パンケーキのなぞ
「るん、早く早く、なぞを聞いちゃって!お客さんドアの外で待ってるよ!」
「わかった、わかったって」
私は急いでとびらを開け、お客さんを中へまねき入れる。こうしないと、誰もここへは入ってこれないんだ。
「お待たせしましたー!はてな探偵事務所にようこそ!さて、どんななぞをときますか?」
へへっ、名前が長くてめんどうくさいから、いつも省略しちゃうんだよね。
「えっと‥‥‥実は……」
おずおずと入ってきたのは、見たことのあるほかのクラスの女子だった。
「あの、五年三組の都沢えりすです、じつは‥‥‥五年生になってから生き物係になったのでいつもクラスで一番早く登校しているんですが、それから私のロッカーに毎朝パンケーキが入るようになったんです‥‥‥どうしたらいいかわからなくて……」
都沢さんはとても不安そうな顔をして、ビニールぶくろに入ったパンケーキを私にさし出した。
『ねぇ、るん、あれってまぁまぁおいしそうだね、ぼくちょっと食べたいかも』
『何が入っているかわかんないんだよ!あぶないよ』
私は目くばせをして、都沢さんにバレないように、ココンに向かって小さく首をふる。だってココンのすがたって、私以外には見えないんだよね。もちろん声も聞こえない。
だから、二人きりではないとき、私とココンはテレパシーで会話する。これはもちろん私ではなく、ココンの妖力だ。
もし、この能力が無かったら、お客さんの前で見えない誰かと会話してる人になっちゃってたから、ほんとうにあってよかったよ。
「じゃあ、証拠品をあずかりますね、ところでこれはいつの分ですか?」
「今日のです、ここに来る前に教室に行ってみたら、もうあったんです」
「えっ、まだ校門開いていないよね?」
私は思わずふだんの口調にもどってしまった。秘密の入り口は、この探偵所のうわさを聞きつけたなぞをかかえている人にしか見えないはずなのに。
『るん、もしかしたら、パンケーキの送り主もなぞをかかえているのかもしれないぞ』
『そうだね、とにかくこのパンケーキをしらべてみなくちゃ!』
「では、こちらでパンケーキを調べてみますので、都沢さんはしばらく奥の部屋で待っていてもらえますか?」
「はい‥‥‥」
都沢さんを奥の資料室に送り出すと、ココンは部屋に防音バリアーをはりめぐらせ、パンケーキのにおいをクンクンかいで、ちょろりと舌先でなめた。
「うーん、これには悪意はまったく感じないぞ!むしろとても強い親しみのにおいがするな」
「ねぇ、ココン?においで分かったのになめる必要とかあったの?」
私は少し首をかしげた。
「だって味が知りたかったんだもん、今日はるんがねぼうしたせいで僕の朝ごはんまだだし」
ココンはちょっと口をとがらせ、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
「あっ、ごめんごめん、ココンツナやたらこ食べられないんだもんね、急いでたからさ、ほかのもの準備できなかったんだ、ココンの大好物のメンチカツはパパが夕ごはんのおかず用に冷蔵庫にいれてくれてるし、今はこれでがまんしてよ」
私はランドセルからメンチカツ味のだがしを取り出して、ココンの口元でひらひらふった。
「あ、メンチカツ五郎!早くちょうだい!」
ココンの口からは今にもよだれがたれてきそうだ。そのとき‥‥‥
カランコロン
「あのぉ‥‥‥たんていさんはここにいますか?」
今日二人目のお客さんがあらわれた。
「どうぞー、入って」
そろそろと入ってきたのは、まだピカピカでカバーのついた水色のランドセルをせおっている小さな女の子だ。
「あの、あの、一年三組の百福みちるです」
みちるちゃんは名前だけ名乗ると、もじもじしてだまりこくってしまった。
『あっ、さっきのパンケーキと同じにおいがこの子からするよ!』
なぞが向こうから、においつきであらわれたんだ!私はあわてていすを出してみちるちゃんにすわるようにすすめた。
「ねぇ、みちるちゃん、立ったままじゃつかれちゃうでしょ、とりあえずさ、すわってお話しをしようか?」
「うん……」
みちるちゃんはこっくりとうなずいていすにすわり、足をぶらぶらさせながらうつむいてじっと自分のてのひらをじっと見つめている。
「ねぇみちるちゃん、おなか空いてない?これ食べる?」
「うん」
みちるちゃんは私のさし出したメンチカツ五郎を受け取ると、もそもそと食べだした。朝ごはんを食べずに急いでここに来たのかもしれない。
『ちょっとー!それぼくの朝ごはんでしょ!』
頭の中でココンの声がうわんうわんひびいてうるさいけど、がまんがまん!これもなぞをとくためだ!
『あー、もう!私の夕ごはんのおかずのメンチカツ半分あげるから、今はがまんして!』
『ホント!やくそくだからね!』
『ハイハイ』
メンチカツ半分でごはんを食べるのはちょっとキツいけど、しょうがない‥‥‥今晩はふりかけにたよろう‥‥‥
私はひそかにためいきをついた。でも、そんなことより今はみちるちゃんのパンケーキのことが先だ!
「あのね、みちるちゃん、もしかしてパンケーキのことでここに来たの?」
「えっ、どうしてわかったの!」
思い切ってこっちから話を切り出すと、メンチカツ五郎を食べ終わったみちるちゃんは、目をまん丸にしておどろき、ポツポツと話しはじめてくれた。
「あのね、みちるね、えりおねえちゃんによろこんでほしかったの、だからえりおねえちゃんの大好きなパンケーキをロッカーに入れたの、でもね、えりおねえちゃんはうれしくないみたいなの‥‥‥でも、なんでうれしくないのかぜんぜんわかんないの、どうしよう」
みちるちゃんはメンチカツ五郎のふくろをにぎりしめて、すんすんとべそをかきはじめてしまった。
「み、みちるちゃん、どうしてロッカーに入れたの?おねえちゃんに直接わたすのじゃだめだったの?」
みちるちゃんは私がわたしたハンカチでちーんと鼻をかむと、ぽろぽろと大きななみだをこぼしながらまた話しはじめた。
「あのね、みちる、年長さんのときからえりおねえちゃんといっしょに学校に来るのを楽しみにしてたの、でもね、えりおねえちゃんハムスターちゃんのえさをあげないといけないから、いっしょに来れないの‥‥‥」
「お家に帰った後はだめなの?」
「えりおねえちゃんこの前から塾に行ってるの、もう遊んでもらえなくなっちゃったの‥‥‥でも、前はいっぱい遊んでくれたから、もうすぐえりおねえちゃんのおたんじょう日だから‥‥‥よろこんでほしかったからママに朝ごはん毎日パンケーキにしてもらってね、えりおねえちゃんが学校に来る前に入れに来てたの、う、うぇーん」
みちるちゃんはとうとう大泣きしてしまった。私は手をさしのべてなぐさめようとしたのだけど、その必要はなかった。
「ぐすん、ずずっ‥‥‥みちるちゃん!気づいてあげられなくてごめんねぇ、うぇぇん‥‥‥」
みちるちゃん以上に顔をくしゃくしゃにして大泣きした都沢さんがバタバタとかけよって来て、みちるちゃんをがばっとだきしめたんだ。
「おいしい!おいひいよ、みちるちゃん」
都沢さんはビニールぶくろからパンケーキを取り出して、鼻をすすりながらむしゃむしゃ食べはじめた。
「ほんとう!今日のはね、みちるもまぜまぜしてね、てつだったんだよ」
「あー、だからこんなにおいしいんだ」
「うん!」
みちるちゃんはさっきまでの泣き顔がうそのように、顔いっぱいで笑った。もちろん都沢さんも。
これにて、パンケーキのなぞはとけた。
あれ、でも‥‥‥今回私たち何もしてなくない?
手をつないでなかよく部屋を出ていく二人を見送った後、私はココンに声を出して話しかける。
「ねぇ、ココン?私たち今回なぞをといてなくない?みちるちゃんが自分から全部話してくれたんだし」
「なに言ってるんだよ、るん!ぼくがみちるちゃんのパンケーキのにおいをかぎつけたり、部屋の防音バリアーをといてなかったら、なぞはとけなかったし都沢さんはなにも気づかなかっただろ?」
「あー、だから都沢さん、あんなに近くにいたんだ」
「そうだよ、るんってば、ぬけてるんだから!」
「なによー!」
「まぁまぁ、ほんとうのこと言っただけだし、それより早くはてなのたねを」
「あっ、そうだった!しゅるしゅるしゅるんはてはてはてな、とっとととっとなぞなぜといた、ぷるぷるぽろんはてなのたね」
ポケットからはてなステッキを取り出してくるくるとまわしてじゅもんをとなえると、ぼわんと小さな光がうかび今日のなぞ、パンケーキのはてなのたねがころんと私のてのひらに転がり落ちた。
「はい、早くしまって、急がないとそろそろ朝のチャイムなりそうだよ!」
「えーっ、もうそんな時間!いそがなきゃ!」
私は首から下げたペンダントの先についた小さなつぼにあわててたねをしまうと、ランドセルをしょって急いで校舎裏に通じるドアに向かった。
毎朝早起きなのに、いつもちこくギリギリなんだよね‥‥‥エスパー探偵はつらいよ……しくしく……