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第4話 ご協力感謝です!

 某日、織部邸のリビング。


 午後三時、俗に言うおやつの時間に勃発した『第二次織部邸ケーキ争奪戦』は、織部家長の織部和夫と客人である黒稜院美冴が繰り広げた壮絶な一騎打ちにより膠着したかに見られたが、失策した二人の隙を突いた織部家長男雅人が争いの元となったチョコレートケーキを取り上げて説教をたれるという形で終結した。


「お使いというからにはお絹さんの居場所はわかるんだろう?」


「はい。ちゃんとした家は無いそうですので、待ち合わせ場所を決めていただいたんです」


 雅人の問いに答える美冴だったが、その目は名残惜しそうにケーキを見ている。


「家が無いとは?」


 今度は和夫が美冴に問いかけるが、彼もまた視線はケーキに向いている。


「常に裏釘町を彷徨っていらっしゃるそうです。なんでも忙し過ぎて家を持つ暇が無いとか」


 和夫に答えながら、やっぱり美冴はじっとケーキを見ている。


「それはまた随分と多忙なお婆ちゃんだね」


 ほほうと感心しつつ、それでも和夫の視線はケーキに向いている。


「先生も仕事熱心も過ぎると毒だと言っておられたのですが、なにぶんお絹さんの代わりができる人がおられませんので」


 試しに雅人がケーキ皿を持ち上げてみると、美冴は話しながらも目でケーキを追尾している。


「後継者不足か。難儀な話だ」


 そう言う父もまた、あくまで視線はケーキから逸らさないでいる。


「せめてリウマチをなんとかしてあげたいものです。でも、肝心の待ち合わせ場所を書いてもらった地図を桶に襲われた時に無くしまいまして」


 などと会話を続けている和夫と美冴だが、どこまでも二人の目はケーキにロックオンされている。


「だから僕達にお絹さんを知らないか聞いたわけだ」


 二人の視線が気になって食べづらい雅人は、ケーキを三つに分けると各々の皿に移す。それと同時に、和夫と美冴の視線はケーキから雅人に移る。その視線は荒みきった世界に現れた聖者を見るような羨望の眼差し。これはこれで食べづらい。


「……とりあえず、食べない?」


 二人の視線から逃げるように自分の皿に乗るケーキを見ながら言う雅人。それを合図にしたかのように和夫も美冴も分けられたケーキを一口で放り込んだ。


「うむ、美味。これぞ平和と平等のもたらす味か……。どうだね、雅人君。共にこの至福を味わった仲間である美冴君に手を貸してあげようじゃないか」


 ケーキを分けてもらった事に気を良くしたのか、和夫は大衆を前に演説する政治家の如き雄弁で息子に提案する。


「お絹さんは裏釘町のどこかで彷徨っているのだろう? 裏釘町ならそう遠くはない。三人で探した方が早いと思うが」


「いいんですか?」


 美冴も先程のケーキ争奪戦を忘れたような機嫌の良さだ。キラキラと輝く瞳で雅人を見つめる。その争奪戦を終戦に導いた英雄雅人は、少し悩むそぶりを見せた。


「うーん、一緒に行った方がいいかな。美冴ちゃんが窓の修理代を踏み倒して逃げるとも限らないし」


 考え込む雅人の呟き。それを聞き逃さなかった美冴の表情スイッチが切り替わり、プクッと頬を膨らませた。


「そんな! 私はそんなことしません!」


「あ、いや、当人が気付かないうちに逃げ出す形になっちゃうかもしれないって事」


 ムキになって答える美冴を宥めるようにそう付け加える。


 美冴に逃げる気が無かったとしても、箒にまたがった瞬間雅人達の追いつけないところへ飛んで行きかねない。雅人の部屋で見せたテスト飛行から考えれば、その可能性は否定できない。


「……? どういう事です?」


 彼女自身はわかっていないようだが……。


「よし、そうと決まれば善は急げだ。早速、裏釘町に向かおうじゃないか」


 紅茶を飲み干して立ち上がり、またもや民衆を先導する政治家と化した和夫。そんな彼に向けて、発言権を得ようと美冴が挙手をした。


「どうかしたかね、美冴君?」


「出発前に確認しておきたいんですけど、お二人って体重はいかほど?」


 彼女の唐突な質問に雅人と和夫は顔を見合わせる。


「美冴ちゃん。その質問っていったい……?」


「私の箒の重量制限は二百キロなんです。それ以上超えると飛ばなかったり、無茶をすると暴走してしまったりしますから」


 どこから出したのか、美冴は自前の箒を振りながら織部親子に説明する。


(あなたはさっきの飛行を暴走と思わないのですか……)


 口にこそ出さなかったが、美冴の発言に対して胸中でツッコミを入れる家屋損壊被害者二名。


「美冴ちゃん、悪いけどその提案は却下だ。裏釘町までは電車だから」


「ええ! 便利なのに」


「美冴君。人は時として不便であるがゆえに、それが良いと思う生き物なのだよ」


 和夫が不満顔の美冴の両肩を掴み、優しく諭す。


「父さん、そんなデタラメな説明を……」


 言いかけた雅人の横で、美冴はポンと手を打つ。


「言われてみれば、その意見もわからなくもないです。浪漫ってやつですね」


「納得するのか、美冴ちゃん」


 そう言いながらも雅人はそれ以上話を蒸し返しはしない。これ以上彼女の機嫌を損ねて意地でも箒に乗ると言い出されては困る。説明の内容はどうあれ、箒で飛ばずにすむならそれでいい。


「さあ、行きましょう、お二方! 目指すは裏釘町のお絹さんです!」


 ビシッと指差して高らかに宣言する美冴。その指差す方角が裏釘町と真逆なあたりは、この捜索が困難なものになる事を雅人に予感させるのに充分だった。

というわけでケーキ同盟、一路裏釘町へ。あぁ、私もケーキが食べたいです。

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