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お嬢様と従者、その自由な生き方を。  作者: 田中正義
3章 朝焼け写し、空色巡る。
76/85

油断するな、舐めるな、楽しむな。

76話です。

 通された野外練兵場は、屋敷の真横だった。


 市長ということはデュニオで最も立場がある方だ。

 ノーディストでもそうだし、偉い人の家の近所には兵舎が付き物なのか。番犬のようなものだろう。

 練兵場はノーディストの野晒しのそれと違い、四方が石壁で外から覗けなくなっていた。


『なんで隠してんの?』


 さあ。衛兵の実力を測られないようにじゃないか。倒せる、とか思われたらまずいだろ。


 その石壁の一面、昼前で日陰の東側にラピデュス様たちは陣取っていた。日除けなど使用人に持って来させ、大層優雅である。

 別の面には訓練中だったか待機してたであろう衛兵たちもいる。結構な数で、興味深そうな視線を感じて少し気持ち悪い。


「大事になってしまったな」


 そして目の前には鎧を備えたタミュラ氏。

 鞘に収まる剣はおれのそれよりやや大きい。騎士の剛剣だろうか。


「胸を借りるつもりで、皆さんから指導いただければと思います」


 見守る人もうるさい(・・・・)のが玉に瑕だが。集中すれば、街中のごった煮の魔力より、剣を持って向けられるのがまだ慣れた気配なのが幸いか。


 騎士型の剣は冒険者ではヒュンケルくらいしか使っていないため、習いが少ない。ノーディストの警備隊は攻めの剣なので、騎士の剣じゃない。

 望まぬ機会と環境ではあるが、折角なら経験できることは吸収したいな。


「真面目だな。そんなんじゃ使い潰されるぞ」


「剣で身を立てる気はないんですがね……」


「バカでも貴族だ。気に入られたら組み込まれる、気を付けろ」


「あの、もしやおれの緊張から心遣いいただいてるのかも知れませんが……その、大丈夫なんですか?貴族様にそんな」


 さっきからの懸念が伝わったのか、タミュラ氏はニィと笑った。


「ああ、言葉遣い(これ)か?子爵も公認だよ。良くも悪くも実力主義だからな。やることやってりゃ何も言わん」


 ラピデュス様、子爵だったのか。家名はデュニオ子爵になるのだろうか。


『なんかしっくり来ないね』


 タミュラ氏じゃないが、確かに本人の豪快さは貴族としての高貴さとは少し違う資質だ。

 慣れるまではラピデュス様でいいか。


「おーい!早く始めんか!」


 当の本人はニヤニヤするキースの横で楽しそうに手を振ってらっしゃる。


「仕方ない、手を抜いてもバレるからな。それなりに()らせてもらおう。本当に防具はいいのか?」


「大丈夫です。寸止めだけしてもらえれば」


 おれは普段通り機動力重視の軽装だ。切られれば、大変なことになる。だがこんなに大きな街の衛兵なんだから、実力はあまり心配してない。獣相手のノーディストの警備隊より、きっと対人戦のノウハウがあるに違いない。


「それほど余裕があればいんだがな」


「おれはまだまだ未熟者ですので。そういえばキース達とは手合わせしたことはあるのですか?」


 聞いてみると、タミュラ氏はげんなりと舌打ちをした。まだ何も言われてないが、気持ちは分かる。脳筋バトルジャンキー共と一度でも向かえば当然の反応だ。

 おそらく、勝ち負けに関わらず、酷い目にあったに違いない。


「昔、入隊したての頃にな。二度とやりたくない」


「ああ、やっぱり。ひどくしつこいですもんね、冒険者(キース)たちは」


 勝てばうるさく、負ければしつこい。戦いの姿勢は貪欲そのもの。獲物を前にした肉食獣みたいなものだ。

 タミュラ氏も、分かってくれるかと、深く頷いている。


「少年。君はそうでないことを願おう。じゃあそろそろ、いつでもかかってくるといい」



 言いながらタミュラ氏が五歩下がり、剣を抜いた。


 その仕草で、少しやられたと思った。


 稽古とはいえ模擬戦、実戦想定だ。

 おそらく相手は騎士型の剣。迎撃が主であることは間違いない。

 相手はもう構えているのに、剣を抜く前に距離を詰めるのもおかしな話。

 ほんの数歩ではあるが、相手の型に有利な距離を取られた。


「はい!よろしくお願いします!」


 冒険者たちはいっそ素手ゴロもある人種なので立ち位置なんか気にしないから、油断した。


 相手は職業軍人。舐めるべきではない。


 常在戦場の意識なのだろう、もう戦いは始まってるのだと気を引き締めた。

 今回は相手が離れたことで接近の必要が出てこちらの択を狭められたが、もし逆に近付かれてたらまた違う危険がある。


『ぼくの出番は?』


 なし。魔物や獣みたいに精神に圧をかける場面ではない。


 タミュラ氏は幅の広い長剣を正面に構えている。練り上げられた魔力から、強者の風格を感じる。冒険者ほどの威圧感はないが、勝負は感じる魔力が全てではない。



 息を吸い、感覚を研ぎ澄ます。



 握りは右手が上にあることを確認し、右が利き手とあたりをつけ、左側にダッシュで接近。当然体の向きを変えられ、正面から対応される。

 しかし初手の得心は重要だ、そのまま地を這うように下から切り上げ。素直に打ち下ろされた剣に阻まれ、勢いが下に持っていかれる。

 少し手が痺れた。


 堅い。


 タミュラ氏はぶつかってから最後まで振り下ろさず、反動を利用してもう次の姿勢を作っている。まだこちらの出方を見ているな。

 おれはより低くなった姿勢から、全身のバネを使って再度切り上げにかかった。また防がれ、今度は横薙ぎの反撃も付いてくる。

 バックステップで回避。追従される。

 剣筋を見極め、体を大きく逸らして軌道を外れた。

 崩れる体勢のまま蹴りを放ち、腹に一撃。鎧のせいで手応えは薄い。

 だが一歩分の距離は空けることに成功したので、状況を整える。相手もまた、始まりと同じ構えを取っている。


 深追いもなく大きく隙を見せることがない、堅実な戦士だ。

 そういう戦術か、おれの方が体格から負けているからか、全力での振り抜きはない。

 まだまだ余力を残してそうな戦い方だ。


「思ったより動くな。獣相手みたいだ」


「四足歩行並みに動ければ良いんですがね」


 骨の可動域が違うから、獣に比べると特に腰や背中の体幹を用いる重心変化は人間では限界がある。

 そう、肉体的な限界が。


 村を出る時のマールの言葉が脳をよぎった。

 今回は奥の手、肉体を酷使するような魔力の使い方はする時じゃない。


「伊達にキース達が目を掛けることはある。十分な戦力になりそうだ」


「まだまだ、まだまだです。及ばない冒険者も数多くいますよ」


 まだまだ、魔力のブーストはしていない。

 まだまだ、クリュウ剣術も出していない。

 まだまだ、ミドリの示威行為もない。

 今までの初手はまだ、勢い任せの冒険者の剣のみでの対応だ。

 向こうだって隠す技巧は一つや二つじゃないだろう。

 伝わるピリピリした戦意が一層気を引き締める。


『楽しそうだね、ご主人』


 お前が感じるなら、そうなんだろうな。


 楽しい理由をに思いを馳せて、今度も左から愚直に攻める。


 剣はまた受け止められ、今度はさっきのお返しと言わんばかりに前蹴りが飛んできた。反動を殺してる内に出遅れたか。こっちは基礎的な魔力の強化が出来ないので、如実にフィジカルの差が出た形だ。

 ギリギリで体を捻り跳躍で躱し、首に向かってまた回し蹴り。手甲で止められ、そのまま足を掴まれた。

 回避不可。投げられるより先に少し魔力を操作。

 掴まれた足を起点に空中に屈み込み(・・・・)、変則的な太刀筋を放つ。


「ッ!?」


 タミュラ氏が目を見開いた。

 明らかに攻撃に転ずるタイミングじゃない、剣での迎撃は間に合わない。


「ッカヤロォオ!!」


 天地がひっくり返る。


 投げ飛ばされず、力づくで上向きに回された(・・・・)

 振り抜いた剣は太陽を切る。止められない勢いのまま景色も回る。

 回る景色から接地を見極め、受け身を取りつつたたらを踏んで立ち上がる。

 背中が痛い、魔力による無理な可動ではない、ただの衝撃だ。


 投げ放されても、大きく離れる前に重心を動かせば威力はなくとも刃は届いただろう。あの状況からズラし方の最適解を取られた、この人強いぞ。


『魔力使って良かったの?』


 まだ軽くだからいんだよ。


 あ、そうか。


『んー?』


 楽しさの理由が分かった。

 段階的に今の実力を測れるからだ。

 いつものリンチみたいな脳筋稽古じゃなく、初めて外の人に自分の物差しが当てられるから。


 理由が分かるとゾクゾクしてきた。

 冒険者の剣だけではまだ及ばないかも知れない。メイラの、クリュウの剣を交えたらもっと刃は迫れるだろうか。

 この剣に何かを守れる強さがあるのか。それこそがおれの剣を、メイラの剣を誇ることに他ならない。

 負けられない戦いになってきた。


『男の子じゃん』



 自分の中の熱が温度を上げた。合わせて口角も上がる。剣を持つ手も震えてきそうだ。



 タミュラ氏は、そんなおれに剣を向けていた。

 視線には険が宿っている。もしなりふり構わず追撃に来られてたら対応出来たか怪しい状況だ。

 油断するな、舐めるな、楽しむな。


「……おい」


「……?」


 タミュラ氏はすうぅっと息を吸い込み、


「何だお前は!!ビックリ箱かよ!!キースよりタチ悪いわ!!!」


 静かな練兵場に、特大の地団駄をかますのであった。

タミュラはジュニア級と空手のスパーリングしようとしたらカンガルーとキックボクシング始められた気分。

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