チーターは遠慮します
「グルーガー様! まもなく闘技の大広間に到着します! ついに、ついにグルーガー様がスアルブ最強プレイヤーの称号を獲得するのですね!」
「そうだ。俺がセディアを討ち、スアルブ初の英雄王となるのだ」
神人【セディア】討伐戦。
今回の挑戦者は、対人戦ランキング上位5%に鎮座する大魔導士グルーガー。
大魔導士の称号と最上級スキル『無詠唱』を持つ彼は、絶対無敗の裏ボス【セディア】を討伐するために、部下を引き連れて巨大迷宮クレシレア大聖堂を進行していた。
──超リアル体感型ゲーム。
VRMMORPG『スアルブ』
ゲーム内で起きる様々な感覚が自身と同調し、本当にその場にいるような錯覚を与える最新ゲーム。
世界中で記録的な大ヒットを達成し、今やゲーム内で得た名誉や強さが現実世界のステータスとなるほどである。
スアルブが発売されて1年の節目。
運営から一切の事前告知もなく、超超超高難度の追加コンテンツが実装された。
ゲーム本編のストーリー上で語られる、スアルブという世界を作った女神セルディアナの化身、セディアの討伐。
サプライズ実装されたそれはあまりの高難度ゆえ、ネットの攻略サイトでスアルブのエンドコンテンツとも記載される。
そしてラスボスを倒した者にしか挑むことが許されないことから、セディアは最強の『裏ボス』とユーザーから称されていた。
コンテンツ実装から半年、いまだにセディアを倒せる者は現れない。
誰にも成しえることのない偉業。
だからこそ、今日も数多の猛者達がセディアに挑み続けていた。
「セディアを倒せた者はまだ誰もいません! グルーガー様こそがセディア討伐の先駆者に相応しいですよ!」
スアルブでは強力な攻撃魔法を使う際、必ず強さに比例した長い詠唱術が必要となる。
唯一無二の最上級スキル『無詠唱』の使い手であるグルーガーにとって、そのアドバンテージは他者と比べてとても大きなものだ。
そのため、大魔導士の称号と無詠唱はそのまま高いカリスマ性へと繋がる。
グルーガーは部下とも呼ばれる数人の信者を常に連れ、自らの強さを見せつけてはその高揚感に浸ることに快感を覚えていた。
「全く、どいつもこいつも情けない。裏ボスやら神やらなんて言われているが、所詮は人間と同じ種族だろ。魔導を極めた俺が負けるはずない」
意気揚々と杖を振るうグルーガーは、そのまま闘技の大広間までたどり着く。
そこで待っていた人物を見つけるや、大きく膨れ上がっていた自信は更に巨大なものに変化する。
「こいつがセディアだな。いざ目の前にすると、予想以上に弱そうな男だ」
グルーガーが目にした男。
真っ白な髪に銀色の瞳、お世辞にも強そうに見えないスラッとした細身の体格。
そこらにいる少しイケメンなモブとも言える風貌に、大魔導士は笑いを我慢できなかった。
「がっはっは!! こんな弱そうな奴を倒せば英雄王になれるのか? 攻略サイトでは姿の画像に戦闘力不明とだけ書いてあったが、なぜ今までの挑戦者が負けたのか理由を聞きたいわ!」
「本当ですね! グルーガー様ならこんな奴はいちころですよ!」
なんともモブらしいセリフである。
セディアはそんなプレイヤー達に嫌気がさしていた。
「なんだ……またチーターかよ。本当、くだらないやり方で強さを語る奴が増えたもんだな」
グルーガーを見るや、セディアは彼をチーターと判断した。
チーターとは、ゲームデータの違法改造、チート行為をする犯罪者達の総称である。
「おぉ? 人をチーター呼ばわりして、負けた時の言い訳にでもするのか?」
「そうだぞ! グルーガー様のような大魔導士様がチートなんぞに頼るはずがない!」
グルーガーは先手必勝と杖を翳し、セディアに向かって呪文を発動した。
「獄炎龍!!」
無詠唱から放たれた攻撃魔法は、火属性の中でも最上級魔法の1つ【獄炎龍】。
巨大な炎の塊が龍を形成し、意思を持ったように対象へ襲いかかる。
大口を開けた龍がセディアを丸呑みにしようと牙をたて、その圧倒的な迫力にグルーガーは早くも勝利を確信していた。
しかし、セディアにとってそれは無力に等しい。
「……獄炎龍王」
グルーガーの作り出した龍よりも数倍巨大な龍が、セディアの無詠唱によって形成される。
それを目の当たりにした獄炎龍は、怯えた子犬のようにひゅんっと縮こまると、そのまま静かに空へ消えていった。
「…………なぁ……にぃ、それ?」
信者達はもちろん、グルーガーも次元の違う戦闘力に鼻水を垂らしながら目を泳がせている。
獄炎龍王が睨みをきかせる中、大魔導士の化けの皮を剥がすように、セディアは追い討ちをかけた。
「程序支配」
セディアが聞いたこともない魔法をグルーガーに放つと、上空にステータスのような数値が表示される。
そこには、グルーガーの悪事がこと細かく書かれていた。
「……え? 魔力【異常】、スキル【異常】? 不正なプログラムを確認? な、なんですか……これ?」
様々なステータス値が表示される中、いくつかのステータスが赤字で異常とかかれている。
それを目の当たりにした信者達は、ぼそぼそと呟きながらグルーガーに視線を向けた。
「この赤字は意図的にプログラム変更された、いわば不正だ。分かりにくいように微妙な調整をしていたようだが、俺には全て見えているぞ」
「はへぇ?! い、いや……これは……えっ、あっ……」
顔を真っ赤に染めたグルーガーは必死に言い訳を探す。
そんな情けない姿に、信者達の熱意も急激に冷め始めていく。
「そもそも、無詠唱は生半可な鍛練で制御できる代物ではない。お前みたいな畜生プレイヤーが使いこなせるわけないんだよ」
部屋の隅にある本棚からセディアは規約書を取り出す。
そこに書いてあるデータ改造についての規約違反を話始めると、グルーガーは冷や汗を滴らせながら土下座した。
「わ、私はランキングトップ層の大魔導士で名を馳せているのです!! しし、信者たちには言って聞かせますから、BANだけわ……」
「残念だったな、俺は無法なチートを見逃したりはしない。グルーガー、貴様のアカウントは凍結する」
セディアの前で、チート行為は絶対に許されない。
「永久凍結」
永久凍結を宣言すると、グルーガーの体は一瞬で灰となる。
アカウントごと抹消され、スアルブへのログイン資格を完全に剥奪されたのだ。
それと同時に、冷めきった信者達も大聖堂からログアウトした。
挑戦者であるグルーガーが消えたので、自動的に退室となったようだ。
「……はぁ。いくら女神から害悪プレイヤーBANの権力が与えられているからって、チーターの処理をいつも俺にやらせるなよ。やっとの思いで手に入れた最強の座なのに、こんな害悪モブ相手に負けられるわけねぇしよ」
独り愚痴を吐きながらも、絶対無敗のセディアは数多の強者や無法者の相手を引き受けるだろう。
そして誰が相手になろうとも、彼は決して負けるという選択をしない。
何故なら、彼は高いプライドを持った極度の負けず嫌いだからである。
「裏ボスなんて志願しなければよかった。俺の性格にあってないんだよ。あぁ~平和なスローライフを過ごしたい」
負けず嫌いの裏ボスは、今日もスローライフを望みながら最強の座に君臨するのであった。
ネクストチャレンジャー【町娘ルナ】