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第2話 美冴、飛びます!

 黒稜院美冴。それが織部親子の目の前に座した娘の名前だった。


「うーむ、黒稜院とは珍しい名字だ」


 彼女が名乗った後、わずかに流れた沈黙。それを破ったのは織部家の大黒柱。父和夫。


「確かに珍しいとは思うけど、この際名前は置いておこう。問題はこの部屋に突っ込んできた理由のほうだよ。桶が巻き起こしたって?」


 冷静に話題の軌道を修正したのが織部家のすねかじり。息子の雅人。


「はい。あ、この桶です」


 美冴は雅人の問いに頷くと、先程までかぶっていた桶を掴み上げてみせた。


「私、空を飛んでいたんです。空は雲一つ無い快晴、風は穏やか、お日さまポカポカ。気持ちいいなーとか思いながら、なんとなーく空を見上げたんですよ。そしたら真っ青な空に何か黒いシミみたいなものが見えたんです。最初は鳥かなーとか思って見ていたんですけど、ちょっとずつ近付いていくうちに羽が無いなーって気が付いて、ひょっとしてこれが死んだ曾お婆ちゃんが言っていた伝説の妖怪コケマツ様なのかなーとか思ったりもしたんですけど、だんだんと輪郭が見えてきて桶が振ってきているんだってわかった時には避けられなくなってて、気が付いた時にはものの見事に頭にすっぽりと。それで前が見えなくなっちゃって慌てているうちにこちらのお部屋に墜落したというわけでして……」


 事情を話し終えると、美冴は「いやー、長台詞でしたー」と一仕事終えた満足感に顔をほころばせながら汗を拭う真似をした。


「コケマ……」


「父さん、変なトコ食いつくんじゃない! なぁ、キミは本気で言ってるの、それ?」


「と言いますと?」


 溜息をつきながら問う雅人に、美冴が真顔で問い返す。


「空を飛んでいた? 桶が降ってきた? そんな話を真面目に聞くと思う?」


「そんなぁ。私は真面目に答えてますよぉ。そりゃあ、桶が降ってきた時は、私も世の中って不思議だなぁって思いましたけど、ホントに降ってきたんですよぉ」


 抗議の声をあげる美冴に雅人はもう一度溜息をついた。


「わかったよ、桶が降ってきたってところは世の中の不思議な事故としよう。問題なのはそんなことより説明の一番始めの部分。空を飛んでいたって平然と言っている事だ」


「え? だって、魔女は空を飛ぶものですし……」


「なーるほど。魔女なら空飛んでも仕方ないねぇって納得すると思うか?」


「まあ、それなら納得するかもなぁ」


 悩みつつも同意する父親に向かって雅人は三度溜息。


「父さん、そこで納得されると話しにくくなるから」


「でも、私は魔女です! 空飛びます! 納得していただかないと困ります!」


 疑いの眼差しを押し返すように、美冴は雅人を見据えて力強く言い放つ。


(そんな真剣な目で見つめられてもなぁ……)


 それでも雅人の心境は不信感が占領していた。彼女を襲った桶の災難については不可解な事故として妥協したものの、魔女だの空を飛ぶだのという話は非常識極まる。そのような御伽噺を出されたところで信じられるはずも無い。雅人の見解は、彼女は通り魔ならぬ飛込み魔だ。


 しばしの睨み合い。先に視線をそらしたのは美冴だった。


 無論、雅人の不信に負けたわけではない。この膠着した魔女裁判を勝利に導く証拠物件の存在に思い当たったのだ。


 美冴は立ち上がると足早に窓に向かう。律儀に割れた窓を開けてベランダに出た彼女が持ち帰ってきたのは一本の箒。


「ほらほら! これが魔女の乗る箒です! ね。いかにも魔女って感じじゃないですか」


 箒を振って魅せる美冴に対し、雅人は一言。


「魔女だって言い張るなら、それぐらいの小道具は仕込むよなぁ」


「うぅ、この人どうやっても信じてくれないよぉ。心の目で見てくれないよぉ」


 疑いの眼を変えない雅人と、打開策が見出せず苦悶する美冴。双方を見比べていた和夫がったが、ポンと手を打つと一番簡単な解決方法を提案した。


「美冴君。ここで実際に飛んで見せれば雅人君も納得すると思うが、どうだろう?」


「ナイスアイデアです、おじ様!」


 言うが早いか美冴は箒にまたがると、どこから出してきたのか魔女の定番である漆黒のトンガリ帽子をかぶる。


「本気なわけ?」


 呆れ顔で雅人が問いかけるが、美冴は耳を貸す様子も無く目を閉じて精神集中。どこの言語とも知れない言葉を呟き続ける。


(マジかよ……)


 まだ飛んでこそいないが雅人は驚きに声を出せないでいた。


 彼女を中心に少しずつ大気が渦を巻き始めている。風は少しずつ勢いを強めて彼女の帽子を、黒服を、赤毛の三つ編みをなびかせる。


 いかにも何かが起きそうな雰囲気。魔女の証明と言うなら、この光景だけで充分だったかもしれない。少なくとも、今の美冴を見ただけで雅人の疑いはすでに晴れていた。彼女は常人ではない。


 それでも、雅人は彼女を止めなかった。


 飛んでみるまで魔女だとは思わない。否。魔女だと信じてみたくなったからこそ、本物の魔女が飛ぶところを見てみたいという好奇心が彼の口を閉じさせていた。


 織部親子が固唾を飲んで彼女を見守る中、少女がカッと目を見開いた。


「一番、黒稜院美冴! 飛びます!」


 叫んだ瞬間、部屋の中に爆音が生まれた。


小さな頃に空を飛ぶ夢を見た事があります。目覚めてから「やっぱ夢オチだよなぁ」とがっかりしたものです。

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