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第8話 スクランブルです!

 交差点を渡る雅人。彼はそれを渡りきるまでに自分の選んだ道が正解だったと確信した。


(……いた!)


 雅人は目標を発見し歩調を速めた。


 横断歩道から遠めに見ただけだが、老婆の服装は覚えている。そして、雅人の歩く先に彼女はいた。


 小柄。猫背。白髪。近づいてみると品の良さそうな雰囲気も、感じられなくもない。


「あ、あの! すみません、ちょっといいですか?」


 老婦人に駆け寄り声をかける。


「あら、私ですの?」


「いきなり引き止めてすみません。それで、失礼ついでにお聞きしたいんですが……」


「ええ、お答えできることでしたら。何の御用かしら?」


 応対する老婦人の物腰は穏やかで気品を感じさせる。ここまでは美冴が出したお絹さん情報に合致している。残すは……。


「お婆ちゃんの名前ですけど。ひょっとして絹さん? でなきゃ雪さんか白さん?」


「いいえ、私の名前は妙なの。ごめんなさいね、お探しの方じゃなくて」


 ハズレだ。最後の最後でハズレだ。


 雅人の落胆するのも束の間、美冴の叫び声と悲鳴にも似たクラクションが交差点に響いた。


「危なーい!」


 その声のする方に顔を向けて雅人は驚愕する。


 雅人の視線の先には美冴の姿、それはいい。声のする方を見たのだから、そこにいて当然。問題は彼女が……。


「まぁ、大変!」


「あの馬鹿!」


 妙と名乗った老婦人が叫び、その隣で雅人も叫ぶ。


 美冴が車の往来する車道へと飛び込んでいた。危ないのはおまえだろうと言いたいところだが、精一杯伸ばした美冴の手が掴む幼く小さな手を見れば彼女の行動もわからなくはない。


 美冴は車道に飛び出した子供を救うべく後を追った。それは無我夢中でやったことなのだろう。子供を歩道に引き戻した反動で、自分が車道に転がり出る事など計算する余裕も無いほどに。


 雅人の目の前で、美冴とその背後にいた白い乗用車が一瞬のうちに距離を詰めていく。数秒の後に見ることになるであろう惨劇の現場を想像して泣きたくなった。


「……ッ!」


 雅人は身を乗り出して何かを叫んでいた。


 もう一度馬鹿と叫んだか、彼女の名を呼んだのか。当人も覚えていない。ただただ美冴の身を案じて叫び、それが聞き入れられたかのように車はABSを動作させると目前の美冴をかろうじて避けた。


 間一髪。だが、雅人に安堵する余裕は無かった。


「……マジ?」


 或いは、それが人生最後の言葉となるかもしれない。


 その時雅人は、危機に瀕した時は目の前の光景がスローモーションになるという話を思い出していた。今、まさにそれを体験している。


 目前の危機に対して、急速に回転数を上げた脳で行ったのは自責。


(俺って馬鹿……)


 ついさっきの美冴と同様、無我夢中だったと言ってしまえばそれまで。間に合うはずも無いと思っていたはずなのに、美冴の危機に際して雅人の体が前へと動いてしまった。その結果、美冴に衝突する寸前でハンドルを切った車の軌道に飛び込む形になっていた。


 一難去ってまた一難。立て続けに目の前に飛び出てこられる運転手も災難だ。慌ててハンドルを切りなおそうとする車中の男の顔が、雅人の目にはっきりと見えた。


(目……すごく見開いてる)


 そこまで良く見えていた。おそらく、迫る車を見ている自分の目もそうなのだろう。これから自分が惨劇の現場を作るのだと思うと、父和夫に申し訳なかった。


 逃げることも許されない短い時間でゆっくりと近付く乗用車。迫る危機に対して、見開かれた雅人の目は白い車体と対照的な真っ黒な塊が車の背後から跳ね上がるのも見逃さなかった。


 漆黒の塊は高速で弧を描き、雅人に迫る乗用車の横に並び、そして追い抜く。


(あれは……)


 その名を言い当てる間も無しの刹那。


 目前の車に当たる前に。


 雅人の横腹を、殴られた程度では済ませられない衝撃が襲った。


「……ッ!」


 声にならない悲鳴を上げる雅人。あまりの一撃に一瞬途切れる意識。その意識を取り戻した雅人が次に感じたのは浮遊感。否。浮遊という言葉は当てはまらない。疾走、飛行、そういう類だ。


「大丈夫ですかー?」


 風を切る音に占領されていた雅人の耳に聞き覚えのある呑気な声が響く。横腹に貰った一撃で脳まで揺れたのか、声の主の名がすぐに出てこない。


「ダイジョブ……違う」


 咳き込みながら答えた。


 名前が出てこなくても声の主が誰かなどわかっている。車に撥ねられる直前に彼女が何をしたのかも見当が付いている。今、こうして箒にまたがって飛んでいる美冴に抱えられている事が全てを物語っている。


「おまえ……僕、殺す気か?」


「何言ってんですか! 助ける気に決まってますよ!」


 怒った口調で美冴が言い返す。


 彼女の言葉通り。人前で飛ぶなという約束が破られたのも、雅人が脇腹に強烈な一撃を貰ったのも、迫る車から雅人を守る為。まず礼が先なのだろうが、それを拒絶するほどに横腹への一撃は痛かった。


「とりあえず、どこか人通りの少ないところに下ろしてくれ。大騒ぎになるから」


 人が車に轢かれそうになって、その人物を箒に乗った魔女がさらっていった。それだけで既に充分過ぎる程の騒ぎになっているだろうが……。少なくとも、その騒ぎのど真ん中に着地するのは勘弁してほしい。


「もー! お礼の一つもあっていいんじゃ……あれ?」


 抗議しつつも雅人の希望する着地点を探し始めた美冴だったが、箒から伝わる違和感に首を傾げた。


「どうした? 何かあっ……ひやぁぁぁっ!」


 何かあったのかと問いかけるつもりだった雅人の言葉が絶叫に変わる。


 聞くまでも無く何かあった。


 二人を乗せた箒は不意に急加速した。反動で美冴の腕から引き剥がされた雅人は、まだ死ねないとばかりに火事場の馬鹿力で箒の尾にしがみつく。


「ちょ……美冴ちゃん……速い。速過ぎ」


 そんな雅人の抗議の声は箒の速度に振り切られて遥か後方へと置き去りにされる。


「わ、私もなんとかしたいんですけど、その……」


 美冴はそこで言い淀む。


 そんなところで言い淀まれたら、その先の言葉は雅人にも容易に予想できる。予想はできたが、できればその予想は外れて欲しいと思いながら彼は美冴が続けるであろう言葉を待った。


「壊れちゃいました」


「……マジ?」


 予想通りの言葉だったが、改めて確かめずにはいられない。


「まじです」


 これも予想通りの回答だった。実は嘘、というお茶目な答えが美冴から返ってこればどれほどありがたかっただろう。


 黄昏に赤く染まる町並みの中、雅人の目の前は一足早く真っ暗になっていた。

知り合いと思って声をかけたら人違いだった事はありませんか? 私はあります。あの時は逃げたくなる程に気まずくて恥ずかしかったです。実際謝りながら逃げましたし。

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