多忙な日々は遠慮します
「賑やかな商店街」
「彼女と手を繋ぎ、笑顔で食べ歩きでもしながら、ゆったりと過ごす」
「家に帰ったら、趣味で育てる野菜やハーブの世話をして、ペットのドラゴンと戯れる」
「ああ……なんて」
「なんて幸せな日常なのだろう」
妄想の数だけ指を伸ばし、セディアは今日も無意味にうつつを抜かす。
異世界のスローライフ。
それは彼にとって遠い理想郷。
いや、正確には遠ざけているというべきか。
「裏ボスってさ、なんでこんなに狙われると思う? 裏っていうくらいだからさ、普段は狙われないのが普通だろ?」
「ボスにだって悩みはあるんだ。プレイヤーには分からないだろうがな」
彼の呼びかけに答える者は誰もいない。
それはそうだろう。
目の前に広がるのは、真っ赤に染まったプレイヤーの死体だけなのだ。
「ぜったい女神に騙された。もっとフワフワした感じで最強になれるって話だったじゃないか」
「いや確かに、地獄のような鍛練が始まった時点で嫌な予感したよ? 何年修行したと思う? 大雑把に言って3000年だよ?」
1人2役でも演じているのだろうか。
返事のない会話を1人呟く姿は、まさに相手のいないキャッチボールだ。
一方的に投げては返ってこないボールに、彼はうんざりしていた。
「あぁ~アホらしい。1人でボソボソと、なに喋ってるんだ」
ゲームの世界に閉じ込められてから、3000年と半年。
女神にしてやられたと気づいた時には、すでに手遅れであった。
ただ強いことに憧れていた厨二病はとっくに消え失せ、今最も望むものは老後のような平凡。
しかし、裏ボスといった立場に鎮座してしまったセディアには、その平凡が何よりも入手困難である。
考えてみてほしい。
はまったゲームで世界ランキング1位になったとしよう。
しかも、そこへたどり着くために血の滲む……いや、血が乾き果てるほどの努力をしたと過程する。
いくらそのゲームをやめようと思っても、努力で手にした圧倒的な知名度と優越感を1度覚えてしまえば、もう手放せない。
それを人間の欲は許してくれない。
セディアの場合はその数倍しんどい。
裏ボスとしての立場をやめるには、プレイヤーに敗北して、徹底的に攻略解析され、世間から雑魚ボスだと罵られる必要があるのだ。
そうすれば、運営によって新たに最強のボスが用意され、セディアの印象は次第に薄くなる。
過去の裏ボスといった不名誉な称号を手に入れれば、誰もセディアに興味が湧かない。
そうなれば夢のスローライフも目と鼻の先だ。
だが皮肉な話で、3000年も地獄の鍛練を耐えた彼に、それらを耐え抜く精神力はない。
極度の負けず嫌いになって当然だ。
彼もまた、人間なのだから。
「はぁ……考えてたらもう次の挑戦者か。毎日毎日、こっちの労働時間も考えろよ」
空中に現れる、ネクストチャレンジャーの文字。
もう何万回とその文字を見ただろうか。
「次は~なになに? 大魔導士グルーガー。なんともピンとこない名前だな。小物じゃないことを祈るか」
どうせ負けるなら誰もが認める強者に負ける。
そんな自分ルールを建前に、今日もセディアは裏ボスとして君臨する。
ネクストチャレンジャー【大魔導士グルーガー】
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