少女は迷いなくその手を握る。
79話です。
女はおれより年上くらいか。まだ少女と言っても通じそうなくらいの、きれいな娘だった。
「もしかして、邪魔だったか?」
デュニオでは、小さな川を生活用水として扱っている光景をよく見かける。
ここもそういった場所であるなるば、確かにこっちが不審者だ。
「ううん。このコ達が行き倒れの男の子がいるっていうから、心配になって」
少女が後ろ二人の頭を撫でる。そういえば、チョロチョロと遊んでいるのがいたな。
……仕事もせずにずっと川で黄昏てる男というのも、まあ不審だ。
しかし少女から感じる魔力には、心配の感情が乗っている。随分なお人好しのようだ。
「それはすまなかった。もう退ける。迷惑かけたな」
「邪魔なんかじゃないからいいよ。行き倒れてはないんだね?」
正直に言うべきか、少し迷う。単に目的地が分からず人混みに疲れたなんて、情けなさしかない。
だが心配の礼だ、どうせ困ってるのは事実だし、いいか。
「行き倒れじゃない。道に迷ってたんだ」
そう言うと、少女は少しほっとしたような顔をした。
「もしかして、外の子?」
「ああ。デュニオは初めて来た。この街は迷路みたいだな」
「そっか。初めての人は迷うかもね。この辺はちょっと奥になるとちょっと怖いから、気を付けた方がいいよ」
ちょっと奥はちょっと怖いのか。
「の割に、女子供だけで歩いてるみたいだが?」
「まだお昼だし、この辺に住んでるから。外から来たなら知らないだろうけど、最近は夜になると本当にこの辺は危ないんだからね」
その話には思い当たる節がある。
というより、おれが求める本題だ。
ただ昨夜のことを思い出すと、目の前の少女があまりにお人好しで逆に心配になった。
「……外から来てる怪しいヤツなのに、お節介にしては警戒しなさすぎじゃないか?」
立ち上がりながら、足元に置いていた剣を拾う。
別に脅すわけじゃないが、世の中は善人だけじゃないだろうに。
わざとらしく鞘とガードを打ち鳴らし、少しだけ魔力を当ててみせた。
少女はまず気配に怯え、次いでおれの手元を見ると目をまん丸にし、少し唇を震わせた。
「っ!?それって、あなたが……!?」
別にそうだとは言ってないが。不審な男からの忠告だ。
何も知らず冒険者に絡んで返り討ちに構われるのがノーディストのガキ共のムーブなので、参考にしたまで。
「いいや。その件は知ってるがむしろ逆だ。悪かった、ただのブラフだよ。万一そういうこともあるだろってだけ」
剣を腰に吊り、手のひらを向ける。
少女はどっちとも付かない息を吐き、緊張の糸を半分だけ緩めた。
親切に不親切で返すようで、やっといてなんだが気が引ける。
よく考えたら村人や冒険者でもない、利害関係もない見ず知らずのカタギの同世代の女なんて、人生でほぼ初めてだ。
一瞬の膠着。
……まずい。女って何話せばいいんだ。
年頃らしい情欲があるわけではないが、会話も出来ないなんて、街に出たからか世間の男より何か不足してるのではないかと感じてしまう。
『人間性でしょ、引きこもりなんだから』
その通りだから、ヘコませないでくれないか。
そんな年上達の妙な緊張を破ったのは、後ろの子どもの一人だった。
「すげぇ!剣!?本物!?」
「ちょっとロロ、あぶないよ!」
思わずといった風におれに向かって手を伸ばす片方の坊主。
それを止めようと反対から手を伸ばすもう片方の少女。
「!?そ、そうだよ、危ないよ!だめ!」
ハッと我に帰った目の前の少女が男の子を抱き抱える。
女の子も、より少女の後ろに隠れてしまった。
自分で蒔いた種とはいえ、何だかな。
『ていうか村でもちみっこいのは他人任せじゃん。ご主人は嫌われないタイプで、抜群に子供受け良い系じゃないよ』
やり切れないなあ。
人に好かれたいわけじゃないけど、おれ自身が人と関われない程度ってのは目標に反する。
「持ってみるか?」
胸の内が反抗したからか、そんな言葉が口を出た。
「いいの!?」
男の子が目を輝かせる。
「鞘から抜かないならな。抜けないだろうが」
「できるし!」
ずい、と年上の少女に向かって剣を差し出す。
流石にチビジャリに直接渡すのは危ないので、保護者に確認も込めて。
というか、保護者なのだろうか。
姉兄妹にしてはあまり似てない。二人は幼いのでそのせいもあるだろうが。
「……いいの?」
「ダメなら出さない。怖がらせた詫びだ」
少女はクソガキをもう一人の幼い少女に抑え込ませ、恐る恐る手を伸ばした。
やがてその手が鞘を握ったのを確認し、こちらは離す。
少女はいきなり重さを増した鋼に一瞬グラつくものの、これで獲物を渡す行為は達成出来た。敵意がないアピールだ。
『野生動物手懐けるんじゃないんだからさ……』
ミドリにも呆れられるが、結果よければ全てよし。
少女自身が剣の重さを確かめていると、横から「ずりー!オレも!」と声が飛ぶ。
少女はおれと少年を交互に見ながら、少しは警戒を解いたのかおれに問いかける。
「持てると思う?」
「無理だろうな。怪我させたくなければやめとけ」
この年の頃の憧れは分かるが、その結末も知っている。冒険者の剣を持たせられたガキなんて、重さに耐えれず剣も離せず、つんのめって転んで尻を蹴られてなんぼだ。
「うーん、危ないかな。落ちちゃいそうだし」
少女が川を見やる。確かにそれはおれも困る。鞘まで浸かると乾かすのも面倒だ。
少女が剣を返してきたので、また腰に刺し直す。クソガキは喚くままだが、放置。
「なんで剣なんて持ってるの?」
「自衛だよ。魔物の出るところから来たんだ」
「魔物なんて、どんだけ田舎なの。犯罪者に間違われるよ?」
「……昨日、牢屋に入ったばかりだな」
「え、もしかして本当に危ない人?」
「昨日入って今日出てるだろ、誤認だ。田舎者だから勝手を知らなくてな」
「そっか、迷子って言ってたもんね。どこか行きたいなら、案内しよっか?」
少女の提案に、こちらが驚く。どれだけお人好しだ。
「……危ない人なんじゃなかったか?」
「ほら、本当に危ない人って話通じないし。年下なら大丈夫そうかなって」
そう言って少女は微笑みを浮かべる。
未だ少し警戒な色が残っているが、それはおれの自業自得だ。それよりも道案内してくれるならば、非常に助かる。
ここは態度を入れ替えて信用を得るところだろう。
「イリーベルトだ。助かるよ。代わりにじゃないが、デュニオにいる間は何かあれば力になる」
言葉と共に、手を差し出す。
「フィオナよ。こっちはロロとアン。よろしくね、イリーベルト」
「リーブでいい。よろしく、フィオナ」
少女は迷いなくその手を握る。
知らない街で、自分から知らない誰かに触れるだなんて、こんなにも簡単に変われるものなのだと初めて知った。
「で、リーブはどこに行きたいの?」
手を離したフィオナが、未だ後ろに控えるアンの頭を撫でながら問う。ロロはおれの剣が気になるようでうるさいので、さっきから戯れられては投げ、の繰り返しだ。
「シェルシェント騎士団の所に行きたいんだ。昨夜牢屋に入ってたんだが、場所を覚えてなくてな」
「……お礼参り?」
「違う!逆だ!志願兵だよ」
「へえ、騎士になりたいんだ。道理で」
フィオナが得心したと剣を見て、頷いてみせる。
「違う。騎士になりたい訳じゃない」
「違うの?なら……やっぱりお礼参り?」
「あー、それは……」
そこでデュニオに用があって入ったことと、昨夜の出来事を語ってみせた。
フィオナは途中から、何がおかしいのか笑いを噛み殺しながら、静かに聞いていた。
「あのな、自分でも確かにマヌケな話だとは思う。それならいっそ笑ってくれ」
「いや、ごめ、違くて……!違わないけどっ」
口を開けば笑い声を抑えられず、吹き出しながらフィオナは続ける。
「さっき私にしたみたいに、騎士様にも噛み付いちゃったんだ。しかもそれで犯人探しにも行くって、どんだけ血に飢えてるのよ」
「……」
『しかも今朝何してたっけ?』
……気付かぬ間に、冒険者に思考を汚染されていたらしい。
深淵を覗く時、というやつか。
「……いや、戦いたいワケじゃない。役に立てる機会を逃したくないんだ」
「そっか。そんなに言うってことはリーブって強いんだ」
どうなんだろう。魔物の相手はできるし、勝てる冒険者もいる。だが相性や調子もあるし、勝ち負けなんて紙一重だ。
手も足も出ない奴もいれば、今日の模擬戦だって手加減されていた。
結局おれは、せまい井戸の中しか知らないんだ。
「強くなりたいと思ってる。多少、戦える」
「ふーん……そうなんだ。ね、リーブ。騎士団の所に行くまで、まだ時間ある?」
「まぁ、時間の縛りはないな。何かあるのか?」
「ロロと遊んでくれたお礼もしたいし、ちょっと手伝ってほしいことあるんだ。ウチに来ない?」
「そりゃ、構わないが」
飛びつくロロの頭を握りながら、承諾する。これは遊ぶ内に入ってるのだろうか。
『ご主人、ナンパだねぇ』
違うだろ。ギブアンドテイクだ。
『そっか、逆ナンだ』
〆るぞ。
子供に心配されるほど死に掛けの様相でヘバってた癖にチャキチャキ鳴らし出す14歳のヤンチャ君の図。




