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第9話 いつもより飛んでます!

「美冴ちゃん、限界! もう無理! お願いだから止めてくれー!」


 町の上空を飛行する魔女の箒。その末端にしがみついていた雅人が悲鳴を上げていた。高速飛行で発生する暴風の中、振り飛ばされまいと必死に箒を掴む。


 雅人は昔見たアクション映画を思い出し、主人公が車のボンネットにつかまるシーンに自分の姿を照らし合わせていた。


 随分と絵が違う。ワイヤーは付いていないし、特撮でもない。スタントマンも使っていなければ、あの俳優ほど二枚目でもない。何より出演料が出ない。


 配役に不満を覚える雅人を背にして、美冴がむぅと唸りながら箒を見据えている。


「うーん、出来なくはないと思うんですけど……」


 そう言うと美冴は難しい顔をしながら柄を掴み直す。


「出来なくないなら、やってみてー! お願い! プリーズ! ヘルプミー!」


「わかりましたってばー。えーっと、ここかな?」


 言って彼女が軽く柄を捻った途端、箒の飛行速度が次第に落ちていく。高速飛行が作り出した加重から解放されて雅人が安堵の息を吐いた。


「なんだ。思ったより簡単に直るん、どわっ!」


 箒の故障は思ったより簡単には直らなかった。


 速度の落ちた箒は急に前につんのめったかと思えば後ろに反り返り、右に傾いたかと思えば左に横っ飛びという予測不能の乱飛行に飛び方を変えてきた。


「美、美冴ちゃん! ホント、勘弁! 目、目が回る! マジ吐く!」


 箒が錐揉み飛行を始める中、涙混じりに懇願する雅人。


「それが、さっきから、やって、るんです、けど。なかなか、難しく、て」


 美冴の意思に反して箒は右へ左へ彼女達を振り回している。


「こら! 大人しく、なさいってば!」


 言う事を聞かない箒の迷走は最早ロデオのそれだ。


「ああ、もう! いい加減になさい!」


 手に負えない箒の暴れように苛立った美冴が掴んでいた箒の柄を引っ叩く。それと同時に箒は乱飛行を止めた。そして……。


「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁっ!」


 再び町に響く雅人のドップラー効果抜群の悲鳴。


 乱飛行をやめた箒が再び高速飛行に切り替わっていた。


「美冴ちゃん、もういい! 充分! おなか一杯! 僕が悪い事したんなら謝るから! 頼むから止めてくれ!」


「私も止められるものなら止めますよぉ!」


 とにかく悲鳴を上げながら懇願する雅人に美冴も泣きながら返す。


 現状を打破する会心の策を打ち出そうと、箒の速度にも劣らない速度で頭を回転させる雅人だったが、それも視界の遮るオフィスビル群の外壁を前にして止まる。


「この勢いなら三途の川もひとっ飛びですね」


 風を切る音の中で美冴の不吉な呟きだけが、やけにはっきりと雅人の耳に届いた。


 箒が今尚生み出し続ける速度。回避を許さないように経つコンクリートの巨大な壁面。数秒後に発生するであろう『魔女と高校生on箒』VS『オフィスビルの白壁』の対戦。その結果がどれほどの惨状を生むか。先ほど車に轢かれそうになった時の比ではない。


「嫌だぁぁぁっ! 死にたくなぁぁぁいっ!」


「私だってヤですよぉぉぉっ!」


 死を予感した二人の混じりっけ無しの本音が夕暮れの空一面に響き渡る。


 そして、その魂の叫びに答える女性の声があった。


「そうじゃのぉ。私も予定に無い死人は出て欲しくないわい。手続きが何かと面倒じゃからの」


 目前に迫った死に切羽詰る雅人や美冴とは対照的な、実に落ち着いた老婆の声。


「はい?」


 二人は出所のわからないその声に同時に問い返す。その瞬間、彼等の視界は漆黒の布地に遮られた。


「うわぷっ!」


 黒の布が遮ったのは視界だけではない。口を塞がれ、耳も閉ざされ、顔だけではなく体を丸ごと布に包み込まれたと雅人の全身の感覚が伝えてくる。


「ひゃっ!」


 どこか遠くで美冴の悲鳴が聞こえたかと思った途端、箒を掴んでいた掌からその感覚が消え失せた。


 真っ黒の視界の中で感じる浮遊感と絶望感。


(あ、死ぬのか……)


 箒から離れても蓄積していた慣性でビルに衝突するだろう。例え衝突する事が無かったとしても、町の上を飛んでいたのだ。その時は追突死から墜落死に変わるだけだ。


 そんな諦めムードに包まれた雅人の体を衝撃が襲う。


 追突したのだろうと墜落したのだろうと、その衝撃はさぞ痛かろう。それこそ、死ぬほど痛かろう。


 だが、衝撃に襲われて尚雅人は生きているし、痛みも我慢できる程度に過ぎなかった。真っ暗の視界の中、自分の体がどこかを勢い良く転がっているのがわかる。体中から痛みを伝える信号が脳へ集まり、三半規管が回っている事を知らせている。


 雅人は散々転がった挙句何かにぶつかり、空き缶が跳ね回る派手な音とともにようやく停止した。


「痛たた……いったい何がどうなったんだ?」


 体を覆っていた布の感触は既に無い。雅人は知らないうちに閉じていた目を開くと、周囲を見回してみる。


 細く薄暗い路地だ。彼の隣では屑篭が転がり、中にあった空き缶だの空き瓶だのが散らばっている。


「あれ?」


 夕暮れの町の上を飛んでいたはずなのに。


 雅人は自身に何が起こったのか把握できず呆然しながら、もう一度周りを見回した。



裏釘町上空から魔女箒大暴走の様子をお伝え致しました。皆さんも箒に乗る時は気をつけた方がいいですよ。日頃のメンテナンスを怠ると急にガクンと調子を落としますから。あと、噂ですけど、いつも優しく声をかけてあげてると長持ちするらしいですよ。

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