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第3話 ケーキ争奪戦です!

 父一人子一人の織部家の一戸建てに一人の少女が客として招かれている。


「えーっと、ティーポットはどこだっけ?」


 紅茶のパックを出しつつティーポットを探して台所を漁る織部家の子、雅人。


「三番目の棚だよ。カップは一番上の特別なお客様用を」


 そう言いながら箱からショートケーキを取り出す織部家の可聴である父、和夫。


「ああ、どうぞお構いなく」


 そう言いつつも目の前に出されるショートケーキ達に目移りしている客人、自称魔女の黒稜院美冴。


「さてさて、無事に魔女である事は証明されたわけだが……」


 そこで言葉を止める和夫。彼の視線の先にあるのはイチゴのショートケーキ。ショートケーキを挟んだ対面には、同じ獲物を真剣な目で見つめている美冴。


 和夫と美冴はショートケーキの頂上を飾るイチゴから双方へと視線を移し、お互いを好敵手と認めると無言でジャンケンを始める。


「とりあえず、黒稜院さんが魔女だってことは認めるよ。証明するために毎回家を壊されたんじゃたまらないしね」


 言いながら雅人は先程の光景を思い出し苦笑いする。


 自分が魔女である事を証明するために、美冴は箒に跨って飛んで見せた。残念ながら、雅人も和夫もその勇姿をはっきりと見たわけではないが……。


 ただ、美冴が飛ぶと宣言して部屋全体が轟音に震えた次の瞬間、彼女は部屋の扉を突き破って廊下で目を回して倒れていた。


 箒で飛んだのか。箒ごと吹き飛んだのか。どちらにせよ飛んだことには変わりないのだから、これ以上魔女の証明の為に飛行実験を行わせてはいけない。この実験には家屋破壊という痛い代償が発生する。


「それにしても、魔女の箒というのはスピードが出るものだね」


 そう言いながら出した和夫の手、チョキ。美冴、チョキ。四十二回目のアイコだ。


「実は魔女と言っても私はまだ見習いなんです。本当ならもう少しのんびりゆったり飛べるはずなんですけど、それがどうにも難しくて」


 答えながら放たれた美冴の『第一次織部邸ケーキ争奪戦』第五十戦目の手、グー。対する和夫、グー。そして雅人、パー。


「そういうことは先に言って欲しかったな」


 雅人は何食わぬ顔でイチゴショートケーキを自分の席に引き寄せながら言った。


 先程まで奇跡的回数のアイコを繰り返していた和夫と美冴は、突如現れた第三勢力に獲物を取られて唖然としている。


「それで、黒稜……」


「美冴でいいですよ。言い難いでしょ、コクリョウインって」


 そう言うと彼女はモンブランのショートケーキを口に運ぶ。


 幸せそうな彼女の顔に少し見惚れそうになった雅人だが、用件を思い出して改めて彼女に尋ねる。


「それで、美冴ちゃんは空飛んで何してたんだ? ちょっと、お買い物ってんじゃないだろ?」


「あ、買い物の時は箒に乗るなって先生に言われているんですよ」


 美冴が返答すると織部親子は、その先生に深く同意して何度も頷いた。あの飛び方では買った物が粉微塵に砕ける。いや、その前に店が砕ける。


「それで、私が箒に乗っていた理由なんですけど……えーっと」


 美冴は言葉を詰まらせ織部親子をおろおろと見比べている。彼女の様子に最初に気が付いたのは父和夫。


「ああ、自己紹介を忘れていたね。私は織部和夫。こちらが息子の雅人だ」


「和夫さんと雅人さんはお絹という方をご存知無いですか?」


 その問いかけに二人は顔を見合わせて同時に首を傾げた。


「ご存知無いですか」


「生憎だけど。背格好とかはわかる? 特徴があれば見覚えがあるかも」


「えっと、小柄で猫背な白髪のお婆ちゃんですね」


「うーん、それだけだと難しいなぁ」


 美冴の言葉に困った顔をする和夫と雅人。彼女の言う特徴の人物ならちょっと探せばすぐに見つかりそうだが、もっと探せばじゃんじゃん出てきそうでもある。


「そのお婆ちゃんに会いに箒で?」


 気を取り直して雅人が聞くと美冴はケーキを頬張りつつ頷いてみせる。


「ええ。私というか、私の先生の用事なんですけどね」


「用事?」


 雅人の問いかけに美冴がクリームの残るフォークを咥えつつ頷く。


「お絹お婆ちゃんは持病のリウマチに悩まされておりまして、それで先生の作られたリウマチに効く薬をご購入頂いたんです」


 その言葉で雅人と和夫の脳内に『大鍋に満たされた形容しがたい色の液体を「ふぇっふぇっふぇ」とか笑いながらかき混ぜる老婆』の絵が浮かぶ。


「それ、副作用とか大丈夫?」


 美冴が魔女かどうか疑った時と同じ目で見る雅人。美冴は頬を膨らませてその視線を真っ向から睨み返した。


「雅人さん、それは失礼というものです! 魔女の世界でもトップレベルの大魔女である先生の薬をバカにしてもらっちゃー困ります! 先生の薬は即効性で効果もバッチリ、気になるお値段ビックリ激安プライスな、早い! 美味い! 安い! の三拍子が揃っている優れ物です! 感謝のお手紙と注文表の整理で私の練習時間が無くなっちゃうぐらい先生は売れっ子なんです! たまーに無駄に元気になったとか、一回死んで生き返ったとか聞きますけど、それはオプションサービスで付けた薬の効能であって副作用ではないんです!」


 最後のは副作用じゃないのかと言いたい雅人だったが、美冴の反撃に圧倒されて言い返す事もできない。


「と、とにかく、その薬の配達の途中で……」


「桶に襲われて雅人さんの部屋にお邪魔したわけです。どうして桶が……世の中って不思議です」


 自分に降りかかった不幸を嘆いて溜息をつく魔女。しかし、彼女の手は無関係という様子で最後の一つとなったチョコレートのショートケーキに伸びている。


「それは大変だったねぇ。なんとか力になってあげたいものだが……」


 美冴に同情しつつ、和夫も美冴の狙うケーキに手を出す。


 和夫と美冴は同時に皿を掴んで沈黙。織部邸の一室は壁にかかった鳩時計が時を刻む音だけになる。


 雅人は動かない二人から鳩時計へと視線を移した。


 時刻は二時五十九分五十七秒、八秒、九秒……。


 鳩時計が三時到来を知らせんと飛び出した瞬間、二つのフォークがケーキの上で激突した。交錯するフォークの間で激しく火花が舞う。


「どうやらキミとは戦わねばならない宿命のようだね」


 鍔迫り合いの状態で不適な笑みを浮かべた和夫が言う。


「正直、あなたとは戦いたくなかった……。でも、私にも譲れない時があるんです!」


 愁いの表情を浮かべながら毅然と言い返す美冴。腕力では和夫に劣る美冴だが、ケーキへの執念によるものか彼女も押し負けていない。


「私も同じでね。美冴君、こいつが欲しくば我が屍を超えて行けい!」


 セリフだけ聞いていれば、激しく火花を散らしているものが刀か何かなら、その光景は観客と化した雅人にちょうど良い娯楽活劇となったかもしれない。だが……。


(意地汚いと言うかなんと言うか……)


 片手はショートケーキの皿を掴んで手放さず、もう一方の手にしたフォークで攻防を繰り広げている父と客人を眺めながら雅人は呆れ顔で紅茶を啜る。


「おっと!」


 何度目かの鍔迫り合いで和夫が体勢を崩すと、美冴は勝機とばかりに手にしたフォークをケーキに向ける。


「隙有り!」


「なんの!」


 和夫もまた、無理な姿勢からケーキにフォークを伸ばす。


 互いのフォークが空中で交錯した拍子に二人の掴んでいた皿が傾いた。


「ああっ!」


 二人の悲鳴の中、傾いた皿からずり落ちていくケーキ。


 落下していく瞬間が和夫と美冴にとってどれほど長いものだったかは、二人にしかわからない。


 しかし、二人の目の前でショートケーキがテーブルに散乱するという惨劇が起きることは無かった。


「まあ、食は人類の生存、及び文化的生活において重要なテーマの一つだし。執着するのはわかるけどさ。争いは時に悲劇を生むよ。人類皆兄弟。二人共、仲良くしようね」


 自分の皿で落下するケーキをキャッチした雅人。そのまま澄まし顔で皿を自分の元に戻した。


「漁夫の利か……。さすがは私の息子。侮れん……」


 和夫は雅人を見ながら悔しげに唸った。


私事ですが、スイーツ好きです。でも、作中ほど食い意地ははっていません。……いや、ホントですよ。それにしても、隔週更新の予定なのに今週も更新って、自分でハードル上げてどうすんだか……。

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