そしてその態度が、好ましいから。
81話です。
屋敷の大きな門の前には、見たことがある鉄の鎧を着込んだ門番が二人、立っていた。
真っ直ぐに門へと向かうおれに気付き、視線が交わる。
昨夜カントーリ様は、騎士に声をかけるか屋敷に来ればいいとは言っていたが、何と声をかけようか。
「屋敷に用か?」
おれの口がすぐに開かないので、騎士の一人が問いかける。
昨夜の騎士とは違う、知らない騎士だ。
「昨夜、カントーリ様から義勇兵のお誘いを受けた返事を伝えに来ました」
言うと、悟らずとも「こんな子供が?」と騎士が困惑を浮かべたのが分かる。
ひとまず名前と用向きを伝えると、騎士の内の一人が屋敷の中へ伝令として駆けて行った。
カントーリ氏の名前と用件を伝えたことで警戒は薄れたようで、残る騎士からは質問が飛ぶ。
流石に子どもの姿では疑いこそあれど興味は湧くようで、やれ昨日のことやら腕前のほどはやらと話が続く。
カントーリ氏から屋敷に通すようにと返答があったのは、しばらく後だった。
屋敷の中で少し待たされ、昨夜と同じ部屋に通された。
昨夜ぶりに、明るいところでよく見るとカントーリ氏の目の下にはうっするとクマが乗っている。
「よく来たな。昨日の今日で答えをもらえるとは思っていなかった」
「善は急げと言いますし。滞在中に犠牲が出るなら、見過ごすのも始末が悪いので」
バツが悪いというか、師の教えに反する。
加えて言うならデュニオに顔馴染み……友人が出来たこともあり、放っておけない想いも強くなったからだ。
余計なことだから、言わないけれど。
「昨夜の通りの状況だ、話は手短に。願うのは捜索と、あわゆくばその打倒」
そこまでは昨日聞いている。
とりあえず異議はないので、頷いておく、
「先に報酬の話からしよう。そうだな……冒険者と共にいるとのことだ、ギルドの依頼を基準にしようか。哨戒で四級相当、討伐で三級相当の報酬でどうだ」
……村の外の金銭感覚が分からん。ワドルに相談しておけばよかった。
代わりに言わせろとミドリがうるさいので、口を貸す。
「冒険者のシステムは話したことがないので、等級の基準が分からないのですが」
「ああ、そういえば冒険者になるわけではないと言っていたか」
思えば冒険者の財源というのはどうなっているのだろうか。
湯水のように酒を飲む冒険者達の懐事情など、考えたことがなかった。
やけに羽振りが良いとは思うが、危険相当の仕事なのだろう。
「ギルドではないが、簡単に説明しよう。冒険者の業務は五級から始まり、基本は日銭稼ぎ程度の雑用がスタートだ。四級は今回のような、危険が隣り合わせの可能性がある依頼になる。その日を食えるか、手伝い程度と見れば良い小遣い稼ぎにはなるな」
大概の冒険者はこの四級以上を充分にこなせるかが最低限のラインだ、と前置きを挟む。
「三級となると、世間の冒険者のイメージに近いだろう。主には魔物など脅威の打倒、命を賭けるに値する場合だ。今回は姿も見えぬ通り魔だが、敵が未だ捕まらん且つ継続的な犯行であることを考慮している。最終的な危険度によるが、相応の値は出るだろう」
ということは、ノーディストの冒険者は三級からになって来るのか。
話ぶりから案外冒険者で食って行くというのは難しいようだし、やはり皆それなりなんだな。
流石に無給ということはないようだが、金銭に頓着があるわけでもないのでミドリに口を任せたままにする。
「前払い?後払い?」
「後だな。協力期間や貢献度を加味して報酬は悪いようにはせん。それと、口から出まかせにならんよう、連携のためにも騎士達にはある程度顔を見せてもらうことになる」
「経費の前払くらいは」
「必要だと判断出来れば用意してもいいが、期間が読めないこともある。その日の報酬分なら、といったところだな」
そこでミドリも少し考えるため、間を置いた。
おれ自身は何も言わないので是非を悩むように見えたのか、カントーリ氏が続ける。
「田舎からの出で冒険者になる気もないということだ。もし金銭以外の報酬を望むならば、考えよう。実質的な現場指揮は私だが、他に目付け役もいる。名誉や口利きなら叶わないこともない」
まぁ、騎士団として動いている以上、一番上には伯爵がいるわけだしな。
栄誉なんて望むわけでもないが、少し疑問が湧いた。街そのものの衛兵より上位の公組織というのもあるだろうが。
ミドリも同じところが気になるようである。
「正直、報酬如何によらずお受けするつもりでした。条件も、悪い話ではないように思います。ただ、なぜ冒険者でもない、実力も知らない通りすがりの田舎者にそこまで?」
提示された条件について、相場こそ知らないが冒険者に確認できる嘘を言うわけもない。
だが人死が出てるとはいえ、あくまで基本はただの見張りの手伝い、言ってしまえば街を歩くだけだも達成できるものだ。
それでよく知らないガキに対して一人前の報酬を提案するというのは、話が良すぎる気もする。
「尤もだな。冒険者ギルドなら、早い者勝ちの討伐成功報酬のみでもおかしくはない。理由としては大きく三つ」
カントーリ氏が真っ直ぐにおれの目を射抜く。疲れた顔をしていても、魔力ではない、威厳がそのもの圧をかけてくるような迫力があった。
「一つ。同じシェルシェント大領の領民であっても、貴様がデュニオの所属ではないこと。戦力を持ってもギルドやデュニオの市井組織を通じての依頼は不可。であれば我々が直に依頼する必要があり、騎士団と対等な間柄として正当な報酬を約束せねばならない」
だからこそ、ヘッドハンティングは指揮官からになるのだという。
……というか冒険者であれば報酬がどうなっていたか分からない、ギルドに中抜きされて最悪タダ働きの可能性もあるのか。
どこの下請けになるか、ということなのかな。
「二つ目は妥当性……いや、期待だな。昨夜話した通り、遭遇の運も実力の内。デュニオの正騎士と剣を並べられると、先の番兵との話も聞いた。飾りではない剣を持つ覚悟があれば、子供といえど戦力としての働きに期待している」
暗に子供でもやるからには死ぬ時は死ぬかも、と言われているが、承知の上だ。
今はデュニオに友人もいる。
たかがおれの命を賭けるだなんて、もしまた同等の後悔をするより、生き様としては余程マシだ。
「デュニオの衛兵とは模擬戦をさせていただきましたが、手加減されたものでしたが」
だが実力不足は事実。
タミュラ氏は試しの剣での相対だった。単なる技量比べではなかった。
だから足を引っ張らないかという点は、不安ではある。
「あの物好きな子爵が戯れさせるくらいだ、十分だろう。少なくとも身を守れればよい。討伐より、貴様には昨夜の経緯のような活躍を望んでいる。子供は分を弁えて、無理はするな」
やっぱり有名なのか、ラピデュス子爵の性格は。
タミュラ氏の腕前も相当だったし、大きな街だと衛兵の信頼度も高いのだろう。
出る幕はないと言われた気がした。
戦力として期待されていない、或いは十分待ち合わせはあるという意味だろうが、それはそれで、悔しさは感じるものだな。
「そして、三つ目だ。これは貴様だけに対する態度ではない」
今度こそカントーリ氏の魔力を感じ、圧が高まった。
街に満ちる人々の雑多な魔力ではなく、戦士としての魔力。
こういう魔力なら、慣れている。強者の気配に、自然と背筋が伸びた。
「民の憂いを取り払うのが我らシェルシェント騎士団の使命。命を捨てろとは飛び入りの貴様には言わんが、持ち得る手駒の中で妥協はない。たかが報酬程度、最善のためには出し惜しみする理由があるはずもない」
それは矜持。
藁をも掴むような、助けを求めているわけではない。
遂行に容赦をしないことをシェルシェント大騎士団は求めているのだと、カントーリ氏は示している。
冒険者の報酬や衛兵の義務による参加とは違う、大義名分こそ存在意義であると、嘘偽りなくその目が語っていた。
……ああ、思えば昔もそうだった。
あの頃だって、伯爵家の長男様自らが陣頭指揮を執っていた。
余程実力に抜きん出るユーリ様を差し置いて、旗印たるその身を戦場に躍らせていたじゃないか。
であればその背を見ていたノーディストの民が、異を唱えるはずもない。
「分かりました。お受けします」
そしてその態度が、好ましいから。
少し前であれば違ったかも知らない。
自称だが今のおれは、人を守るための剣術であるクリュウの後継者だ。
だから今回のような状況で役割を果たすことは、師への餞にもなると考えた。
そこに同様の信念があるならば、尚更に手を抜くわけにはいかない。
「……話が早いな。いつから出れる?」
「今夜からでも。具体的な哨戒時間や地区など、詳細は?」
「まず時間だが、黄昏時から、朝日が昇るまで。特に屋内外を問わず、夕方から深夜までの人が活動する時間での犯行が多い。田舎者の子どもには縁遠いだろうが、夜に動く街というのもあるのだ」
「花街ですね」
「……貴様、幾つだ?随分ハッキリしているというか、マセてるというか」
一瞬だけ、カントーリ様の素が出た気がした。まぁこちとら未成年、色のイの字もなさそうな田舎の出である。
会話の流れがあるとはいえ、ガキからいきなり風俗街の話が出れば面食らう、のだろうか。
「十四です。知り合いが花街にいますし……それに冒険者も、品性がある人種でもないので」
ああ、とカントーリ氏が納得した表情を見せた。
なんならあいつら、その花街で昨夜もお楽しみだったようだし。……いかん、ラトの悪戯とおれの痴態も思い出されてしまった。
「しかし、改めて歳を聞いても受け答えがしっかりしている。……気を悪くするなよ?ただ剣を持つ田舎者というには、貴様には知性も勇気も感じられる」
「それは……村の執政様が厳格な方だったからでしょう。それに頼りになる冒険者を見て育ち、しかし反面教師にしてきた面もありますので」
「ふむ。かつて騎士団の精鋭が討伐隊を組んだ地だ。暇があればかの辺境の話も聞いてみたいが、今は時節が悪いな」
カントーリ氏が忙しいのは目に見えて分かるほどだ。
立場上少し威圧的な言葉多くとも、気難しい人ではないことは分かってきた。
これから世話にもなるのに、あまり邪魔をしたくもない。
今後の流れだけ確認し、おれもそろそろ退散する旨を伝えた。
最後に、茶も出さずにすまんな、と断りながらカントーリ氏が別の騎士に紙を持って来させた。
見覚えのある印が押された契約書だ。
ほとんど先の話の内容と同じものが書かれ、特におれの命については自己責任の旨の記載がある。
署名欄が末尾にあったので、ペンを借りようとすると。
「貴様、未成年だろう。同行の冒険者でもよい、後見人から一筆もらえ。それと経費は出すから、郷里の家族にも手紙くらい出しておけ」
むしろこの人、顔は険しいが優しいのかもしれない。
未成年でもリーブくらいの歳なら大人の同意とか普通取らないけど、そこは流石に大きめの公組織。
同意のためというより、誰が命を賭けるのか残すため。




