そもそも、運営に作られたNPCに親といった概念がおかしな話なのである。
「無責任な言い訳しないで! おかげさまでね……私はプレイヤーから、いつも泣いている面倒臭そうな女って噂されて、未だに恋人1人できたことないんだから!」
肝心な本音が溢れる。
未だに恋人ができたことがない。
それがセディアに刃を向ける1番の理由だろう。
「ちょ、ちょっと待てよ! お前のステータスを透視したが、備考欄にはプレイヤーアンケートで可愛い町娘ランキング1位って書いてあるぞ」
セディアにしか使えない能力『程序支配』を使用し、女性のステータスを空中に投影する。
そこには、紛れもないプレイヤーサイドからの好評価が記載されていた。
「えっ……そうなのです……か?」
プレイヤーは自身のステータスを確認することはできるが、モブともいえる立場のNPCには、自身のステータスを確認するといった能力はない。
そのため、初めて目にする好評価に、彼女の頬は次第に赤く染まっていった。
「だいたい、どこでそんな噂を聞いたんだよ」
「聞いたというか、ネット掲示板にあの町娘は彼女にしたら面倒臭そうって……」
手にしていた小刀をぽいっと投げ捨てると、モジモジと縮こまって顔をそらす。
そんな愛くるしい行動に、セディアはため息を吐いて助言した。
「あのな? ネットの掲示板なんてのは、皆がその場のノリで書き込む場所だぞ? そんなのをいちいち気にしてたら、俺なんてとっくに情緒不安定だ」
「そ、そんな。だって私、いい感じになった人がいても、ある日急に避けられるんですよ!? 絶対にネットの評判を見られたからだと……」
セディアの住むクレシレア大聖堂は生半可な攻略難易度ではない。
呆れるしかない動機でここまでたどり着いた彼女に、セディアは困り果てて首を落とす。
「そんな話は知ったことか。だいたいここは裏ボスのダンジョンだぞ? どうやってたどり着いたのか知らねえが、こんなか弱くて可愛らしい女の子が1人で来ていい場所じゃない」
「な、なに?! こ、こ、こ、告白ですか?!」
セディアが可愛らしいと言った途端、女性は急激に頬を真っ赤に染めて慌てふためいた。
「……はぁ?」
「だって、急に可愛らしいとか。えっ……もしかして、私のことが好き……なの?」
謎の展開にセディアの目は点になる。
勘違いどころか、それは度の過ぎた誇張思考だ。
「ちょっと待て。お前、どうかしてるぞ?」
セディアは誤解を解こうと身を寄せる。
「やっ。そんな急に近寄られると……きゃっ」
「あぶねぇ!!」
赤く染まる頬を隠しながら後退した彼女は、段差につまづいて後ろに倒れこむ。
セディアは咄嗟に彼女の腕を掴むと、自身の胸元に引き寄せてその体を抱き締めた。
「はぁんっ」
「へ、変な声だすなよ……大丈夫か?」
吐息がかかるほど顔と顔が接近する2人。
そんな状況に、彼女のハートは完全に射ぬかれてしまった。
「か、か、顔がこんな近くに。こ、これが……婚約??」
「はぁあぁ??」
困惑するセディアを他所に、彼女は恥ずかしそうに目を逸らす。
再びセディアの目を見つめると、瞳を輝かせながら上目遣いで衝撃的な発言をした。
「だ、旦那様と呼ばせてください」
「………………はぁ??」
「私の名前はルナ。ルナと呼んでください、旦那様」
セディアは静かにルナを大聖堂から強制ログアウトした。
いい感じになった異性が、とある日急に避け始める。
まさにその原因を垣間見た瞬間であった。
ネクストチャレンジャー【大賢者オーレッタ】