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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
3章 朝焼け写し、空色巡る。
85/85

人生どう転ぶか分からないものである。

85話です。リアル事情により、しばらく途絶えてました。書きます。

 しばらくぼうっと傾く太陽を眺めていると、やがてフィオナからお呼びがかかった。

 店内に入ると、綺麗に、それはもう入念に磨かれたと分かる床と、店主のであろうダボダボのズボンを紐で括りあげたフィオナがいた。


「あー、その、すまなかった」


「もういいよ。むしろ掘り返さないで。しばらくお願い聞いてもらうから」


「そりゃ、もう。仕事の絡まない時なら、何でも言ってくれ」


「よろしい。じゃあリーブ、時間あるならさっきの続き話してよ。ノーディスト?のこと」


 奥では店主が仕込みの鍋を火にかけている。時間からして、いつ客が来てもおかしくはない。

 フィオナだってパタパタと忙しなく手を動かしながら口も動かしている格好だ。無理するほどではないが、口数を少しでも多くしようと、意識を少しでもさっきのことから逸らそうとする意志を感じる。

 何ならおれも日が沈んでからが仕事の本番であまり余裕があるわけではないが、移動の手間を考えると実は今いるここも花街の外れから指定された場所まで遠いわけでもない。

 多少なり猶予はあるのだ。

 時間の許す限り、お望み通りぽつぽつと故郷の話を聞かせるのだった。



「……で、何とか生きてたけど、それからトカゲの類には嫌な思い出があるんだ」


「そっか。臨死体験があるからリーブって、達観してそうっていうか、見た目より年上に見えるのかな」


「どうだろう。命の危険でいえば色々あったけど、場数と落ち着きに相関が見られない例しかないからな」


「ノーディストの冒険者は確かに聞いてるとそんな感じだね」


「むしろじっとしてられないから死地に行くんだろうから、逆にすら思える」


 田舎の特にらしい(・・・)エピソードとなると、どうしても魔物の話が多くなる。それは即ち修行の話であり、修行に至るまでの昔の話であり、つまり未熟なおれがさんざ辛酸を舐めさせられた話でもある。

 自分の若さゆえの過ちを曝け出すのは流石に恥なので、不本意だが冒険者の英雄譚の話に頼ってしまうことも多々あった。世話になっているのは事実だが、彼等を褒めそやすようで何となく、面白くない。

 だが重要なのはおれが面白いからどうかではなく、フィオナが楽しんでくれるかどうか。

 幸いにもド田舎あるあるはお気に召したようで、あれよこれよとせがまれて段々とインパクトを増す話を思い出すのに苦労するほどになってきた。


「逆に、デュニオの話ってないのか?何か田舎と比べて街ならではってのは」


「うーん、何だろう。リーブのと比べると、魔物も出ないし、とびきり変な人もいないし、この辺の友達の話だとちょっとリーブには早いかな?って感じだし」


 それはさっき言ってた、尿漏らしよりエキサイティングな営みを送っている人々のことだろう。

 その手の話題は、さっきは自分で思ったよりは歳なりに反応してしまっただけで、興味があるわけではない。


「じゃあ、デュニオでこれは見とけ、みたいなのってあるか?」


 となれば気になるのは観光である。

 現状ミドリも満足させられるものとなると、飯か見た目で楽しめるものしか思いつかない。美味い飯でもいいが、懐事情が落ち着いてからでもいいだろう。

 観光なら、ついでに考えなければならないクロエや皆への土産も見れる。


「んー。あんまり気にしたことないなぁ。貴族の家とかだと、美術品とか良いもの置いてるんじゃない?何が良いのか分かんないけど」


「やっぱり、石か。貴族か……ラピデュス様の邸宅しか見てないけど、確かに精巧な石像はあったな」


「え、市長の?逆に何で見たことあるの?」


「あぁ、引率の冒険者の依頼主で、今朝おれも連れてかれたんだ。酷い目にあった」


「……仲間の冒険者、すごいんじゃない?」


「知り合いって言ってたから、昔取った杵柄みたいなもんだろ。それこそさっき話したワイバーンにトドメ刺してくれたのが同行の引率(キース)だが、強くいけど中でも特別最強ってパーティでもないと思うぞ」


「んー、まぁ確かに知り合いってだけなら、色んな人いるかぁ。ね、どうだった?市長の屋敷」


 どうと言われても、どちらかと言うとその後の方の印象が強い。

 派手な屋敷だなぁ、と思ったくらいだ。


「広かった」


「そっか、見れば分かるね」


「その後に衛兵と模擬戦してもらったから、そっちのが印象強いんだよ」


「へー、勝った?負けた?」


「勝たせてもらった。強かった。十分に手加減されてたからな」


「うーん、それだとリーブが強いのかどうなのか分かんないなぁ」


 少なくとも、タミュラ氏が格別に弱いということはないと思う。余興の腕試しに引っ張られるくらいだしお気に入りとのことだ、それなりの立場か、むしろ逆に、言い方は悪いが小手調べの捨て駒という見方も出来る。

 考えても仕方ないが、今度検めてみようと思うのだった。

 ノーディスの警備隊も屈強だが、脳筋な彼らと違ってタミュラ氏からは洗練された対人技能を感じた。まして本来衛兵なんか集団戦が得手だろうし、もらった勝利なのは間違いない。

 タミュラ氏が強者にしろ弱者にしろ、評価は変わりはしないな。


「少なくとも、この街で犯罪起こす気はないくらいには強い人だった。流石大きな街の衛兵だ」


「リーブ、たまに考えが私達よりアウトローだよね」


 出会った時からこれまでのやり取りを思い出し、二人で目を合わせて笑う。


「酔っ払いとか連れてくトコくらいしか見たことないけど、デュニオ(ここ)の衛兵って強いんだ」


 フィオナが感心したように頷く。確かに、腕っ節なんて直接見るか戦うかしないと実感できないものだ。

 まして弱者を制するくらいワケないだろうし、市民が知らないのならばそれだけ平和な証左でもある。

 大きな街の近くには魔物も湧きづらいようだし、尚更だろう。


「ていうか住民の私よりリーブの方がよっぽどデュニオ満喫してそうだ。私もリーブが戦ってるとことか見てみたいなぁ」


「満喫って、それだけだぞ、来てからの経験は。……ま、戦闘なんてないならそれが一番いいさ」


 おれだって、ワイバーンの一件がなければ本格的に剣を習うことはなかったろう。そうなればきっと、磨いていたのは生存術。強さ云々ではなく、森を駆けるための能力だ。

 人生どう転ぶか分からないものである。


「確かに、喧嘩なんてない方がいいのは間違いないね」


 そう言ってフィオナもまた、遠い目をする。

 それは花街に近いちょっと危ない地域に住む者ゆえか、昨今のデュニオの状況を憂いてか。

 出自からも、この優しい少女だって自らの生活を脅かされることも決して少なくはなかったろう。

 脅威の種類は違っても、村ごと厳しい環境に置かれたノーディストと、少し似通ったところがあるかもしれない。

 だからこそ、武力だけではない安心を与えたくなるのは、クロエを見ている感覚に近いのだろうか。


「あとは、そうだな。武技に関して実戦以外にも、本当に強い人ならただの型でも見て面白いと思う」


 思い出すのはメイラの剣。師の剣はいつまでも精彩を欠くことはなく、足元から切先に至るまで全ての線が美しかった。……アレは実戦でも全てがそうだったのだから、型というと語弊がある、ちょっと別格かもしれない。最強の雷の勇者に勝てなかったとはいえ、剣技のみならばおれの中ではやはり師が一番である。

 村の警備隊だって、パーシーの息つく間もない激しい剣舞は見入ってしまう。

 冒険者も言わずもがな、辺りの空気を揺らすほどの轟音を鳴らす剛剣は、手に汗握る迫力がある。

 おれだってクリュウの型こそ覚えたが、仮に見応え(・・・)が習熟度を写す指標の一つだとしたら、まだまだだろう。少なくとも見守るフィオナはいつも退屈そうだった。


「じゃ、リーブもそういうの出来るの?」


「無理ではないけど、下手くそだ。……おれはやっぱり、人対人でやってるのを見るのが良いな、ああいうのは」


「ならリーブと衛兵との、見てみたかったな」


 言って、フィオナがふわりと微笑む。

 まぁ他でもない友人の要望とあれば応えるのは吝かではないが、おれの都合だけによらない。


「ま、機会があればな」


 模擬戦は良い経験だったので、また剣を交える時が来れば存分に学ばせてもらいたい。

 だが、普段の稽古の激しさゆえ、物足りなさを感じたのも事実。技能だけでなく、いつか死力を尽くすようなやり取りも交わしてみたいものである。


「じゃあ、あんなの相手はどうだ?」


 黙ってスープを煮込んでいた店主が、顎先で店の表を指す。

 戸を押し開けて入店したのは、皮鎧を着て剣を吊った男二人組だった。


「あ、いらっしゃい」


 客を認めて、フィオナが立ち上がる。

 男たちは小慣れた様子で、よぉと一声かけながら店主と目配せし、一つの卓に腰掛けた。座るやいなや、二人ともエールや簡単なツマミの類を頼み、会話に興じている。常連なのだろう。


「冒険者か?」


 おそらく格好から、そうだろうとは思う。よくよく考えたら、ノーディストの顔見知り以外の冒険者は初めて見るかも知れない。

 おれの疑問には、フィオナが応えた。


「近くに住んでるデュニオの冒険者だよ。結構ベテラン?」


 後の言葉は、おれだけではなく周囲に向けて。冒険者たちもそれを耳聡く拾い、会話に混ざってきた。


「15年くらいだな。『草毟り』なら、ベテランかもな」


「『草毟り』?」


 言い方から、あまり良い響きの言葉には聞こえない。しかし差し出されたエールを受け取りながら、冒険者たちは気を悪くする風はなく言葉を続ける。


「出世も出来ねぇ薬草取りやゴブリン退治(パトロール)程度でブラブラ稼ぐだけの奴等のことさ」


「またそんな風に言って。ちゃんと三級までなってるんでしょ?」


「ギルドのお情けでやっとだっての。しかし、んなことも知らねぇのに坊主、一丁前に剣なんか持って、お前も冒険者になりてぇってクチか?」


「いや、おれは……」


「やめとけやめとけ、ただでさえ今はそこいらも危ねぇって噂だ。若いのに命は粗末にするもんじゃねぇぞ」


「こう見えてリーブは強いんだよ」


「そりゃ、振れねぇ剣なら持ちゃしねぇだろう。だがなフィオナ、坊主も覚えとけ。強いって思い込む奴はすぐ死ぬ。例えば『今勝てるから次も勝てる』『運良く生き残って成長した』ってのはまやかしだ」


 そこで冒険者は運ばれて来たエールを一口大きく嚥下する。


「人間なんて石の一発でも簡単に死ぬんだからよ。魔物だって同じ個体はいやしねぇが、たらればの勝利なら魔物も同じだ。明日死ぬかも分かんねぇのにむざむざ命張りに行くのは、馬鹿だぜ」


 ベテランなりに言葉の節々には説得力が滲んでいた。

 草毟りなんて卑下しているが、それだって必要な仕事だというのは村暮らしだからこそよく分かる。辺境には驕る冒険者しかいなかったが、デュニオで生きていく冒険者ならこの人たちの言い分はスタンダードなのだろう。

 若いフィオナはそれ以上を言い返せずに、おれの方を見て来た。

 冒険者達も、夢見る生意気なガキに説教でも垂れたいのか、おれを見ている。


 いや、冒険者になりたいとも腕に自信があるとも言ってないんだが。

行きつけの酒場の看板娘がチャキチャキ言わせそうな初見のガキンチョに絡まれてたらちょっかいを出したいおじさんの図。

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