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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
3章 朝焼け写し、空色巡る。
83/85

フィオナも、自分の身を抱いている。

83話です。

「入るよー……うわ、酒くさ。飲んでるの?」


「おう」


「邪魔してるぞ」


 店主とノーディストからデュニオの道程について話しながらぐびぐびやってると、日が傾き始める頃に裏からフィオナが現れた。

 おれと店主の様子を認めると、ただでさえ幼い顔をムッと膨らませて歩み寄る。


「お父さん、お店開ける前に飲まないでっていつも言ってるでしょ」


「新しい酒の味見だ」


「屁理屈言うんだから。もうおしまいね。……リーブにも飲ませたの?」


 フィオナがジョッキを取り上げ、おれも同じものを持ってたことに目を丸くした。

 犯人に驚きの目を向けるが、店主は余裕そうに無精髭を撫でるだけだ。


「ガキにはジュースと間違えたんだ」


「絶対ウソ。子どもなんだからあんまり飲ませちゃダメだよ」


「だがこいつ、イケるクチだ」


「そんなに飲ませたんだ、ふーん」


 心なしかおれの方を見る目も冷たい。

 そりゃ、騎士団に会いに行くと送ったガキが家で酒飲んでたらこんな顔にもなるか。


「フィオナのお陰で話はついた。助かったよ」


「それはよかったけど。リーブ、飲めるの?」


「味はそこまでだけど、酔うのは嫌いじゃない」


 正確には、酔って感覚が鈍化して魔力の障りも気にならなくなるのが好ましい。

 安心できる環境のノーディストなら冒険者と正体をなくすまで飲んで、朝起きて酷いことになってたこともある。今はデュニオ(アウェイ)だが、ミドリがいるから警戒を怠ることもない。


『ご主人が楽しけりゃ中の居心地も良いから、ぼくもお酒好きー』


 労おうにも未だミドリを連れ歩くなら夜間くらいしか思い付かないので、何とかしたいところではあるが。


「一応、法律では未成年にお酒売れないんですけど」


「そうなのか」


「安心しろ、奢りだから売ってねぇ」


「なるほど」


「なるほど、じゃない!知らなかったの?ていうか店長はそれ通じる訳ないでしょ……」


 取り上げたジョッキを洗い場に置き、フィオナはカウンターのおれの隣に座った。


 酒なんて、ノーディストでは誰も気にしていなかったから、法の制限があることを初めて知った。確かに兄さんやミッキー達はわざわざ酒を盗んでたけど、そういう理由もあったのだろうか。


「そんなのも知らないって、リーブって今までどんなところ……あれ、リーブって外の田舎って言ってたけど、どこから来たんだっけ」


「言ってなかったか?ノーディストだよ」


 フィオナが首を傾げ、店主を見る。

 辺境も辺境だ、知らないこともあるか。おれだってデュニオより奥は冒険者からの伝聞くらいの地理感しかない。

 フィオナの無言の疑問を受け、店主が答える。


「西の村を何個か抜けた果てだ。余程の命知らずじゃなきゃ近付かねぇ魔物の蔓延る土地だって話してたトコだな」


「魔物は出るけど、大抵は警備隊が倒すからそこまでじゃない。多分、大きな街(デュニオ)で犯罪者が出るのと似た感覚じゃないか?」


「そいつは、街全部で日常ってほどではねぇが特にここらは結構多いぞ」


「あぁ、なら、こっちも魔物が出る場所は偏ってるな」


 ふんふんと頷く店主とは対照的に、フィオナはどこか落ち着かなそうにおれの剣を見ている。


「魔物って、ゴブリンとかオークとかはお店に来る冒険者も話すけど、よく知らないのよね。物語のドラゴンとか、精霊とか。どんなのがいるの?」


「ゴブリンは逆にあまり見ないな。オークよりはオーガが多い。ドラゴンはおれも見たことないけど精霊は、うん……見た、な」


「すごい!何の精霊!?綺麗だった!?」


「……断じて綺麗ではない。不入の森って魔法の森の主だ。力は強力だけど、畜生だっおッ!!」


 ミドリが腹の中で暴れ、変な声が出た。魔力が爆発するようにおれの内側を満たしている。

 ふざけんなお前、文句を言われる筋合いはない、事実だ。


『キレイ系じゃないかもだけど、カワイイ系でしょ!』


 どうでもいい。力技でミドリの存在感を押し込め、圧迫感を消していく。急な変化に胃が驚いて吐きそうになった。


「だ、大丈夫?」


 急に奇声を上げて悶絶し、厳つい顔をしていたおれをフィオナが気遣う。


「大丈夫だ。ちょっと、腹の調子が」


「お酒飲み過ぎたんじゃない?待ってね、水入れてあげるから」


「いや、いい、本当に大丈夫だから」


「でも、まだ辛そうだよ?」


『ちょっと口貸して』


 ミドリがどうしてもとうるさい。また同じように暴れられては堪らないので、内容を吟味した上でまぁいいかと浮かぶ言葉を読み上げる。


「……実は、その精霊の加護があって、悪く言おうとすると力が反発するんだ。本当はかわ……有能なのは間違いない」


 可愛いとは言ってやらん。畜生なのは紛れもないだろう。

 あながち間違いないでもない適当を言いながら様子を伺うと、フィオナはおろか店主すらもポカンと口を開けていた。


「リーブって、すごいの?」


「おれはすごくない。まだまだ弱いし、そもそも戦士じゃないからな」


「でも精霊なんて、デュニオの冒険者じゃ見たって話も聞いたことないよ」


『まぁこんだけ大きく人里近くにはいないかもねー。というか変なのいたら人住めないでしょ」


 お前だって人里(ノーディスト)のそばにいたろ。


『逆だよ。ぼくが魔物を堰き止めてるからノーディストに住めるんだよ』


 恩恵があるのは認めるが、過去の成り立ちまでは知ったこっちゃない。

 とりあえずミドリとばかり話しても仕方ないので、目の前に意識を戻した。


「場所に寄るんだろ。おれも他に精霊がいるところなんてそんなに知らないし」


「おい、精霊の力ってのは今も使えんのか?」


「まぁ、使えるが」


「ちょっと見せてくれねぇか?」


 やや爺に差し掛かる中年が、宝物でも見つけたかのような目をしている。物珍しさの欲望もあれば、仕事柄で話のタネにもしやすいか。

 だが、見せていいのだろうか。

 ミドリの存在は公にしていないが、友人だから権能のことは明かしたけれど。


『ご主人がいいならいんじゃない?減るもんじゃないし』


 まぁ、ミドリも言うならいいか。思えば朝方も街中で少し使ってた。


「危険じゃないけど、怖いぞ?」


 どちらかといえば経験の浅そうなフィオナに向けた注意。文字通りでそれ以上説明が難しいのだが、危なくないならと興味が勝って頷く二人だった。

 おれとしても話すより体験させた方が楽なので、いいか。


「じゃあ、少しだけ」


『ドギツいの使う?』


 アホか。


『でもショボいのじゃ威圧と大して変わらなくない?』


 確かに。なら、分かりやすいやつ。


『ほいさ!』


 まずは店主を指差す。力加減はミドリに任して、それっぽい動作をする。

 呪文や儀式が必要なわけでもないが、タイミングを計るため、えいっと掛け声だけかけておいた。


 凝集された魔力が指先から放たれる。魔力の塊は薄暗い店内の光を歪曲させ、闇色の靄になって進んだ。

 ……これ、マールの技に使った奴のような。


『人に使ったことないし、実験。流石にアレよりは弱め』


 まぁ、危険じゃないならいいが。

 ゆっくりと近付いた靄が店主の胸の前まで到達する。止まる気配はないので、店主に向けて心構えをしておけと頷いておいた。


 おそろおそる、店主が靄に触れる。

 固められた魔力が触れた瞬間に拡散し、その中身の程度が分かった。


 あ、これダメな奴だ。


 それはまるで闇そのものが質量を持つならこうだろうと感じられる粘性を帯びていた。そこ知れない恐怖に、延々と刃先で撫でられるような緊張と、万の虫が蠢くような気持ち悪さ。絶対に忌避すべきと心の奥底から震え上がらせる感覚。


 その影響をモロに受けた店主は頭の先から指先までの全てを縮み上がらせ、大の男とは思えない悲鳴を叫びながら掛けてた椅子ごとひっくり返った。


「お父さん!?」


 その様子にフィオナが声を掛けるが、店主はなおも触れた辺りの空を睨んでいる。いや、その辺りに警戒の意識を向けながら、直接は見ないために視線をズラそうとしている。慌てて立ち上がろうとも手は床を突けておらず、バタバタと身体を奥へ奥へと転がしてやっと逃避に成功したようだ。


 悲鳴が荒い呼吸音に変わる頃には、店主は通用口の奥で身をかき抱いていた。


「お、お父さん……?」


 フィオナが心配の声を上げるが、店主は脂汗を浮かべた蒼白の肌に目だけ真っ赤に血走らせ、応えない。ただただ魔力に触れた箇所を摩っているだけだった。


「あー、多分大丈夫。衝撃だっただけだと思う」


 見てると自信がなくなってくるが、害はない、はず。だよな。


『ビビってるだけだよ』


 まさにその通りなんだが、言ってやるなよ。


「にしては、その……」


 どう見ても精神をヤったようにしか見えない。

 魔力同士だと反発というか『魔除け』みたいになるが、人間だとこうなるんだな。勉強になった。


 おれの関心を他所に心配から挙動を怪しくするフィオナと見守ることしばらく、綺麗に辺りの魔力が霧散した頃に店主は復活してきた。


「リーブっつったか、お前、すげえな」


「すごいのはおれじゃないけど」


「これ、魔法か?」


「魔法……とはちょっと違うのかな。よく分からん」


「なんだ……ああ、何て言やいいんだ。これ、ヤベぇな。思い出すだけで身の毛もよだつ……ってか思い出したくもねぇ。魂だけ地獄に落ちたみてぇだ。ああ、生きてるよな?」


「間違いなく」


 全身を可愛がりながら、しかし余程の恐怖も未知の体験をしたという興奮にかき消されつつあるらしい。

 さっきまでの過呼吸に近い息遣いだったのに、今は鼻息荒く感想を捲し立てている。



 一通り店主が衝撃を語り終えると、何とはなしにフィオナを見た。店主も同様にフィオナを見た。

 フィオナも、自分の身を抱いている。


「えー、どうしよう……本当に平気?」


「……一応、害はない、はず」


 さっきとは打って変わった様子の店主を見ると自信がなくなってきた。

起きながらに見る悪夢、禁則の体感。恐怖ではなく安らぎを与えることも出来るのに。

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