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第1話 黒稜院美冴です!

 青年の名は織部雅人。裏釘高校三年生。大学進学に向けて猛勉強中の受験生である。


 昼日中から真面目に机に向かっていた雅人だったが、突如自室を襲った衝撃に椅子から転げ落ちた。


 そして、目の前の光景に起き上がることも忘れて呆然とする。


 勉強の邪魔をされた事は、この際良しとしよう。突き破られた窓ガラスの修理代が気になったが、あえてそれは語るまい。今一番問題なのは……。


「……桶?」


 正しくは頭に桶をかぶった人物。雅人の部屋の窓を突き破り飛び込んできた未確認生命体Xは、頭を覆う桶を取ろうと悪戦苦闘中である。


「んー! んーんー!」


 唸る声と黒服に包まれた容姿から察するに女の子らしい。


 それにしても、なんでまた彼女は部屋の窓を突き破ってきたのか。そもそも、なんで桶なんぞかぶっているのか。


 残念ながら、今まで勉強してきた参考書の中に、その答えを導き出すような方程式は一つも無かった。


 ひとまずこの摩訶不思議な空間と化した自室を出ようと雅人が立ち上がった途端、部屋の扉が勢い良く開かれる。


「雅人君! お父さんがボトルシップ作っている時と太極拳している時は静かにしてネって、キミが小さい頃からあれほど何度もしつこく根気良く繰り返し言ってきたのに! なのになのに! いったいなんなんだい、今の轟音は! お父さんになんの不満があっての狼藉だい!」


 扉を開けて開口一番。雅人の父、織部和夫は息子に向かって早口に叫んだ。


 よほど上手く作れていたのだろう。父は半泣きだ。


「あの……父さん?」


「いいかい、雅人君。ボトルシップというのは極度の集中力を必要とする作業なんだよ。慎重かつ正確に行っていくそれは、もはや禅の精神にも通じていると言っても過言ではない……」


「父さん、ストップ!」


 熱く語ろうとし始める父親を制止する息子に、父和夫は黙りつつも「いいところなのに」と抗議の顔を向ける。


「ボトルシップが父さんにとってどれほど大事かは僕も知っているけど、苦情は待って。まず、この状況を見て何か他に言う事が無い?」


 雅人に言われるまま部屋を見回した和夫の表情が、ある一点を見て曇る。


「窓を割るなんて、これが噂の家庭内暴力?」


 問いかける和夫に対し、雅人は頭を抱えながら窓を指差す。


「いいかい? 窓ガラスは部屋の内側に向かって飛散している。外部からの衝撃によって割られているんだ。なら、部屋の中にいた僕が割るというのは不自然じゃない?」


「なるほど、言われてみればその通り。流石だ、ホームズ」


「初歩の推理だよ、ワトソン君。って、そっち違う。こっちこっち」


 雅人が改めて対象を指差した。つられるように和夫が移した視線の先には未だに桶を剥がせずにいる女の子。


 しばらく沈黙していた父だったが、やがてニヤリと意味深な笑みを浮かべて息子を見た。


「彼女を連れ込むとは成長したなぁ、雅人君」


「違う!」


「なんだ、ただの友達か? 遊びに来てるなら来てると言ってくれればお茶とケーキぐらいは出したのに」


「ん!」


 その言葉に反応した桶女。桶を掴む両手に懇親の力を込めると、すぽんと小気味良い音を立てて頭を引っこ抜いた。


 桶から解放されて揺れる三つ編みの赤毛は、陽光に煌めく若葉の朝露。そして、朝露を煌めかせた陽光こそ彼女の笑顔。幼さの残る無邪気な笑顔は雅人の琴線にふれた。ずれた丸眼鏡を慌てて直す仕草など、文句無しの雅人的ストライクゾーン。


「イチゴショートですか?」


「それとチョコ、モンブランにチーズケーキ。紺米堂の逸品だぞ」


「ナイスです、おじ様!」


 親指を立て『イェーッ!』などと言い合っている父和夫と謎の娘。傍観していた雅人は、先程琴線が奏でた音色は空耳だと思う事にした。


「まあ、全員賛成という事でお茶とケーキは出すとして……」


 出合って五分と経たないうちに意気投合しつつある二人に、呆れたように溜息をつきつつ話を切り出す雅人。ちなみに、父の甘味万歳な遺伝をしっかり受け継いだ雅人も紺米堂のケーキは好物である。


「キミはいったい何者だ? どうして僕の部屋に? というかどうやって部屋に突っ込んできたんだ? そもそもなんで桶なんかかぶっていたの?」


「えっと、私は黒稜院美冴といいます。どうしてどうやって部屋に突っ込んだかですが、これは桶が巻き起こした悲しい事故であって、決して悪気があってやった事ではないんです。桶はなぜか空から降ってきて、私の頭にものの見事に綺麗にすっぽりガッチリはまりました。世の中って不思議です」


 雅人の質問攻めに真面目顔で返していく少女美冴。


「黒……なんだって?」


 聞き逃した和夫に、美冴は「あぁ、一発で覚えてもらえないんですよねー。よくあるんですよー」などと言いながら正座して居ずまいを正すと、改めて二人を見た。


「私、黒稜院美冴こくりょういんみさえと申します」


 言って深々と頭を下げた美冴が、ひょいと顔を上げる。


「以後お見知りおきを」


 そのスマイルは営業用か天然か。どちらにしても、雅人には琴線が奏でた音色はやはり空耳ではなかったと思えた。

もし、突然窓割って人が飛び込んできたら……織部親子で試してみました。

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